62.出来事
「ではお言葉に甘えて・・・」
ちょっと周辺からかな。直球で『なにがあったんですか』って勇気がいるというか・・・。
「今日、教室で、スミレ・ヴァイオレット様とポニー・ウゥーマ様が婚約、って話が聞こえたのですが、本当でしょうか。ご存知ですか?」
「あぁ。本当だ」
トラン様が苦笑された。
「だから、俺がきみにこうやって会えるようになった。・・・ポニーには感謝している。別に俺を助けるつもりで動いたわけじゃないだろうが、俺はポニーに助けられた」
あ。これ、私が知りたい、トラン様のお話に繋がってる。
「俺が動けなかったのは。スミレ・ヴァイオレット嬢に酷い災難が起こったことで、俺がスミレ・ヴァイオレット嬢を支えろと、ヴァイオレット家からも周辺からも圧力を受けていたからだ」
トラン様がふと真面目な表情で、目を伏せた。
「状況から見て、もし俺が何も知らない第三者なら、同じように勧めるだろうと理解はできた。でも俺には無理だと思った。今の俺の状態では、お互いのためにならない。断り続けた」
トラン様が目を上げて私を見る。真っ直ぐだ。
少し、じっと見つめて来られる。じっとその視線を受けている。
トラン様は少し視線を迷わせ、何かを言おうか迷ったようだ。
結局目を伏せて笑みを浮かべた。
「・・・そんなわけで、動けなかった。一方でスミレ・ヴァイオレット嬢は早急に婚約者を決めなければならなかった」
ドキリとした。婚約者、という単語に、胸が騒いだ。
え。
トラン様、スミレ様の婚約者にって話が来ていたっていうこと。
そういうことか。
やっと理解した。
うわ。
どうしよう。
嫌だ。それ、嫌だ。そんなの嫌だ。
身体が震えてしまって慌てて俯いた。
じっと固まってトラン様の次の言葉を待つつもりでいたら、何も聞こえてこない。
ふと顔を上げる。
トラン様がじっと私の様子を見つめていた。
「何に、そんなに拒否を? スミレ・ヴァイオレット嬢が婚約者を決めるのが辛い?」
慎重に尋ねられる。
「い、いえ」
そういう意味では無い。
というか、そこ、慎重に確認してこないでください。
言えないから。
「・・・」
「・・・」
やはり慎重に、トラン様が尋ねて来られた。
「聞きたくないなら、話さないが・・・?」
「あ、いえ、大丈夫です」
お願いします。別にスミレ・ヴァイオレット様のことで固まってしまったわけじゃないんです。
「・・・なら続けるが、止めたくなったら止めてくれ」
気遣われているんだ。
「はい」
と返事をする。
「・・・スミレ・ヴァイオレット嬢は呪いを受けた。解呪に婚約者が必要だと判断された。ある程度の家に連絡された。その中にポニーもいて、ポニーが駆け付けた。他の令息はスミレ・ヴァイオレット嬢が会う事を断ったと聞いている。ポニーにだけは会ったそうだ。ポニーの協力で、スミレ・ヴァイオレット嬢の呪いも無事解けた。ポニーとスミレ・ヴァイオレット嬢は再び婚約をした。広く公表されたのは昨日だ」
「・・・」
そうか。
スミレ様を、ポニー様が助けたんだ。
ポニー様らしいな・・・。
「余談だが・・・」
とトラン様。
俯いてしまった顔を上げる。
「レオも、モモ・ピンクー嬢と婚約を解消した。スミレ・ヴァイオレット嬢の助けになりたいとレオが願ったからだ。ここは、解消したままだ」
「そうですか・・・」
ちょっとしょんぼりとする。
モモ・ピンクー様、レオ様の事が好きだったのに、解消になったのか・・・。
だから最近、姿もお見掛けしてないのかな。
「尋ねたいんだが」
「はい」
トラン様をまた見つめる。トラン様が、どこか慎重に私の様子を観察している気がする。
「俺は、ただ単に、我儘を押し付けているだけなんだろうか」
「・・・え?」
どういうことでしょう。
「頼まれたから断れないだけなの、か? なら、俺は独りよがりに我儘を押し付けているのか」
「・・・」
ちょっと、質問の意味がよく分からないのですが。
トラン様が口を閉じてしまった。
私を見て、何か考えておられる様子だ。
「えっと。我儘とか、頼まれたって、何のことを言っておられますか?」
正直に尋ねてみたら、驚かれた。
「それを、聞くのか?」
「え。はい」
「・・・」
「・・・」
お互いどこか慎重に見つめ合っている。
口を開いたのはトラン様だ。
「・・・例えば、今日のランチだ。昨日の夜も、時間を貰っている。押し付けだったなら、本当に申し訳なかった。・・・部活のことも・・・本当にすまない」
「え。いえ。ランチ美味しくて、久しぶりにお会いできてたくさんお話できて嬉しいです」
「そう、か」
互いに真面目な顔をしている。私たちは何を確認しあってるんだろう、とふと疑問になる。
「昨日の夜も、驚きましたが、お会いできたこと嬉しかったです。何よりトラン様が嬉しそうで良かった」
「・・・」
トラン様が物凄く真剣な顔で聞いている。でもどこか恐々と聞いている気がする。
「部活、せっかくの人生楽しもうって誘っていただけたことも嬉しいです。まだ1度しか練習できていないから、また練習出来たらいいけど、一人では無理だって思っていたから、教えていただけたら嬉しいです」
トラン様何かを確認するように少し視線を彷徨わせた後、また私を見た。
「その、言っても俺は貴族で、きみは断れなくて、色々、義務のように付き合わせてたのなら・・・本当に申し訳ない」
あっ、トラン様が落ち込んだ。




