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57.スミレ・ヴァイオレット嬢に

まともに顔が見れなかった。

呪いで醜く変わった自分など、誰にも見せたくない。

ましてや、仲が冷えて婚約を解消するに至ったポニー様になど。


けれど、ポニー様はスミレの傍に来た。

そして、挨拶の言葉を告げた後、頑なにうつむいたままのスミレの口元に木の実を差し出した。


「きみが、幸せでいないのは嫌だ。僕以外の誰かを選ぶならそれで構わない。だけど、誰も無理なら・・・。ねぇ、僕たち、やり直せないかな」


スミレは動けなかった。


「やり直そうと努力してみても、良いかもしれない。もしきみもそう思うなら・・・僕が、解呪をしても良い? 嫌なら、このまま帰る。負担にならない範囲で、実は食べてもらえた方が安心だけど。・・・呪いへ耐性がつくからだよ」


差し出された手の上の実を見つめる。

これが何か、知っていた。幼い日に、ポニー様と一緒に食べたことがある。

ポニー様の領地に、特別に大切に管理されている木の実。ウゥーマ家の家族にしか実をとる事を許されていない。

取り扱いの繊細なもの。


「お嬢様」

と傍にいる者が声をかけてきた。

「ポニー・ウゥーマ様が来られてから、お嬢様はとてもお綺麗ですわ」


そっと鏡を渡されて、恐々と見る。


「!」

醜くて許せなかった。

確かに、呪いを受けてから一番マシだ。いつもは顔全体にミミズのような赤い湿疹が浮かんでいる。それが消えていた。

だが、それでも顔に赤みが残っていた。スミレはギュッと目を瞑った。


「お嬢様、一層綺麗になられました」

声を抑えながら、どこか興奮したように告げられる。


「いつもとは違う?」

ポニー様が使用人にそう尋ねた。

「はい」

と使用人が答えるのを、スミレは酷く許せないと思った。


強く手を握り込む。


「スミレ・ヴァイオレット嬢。・・・僕がここにいるから、苦しい?」

ポニー様の悲しそうな声がする。

「いつもより状態が良いのなら、僕がいることで自分を醜いと感じているという事だ。今も、どんどん綺麗になっていってる気がする。・・・僕が、きみを傷つけたせいだ」


そんな言葉に、胸を突かれたような気分になった。

息が止まりそうになる。


「居ても立ってもいられなくて、来たんだ。どうしても、気になって。だけど、僕がいることできみが余計に辛くなるなら、僕はいない方が良い。・・・きみが頼れる人が早く来てくれるように、心から願ってる。・・・それじゃあ。僕はこれで失礼する」


丁寧に気持ちを伝える話し方。今は少し元気が無くて。


スミレは顔を伏せたまま。

ポニー様が動く。離れようとしている。


「い、いやです」

思わず声をあげていた。


「私を、助けずに、行ってしまわないで・・・!」


***


結局。


スミレの同意を得て、ポニー様は丁寧に解呪をしてくれた。この屋敷に泊まり込んで。

再び婚約者に戻る事を承知の上で。


解呪のための布を清潔な水で浸し、きちんと搾ってから、スミレの頬や首を拭ってくれる。

拭うたびに、黒い文字のような糸が布に絡まりつく。スミレの中に組み込まれた呪いの一部だ。

布が黒い糸でまみれてしまったら、その布は捨てる。後で焼かれる。


新しい布を取り上げて、また水で浸すところから、繰り返す。


疲れたとか飽きたとか、そんなそぶりを一切見せずに。

スミレの体調や不快感を案じながら、3日間かかったのに、完全に呪いが取れるまで続けてくれた。

スミレはポニー様に禄に返事もできないままなのに、時に話しかけながら。


一方で、スミレの首を撫でる作業に、ポニー様はどうやら赤面していた。

ポニー様は、気恥ずかしさを隠そうと努めていた。

その様子に、スミレは、互いの距離を感じ、逆に安堵を覚えた。


ポニー様は、ここに来るまでにも、わざわざ遠い領地に、特別な木の実を取りに行ってきてくれた。

到着までの6日間も、ずっとスミレのために動いてくれていた。

そして、今も。


結局。こんな解呪方法。

きっとポニー様以外に頼めなかった、とスミレは思う。


情けなくて恥ずかしくて悔しささえ覚えながら、ポニー様なら、まだ、頬や首に触れられる事に耐えられる。

ずっと婚約者だった。だからこそ、急に縮められる距離に耐えられる。


「僕たち・・・この実のある庭で、きみが僕を慰めに来てくれた日に戻って、そこから、やり直したいね。やり直せるかな」


***


互いにとても幼かった日。

スミレは、親に指示されてそこに行った。


ポニー様は、親しい姉君を亡くされたところだった。


両親は、ポニー様の親を慰めるために屋敷を訪れ、スミレは、丁度同い年だという、ポニー様をお慰めするようにと言われていた。


見つけたポニー様は、スミレに酷く驚いて、妖精かと思った、などとスミレに言った。

スミレも、ポニー様を可愛らしい男の子だと思った。


話しているうちに仲良くなった。

ポニー様は、貴重な実のなる木のところにスミレを案内してくれた。


1本だけ生えている不思議な木。


ポニー様は、実の採り方を教えてくれた。スミレにも取って良いよと言ってくれた。


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