58.再びの
スミレには、自分で実をとるなんてとてもできない。
ポニー様は、自分で取った実を、スミレにその手から食べさせてくれた。
採った人以外が触れると急に悪くなってしまうから、こうした方が美味しいのだそうだ。
とても甘くて驚いた。
「呪いの耐性もつくんだよ」
とポニー様は、こっそりとスミレに秘密を教えてくれた。
「お姉さまの枝もあるんだ。実、たくさんあるのに、お姉さま、いなくなっちゃった」
ポニー様は、木からも亡き姉を思い出し、再び泣きはじめた。
慌てたスミレは勇気を出して、木に近寄り、枝から自分で実をとった。
それをポニー様の口元に差し出した。
驚いたポニー様は、ボロボロ涙を落としながら、スミレの差し出す実を口にした。
泣きながら、ポニー様は嬉しそうに笑った。
そんな複雑な表情など見たこともなく、スミレは驚いて見つめていた。
そんな幼い子ども2人の様子は、家に知られた。
あっという間に、婚約することに決まった。
***
あの幼い日。お互い、他を知らなかった。互いを好ましく思っていた。
あの時に戻ってやり直そう。
一方で、互いに、今に至る時間を無かったことにできないと分かっている。
スミレもポニー様も、互いを苦く思っていることを知っている。
だけど。
戻ったつもりで。
互いに相手だけを見つめてみよう。生涯添い遂げるつもりで。
***
全て呪いが消えたと神殿の高官が認めてくれた。
スミレは安堵に泣いた。
ポニー様が、
「良かったね」
と嬉しそうにスミレに言った。
御礼をやっと告げながら、やり直したいとスミレからも言った。
うん、とポニー様も答えてくれた。
だから、再び正式に、婚約関係に。
それが、昨日。
***
解呪は終わったが、もうしばらく、心の回復のためにも静養する。
ミカン・オレンジ嬢については、学院から追放処分。しばらくはオレンジ家で監視するという。
当然、貴族社会から追放だ。
また、王家直々にオレンジ家に罰を言い渡し、領地の7分の1がヴァイオレット家に謝罪の形として譲り渡される事になった。
「こうして、この実をきみと食べていると、あの日を思い出す。きみはどう?」
とポニー様が話しかけて来る。
ポニー様は、スミレの学院復帰までずっと傍にいてくれる。
一緒に学院に戻ろうと言ってくれた。
ミカン・オレンジ嬢がいなくなったとはいえ、スミレにとって、学院は酷く恐ろしい場所に変わってしまった。
誰が自分にどんな感情を向けているのか、分からない。
ポニー様が一緒なら、まだ、戻れる気がする。
学院で学び卒業しておくことは、貴族にとって必要な事で、余程のことが無い限り戻るほかない。
こんなに親身にされて、自分への気遣いを疑うものなどいないだろう。
スミレは、心の頼りをポニー様にしたと、自覚している。
「はい」
と小さく返事を。
ポニー様が、小さいながらもため息をついた。
スミレはビクリと恐ろしさを感じた。
「僕の方が、きみより先に、好きになっていそうだ」
言われた言葉に、目を丸くする。
伏せていた顔を上げて、ポニー様の様子を見る。
「仲良くやろう」
「・・・は、い」
「大丈夫。時間はまだたっぷりあるよ」
「・・・」
「レオ・ライオン様も、来ていたって聞いたよ。レオには会わなかったんだね」
「・・・」
なぜそんな話題を。スミレは俯いた。
す、と手が伸びてきて驚いた。
指が、スミレの頬にのびてギョッとした。
見れば、ポニー様が真剣な、それでいて少し赤みのある顔でスミレをじっと見つめていた。
「解呪のためとはいえ、きみにずっと触れていたから、堂々と触れられなくなって寂しくなった」
「・・・」
スミレは真っ赤になった。
「婚約を一度解消して、それでもまた僕たちは戻ったから、僕たち、互いに頑張ろうね」
「・・・頑張る・・・」
「うん。そうだよ」
「はい・・・」
「学院に戻ったら、休み時間、一緒にいよう。しばらくでもずっと毎日でもどちらでも良い。僕はきみを一番に想う。少なくともその努力をする」
「はい」
「ねぇ、知っていて欲しい。僕は、一度婚約を解消した時、きみが嫌いだったわけじゃない」
「・・・はい」
スミレの胸に、暖かさが広がる。
「きみは、僕が嫌いだった?」
「・・・」
正直に言えば。嫌いになっていた。大勢の前で非難をしてくるのだから。平民を庇って。
だけど。
「好きです」
今の気持ちを告げた。恥ずかしさのあまり、涙がにじんだ。
「嬉しい」
とポニー様の声が聞こえた。
確かめたくて、スミレは涙の溢れた眼差しで顔を上げた。
大人びた落ち着いた、笑顔があった。
零れた涙を拭ってくれた。




