07.トラン様の前世情報
「俺は部活を休んでいるんで、是非とも今この時間に話をしたい。だから俺は使用人にきみの代わりを命じる」
真顔のまま、トラン・ネーコ様はそう言って、廊下に控えていたらしい人に片づけを命じた。
ううぅうう・・・す、すみません・・・
代わりに他の人にさせるなど罪悪感がある。
動揺しつつ、自分もやはり加わらねばと動こうとしたのを、トラン・ネーコ様が傍に来て、こう言った。
「俺から言わせてもらえば、ジェイは俺の指示を受けるのが仕事だ。・・・まぁ気持ちは分かる気もするけど、気にするな。それから今日だけ休む予定なので、時間を無駄にしたくない」
ジェイというのが、使用人の人の名前のようだ。
「部活、ですか」
「そうだ。テニス」
「テニス。え、手品じゃないんですね」
「なぜ手品と思ったのかも聞きたいところだ。ジェイ、終わったら『木』の部屋まで来い。先に行っている」
「承知いたしました」
トラン様に促されて、本来待ち合わせしていた部屋に向かう事に。
***
『木』の部屋というのは、生徒が予約して使える応接室の一つ。行ってみると、トラン様の他の使用人の方が待っていた。
本当に申し訳ありません・・・。
「お前たちは控えの間に。込み入った話をする。異変を感じたら来て良いが」
「承知いたしました」
男性1人、女性1人が頭を下げ、入ったのとは別の扉から出て行った。
・・・トラン様、貴族だなぁ。
いいなぁ、同じ転生者なのに。平民と貴族との差は大きい。
まぁ、私はヒロインなんだけど。今のところ、嫌がらせしか起こっていない気が。
「さてと。遅くなっても困る。互いにまず、聞きたいことを言い合おう。それから優先順位を決めて話し合おう」
「はい」
「では、レディファーストで、きみから」
「はい。ありがとうございます」
えっと・・・。
「私の方は、前世にやっていた乙女ゲームの世界に転生したって昨日気が付きました。ただ、整理してみたのですが、記憶とこの世界、いろいろ違う気がするのです。いなかった人がいる気がします。例えば、『メーメ・ヤギィ様』です。そのあたりをトラン様と確認したいです」
私の言葉に、トラン様が卓上から紙とペンをとり、さらさらと美しい文字でメモをとられた。
「それから、私はヒロインの立場のはずですが、ご令嬢がたからの嫌がらせが辛いです。具体的には、今朝、部屋に水を撒かれてしまって、これから先の安全とか心配です。どうしていいのか分からないので、助けて欲しいです」
私が言葉を止めてトラン様を見つめたので、トラン様はメモを書いてから視線を上げ、
「なるほど」
と頷いた。
「他には?」
「どうしたら良いか本当に相談したいです」
「なるほど」
「どうしたら良いと思いますか?」
「うぅーん」
少し天を仰ぐようにトラン様がお困りになる。
「じゃあ、次はトラン様が聞きたいことをおっしゃってください」
「あぁ。俺は、どういうゲームなのか詳しく聞きたい。その・・・知り合い、が、楽しそうにやってて、俺はほぼ知らないんだ」
「はい」
そっかー、トラン様、ほぼ知らないのかぁ。
トラン様は、自分の確認事項をメモに追加された。
「それから、俺は交通事故で死んだんだ。きみは? ・・・前世の事を聞きたい」
「はい」
私の前世なんか聞いても面白くないけどね。
「あとは、まぁ・・・俺が注意しなきゃならないこととかあれば知りたい、かな」
「はい」
***
相談事は時間が長引きそうだから、先に情報交換的なものをしてしまうことに。
まずは前世の自己紹介。なんか変だけど相互理解のために。
「日本人。皆木 拓海。栃木県民。多分交通事故で死亡。高3。バスケ部。・・・実は最悪なタイミングで死んだ」
「?」
トラン様は後悔があるような顔をして、目をギュッと閉じて天を仰いだ。
「・・・好きな子と付き合った日に死んだ。ゲームはあの子が好きだった。トランが大好きだった。・・・学校の外で待ち合わせて帰る約束して、部活で遅れたから急いで自転車こいで、事故って死んだ。最悪だ」
「え・・・」
それ・・・。
「よりによって俺が大嫌いなヤツに生まれ変わっているとか。前世思い出して鏡見た時、愕然とした」
・・・フォ、フォローをしなくては。
「な、なんでそんなことになったんでしょうね・・・? ただ、まぁ、貴族だから良い暮らしはできると思いますよ・・・?」
「・・・そうとも言えない」
「え、そうなんですか?」
「家の方針に従う生き方を強要される」
「・・・嫌な事あったんですか?」
「いや・・・。それなりに上手くやって来てるんだが、日本人の感覚を思い出したら、色んな矛盾やジレンマを感じる」
「そうでしたか・・・」
なんだか苦悩されている。
だから、前世の話のできる私と、話をしたかったんだ。