61.トラン様とフルコースランチ
翌日。登校すると、貴族令息や令嬢の皆さんが、やたらと『スミレ・ヴァイオレット様』と言っているのが耳に入った。
なんだろう。
気になる。
ポニー様もまだお休みで誰もいないので、静かにじっと周囲を観察してみる。
「ご婚約された」
「ポニー・ウゥーマ様」
「やはりお似合い」
などなど。
うーん。総合すると、スミレ様とポニー様、ご婚約されたの? 元に戻られたのかな。
んー、ポニー様は親しくしてもらっていて、噂の真偽が物凄く気になる!!
ポニー様、いつ学院に戻って来られるのかなぁ・・・。
***
授業はしっかり受けて、昼休み。
ルティアさんがいつもよりニコニコしながら、私を案内してくれる。
「主が回復して何よりですわ」
「そうですね」
と私も答える。ケガも治られたし、ランチも普通にお誘いいただけて嬉しいな。
「今日はこちらのお部屋ですわ」
「ありがとうございます」
通されて驚く。
ものすごく、豪華にセッティングされている。
なんだこれ。プチパーティか。
ニコニコしているルティアさんに誘導されるまま、椅子に腰かける。
トラン様の方が後から来られた。
「待たせていたか」
「いえ、それほどでもないです」
「今日は色々豪華にしてみた。昨晩の急なお礼も兼ねて。ただ、フルコースだが、もし食べるのが難しければ残していいからな」
えー・・・勿体ないよ。
「さっそく始めよう」
***
食前の飲み物から始まった。本当はお酒が正式らしいのだけど、ジュース。
うわー、これ本当にフルコースなの?
食べたこと無いよー、嬉しさより緊張するよ! マナーが全く分からない!
「そういえばマナーを気にしていたな」
とトラン様が私の緊張している様子に気づいてくれた。
「俺の食べ方をまねるところからはじめてみるか? 男性と女性では細やかさが異なってくるが、基本は同じだ。あと、別に俺は気楽に食べてくれて構わないぞ」
「ちょっと真似をさせてもらいたいです」
「分かった。気になるところは言ってくれ。分かる範囲で教えられる」
「ありがとうございます」
「そういえば、チュウ・ネズミン様がマナーについてきみに教えられるというような事を言っていたという件、なにか働きかけはあったか?」
「いいえ、全く」
「そうか。何だろうな。あの人は色んなところでリーダ性を発揮する人で、色々世話を焼くところがあるというか、上手く行くよう手配をするような方なんだ。俺も何度も世話になっている。困ったことはされないと思うが、何かあったら気軽に相談してくれ」
「はい。ありがとうございます。心強いです」
「・・・」
急にトラン様が真顔で私を見つめた。
何か。
私も見つめ返すと、ニコリと笑われた。
「きみに心強いと言ってもらえると嬉しい」
「・・・」
今度は私が無言になる番だ。
気恥ずかしい・・・。
料理が順番に運ばれてくる。
時々、カトラリーの使い方を教えてもらいながら、食べ進めた。
緊張したけど嬉しくて美味しかった。
「毎日フルコースというのは時間をとるので、俺は簡単にしているが、気に入ったのなら毎日でも良い。どうする?」
と言われてキョトンとした。
え? 私に毎日のメニューを決めろとおっしゃってますか?
少し考えて、返答した。
「・・・私には毎日こんなお料理贅沢ですから、その、もっととても簡単なお料理で十分です。それこそサンドウィッチとか」
「分かった。色々試そう」
***
昼休憩は2時間だ。フルコースだったしゆっくり食べたので、食べ終わるのに1時間半かかっていた。
残りは30分。
紅茶をいただきながら、まったりお喋りを続ける。
「良かったら今日、テニスするか?」
「え。はい。ありがとうございます!」
「レオはどうしてるかな。実は試合がもう7日後なんだが、本当は俺がレオの練習も付き合ってやる予定だったんだ。久しぶりだし、レオも声をかけて良いか?」
「はい。腕も治ったので、試合、トラン様も出場されるんですか?」
「いや。もう出場者は決まってる。俺は出ない」
「そうでしたか」
「試合見たかったか?」
「はい。ちょっと」
「そうか。枠が空いてたら出れるかもしれないが・・・。勘が鈍っているから毎日練習が必要になりそうだ」
「部員として応援しますよ!」
「部員。それは、嬉しいな」
ニコニコして見つめ合う。
「そうだ。長くこんな風に会えなかったが、たぶんきみ、俺に遠慮をしてくれていただろう。何も言わずに話を聞いてくれて、明るくなるような話題を選んでいてくれた。本当に感謝している。・・・ありがとう」
改めてこんな風に言われると恥ずかしい。
「こちらこそ、あの、毎日ご連絡いただいて、話せて嬉しかったです」
「じゃあ、これからも続けても構わないか?」
「はい」
「良かった・・・。その・・・遠慮して気になっている事、答えられる範囲で、答えるからな?」
「良いんですか?」
「あぁ。迂闊に他人に話さないと約束してもらえるなら」
「大丈夫です」
と頷いて見せる。
そもそも、ポニー様もおられない今、私の会話相手ってトラン様以外、トラン様の使用人の方々しかいません・・・って、そこまで口に出さないけど。




