69.困っている
あ、今ので勝たれたんだ。
おめでとうございます・・・!
笑顔で相手と握手したトラン様が、ふと固い顔になってこちらにこられる。
う、うわ。試合を邪魔したのかも。
本当にすみません、怒られる・・・!
ギュッと目を閉じて鞄を抱き込むように身をすくめる。
「大丈夫か」
「え? あ、はい・・・」
目を開けると、片手を差し出されていた。トラン様は硬い顔のままだ。
手をとって良いんだよね・・・。
差し出された手を取る。引かれて、立ち上がる。
顔を上げると、トラン様は私が元いた場所におられる方々に視線を向けた。困ったような顔。
「応援いただけるのは嬉しいが、このような状況、気になってしまう。仲良くご覧いただけないか?」
「わ、わざとではありませんわ!」
「そうです、私たちも押されて、場所がございませんの!」
「観戦していただいて何かあればと心配してしまう。皆さまにお怪我がないのなら良かった」
「大丈夫ですわ!」
「ふふ」
気遣われて、ご令嬢方が嬉しそうだ。
「どうかされたか?」
トラン様の試合相手の人がやってきた。
「ここで揉めていたようで、気になった。あなたの試合に影響が出ていなかったら良いのだが・・・。こちらの学院の生徒がお心を乱したなら誠に申し訳ない」
「いや。距離はあるので私には影響はなかった」
どこか残念そうに言われる試合相手。
「それでも申し訳なかった」
トラン様が詫びの礼をされるので、私も慌てて礼を取った。
対戦相手が苦笑した。
「これほど礼を取られるほどのことではないな」
顔を上げてみれば、他のご令嬢方も気まずそうに礼を取っておられたようだ。
「ぜひ、勝ち進んで欲しい、トラン・ネーコ様」
「ありがとう、ネロ・ディアース様。俺も勝ち進みたい」
お二人がまた握手されて、どうやらこの場は収まったみたいだった。
***
で。
なぜか、試合出場者のトラン様に腕を掴まれて、私も一緒に選手エリアを移動している。
トラン様は無言でズンズン歩く。怒っている気がする。
観客が動けないルートで進めるから、まだ誰もいない場所まで辿り着いた。
「ここで、ルティアと合流しろ。知らせておく。まだ付いていないとは」
「はい。あの、申し訳、ありません・・・」
「いや。きみ、前に押し出されたんだろう。大丈夫だったか」
「はい。・・・試合中に申し訳ありません」
「試合相手は影響なかったと言ってくれた。気に病むな」
「ありがとうございます・・・」
「見ている前で、本当に悔しかった。力不足が悔しい」
とトラン様は苛立ったようだ。
「本当に、すみません」
「いや・・・」
トラン様が言いかけたところで、ジェイさんが追いついてきた。ジェイさんは慌てている。
「ジェイ。ルティアをここに呼べ」
「はい。ずっと探していたようです」
「今日は動きがイレギュラーだからな」
「場所は連絡済みです。すぐ到着するでしょう」
「分かった。きみ、次はどういう予定だ?」
「次は・・・レオ様が勝たれてたら、レオ様の試合がすぐにあるので応援にと思います」
「レオか。間違いなく勝っているな。俺はついていけないから、必ずルティアと動いて欲しい」
「はい、あの。ご迷惑おかけして申し訳ありません。試合、応援しています」
途端、トラン様がキョトンとしてから嬉しそうになった。
「ありがとう。さっきも、きみの応援の声が聞こえた」
「良かったです。大声で応援しますね!」
「あぁ、頼んだ」
***
おかしいな、全然ルティアさんが来られない。
なお、トラン様は次の試合に向けて移動された。
通信アイテムはいつものように首から下げているけど、今日は試合なのでトラン様への連絡は命に関わるとかでない限りするつもりはない。
向こうで、誰かの試合の歓声が聞こえる。
レオ様の試合、きっともう始まってしまってる。レオ様、すみません。後輩なのに先輩の試合の応援に行けてなくて・・・。
「あら。あなたが、キャラ・パールさんじゃない?」
「え、はい」
向こうから、知らない女の人、多分使用人の人がやってきた。
「どうしてここに? 向こうであなたを探していた人がいたみたいよ」
「え。ありがとうございます。どんな方ですか?」
「使用人よ。何人もいたわ」
「そうでしたか・・・」
「私は忘れ物を取りに来ただけなんだけど」
そうでしたか。頷いた。
連絡に行き違いがあったのかな。
ルティアさんは全然現れないし、違う場所で私を探してくださっていたのかも。
私から、探しに行った方が良いかもしれない。
「向こうって、どのあたりですか?」
「2つ向こうの校舎を出た辺り」
「ありがとうございます。助かりました」
礼をとって、移動することにした。
親切な人だ。やっぱり使用人の人だからだろう。




