43.ポニー様の挨拶
翌日、登校したら、ポニー様が廊下で私を待っていた。
「キャラちゃん、挨拶をしておこうと思って待ってた」
「え。はい。おはようございます」
「違うんだ」
ポニー様が酷く真剣な顔をしていた。
「僕」
なんだろう。
真剣な顔で私を見つめていたポニー様は、ふと視線を下げて、私の両手をとった。
その状態で、私をまたしっかりと見つめた。
「しばらく、学院に来ない」
え。
私の驚きを見て取ったポニー様は、頷いてみせた。
「・・・放っとけないんだ。キャラちゃんの事よりも、どうしても気になる。僕たちは小さい頃から一緒にいた。婚約は解消したけど、だけど」
スミレ様の事だ。きっと。絶対。
私はコクリ、と頷いた。
「戻ってくる。だけどしばらく僕は来なくなる。キャラちゃんがいじめられないかが、心配だ。ごめんね」
「いいえ。いつも守ってもらってました。一人でも頑張ります。あの、詳しい事は分からないけど、頑張ってください」
「ありがとう。キャラちゃん、呪いだけは本当に気を付けて。他の事も勿論だけど、絶対に気を付けて」
「ありがとうございます。ポニー様も。絶対にお気をつけて。呪いも、他の事も」
「僕はある程度耐性がある。うん、でもお互いに元気なままで、また会おう」
「はい」
「もう行くね」
ポニー様は、私の手を離された。
本当に、私に直接言うためにだけ、来てくださってたんだ。
ポニー様は私を見て笑った。
「悔しいな。僕、キャラちゃんの事、好きだよ。好きだった。友達以上になれたらいいなって思い始めたところだった」
え!?
何を。
焦る。慌てる。
え、周りの人もギョッとしてる。
挨拶だって注目されていたのだ。普通に今は登校時間だ。
「でも僕、どうしても、やっぱり、放っておけなくて。なんだろう。自分でも不思議で理解できないよ。離れなくちゃいけないの、悔しいんだけど、仕方ない。行ってあげたいんだ。それに、向こうは迷惑かもしれない。会ってももらえない可能性は高いし、僕がただ偽善的なのかもしれない。だけど、それでも行きたい。だから行ってくる」
「・・・」
ポニー様は、私の返事を待つつもりではないみたいで、笑顔で私に声をかけている。
私の方は、どこか、あっけにとられて、聞いている。
「だから、次会う時も、友達として会おう。ねぇキャラちゃん。僕と友達でいてくれる?」
「え、あ、はい」
私の返事に、ポニー様は嬉しそうに、それから少し残念そうに笑んだ。
あれ。
私、返事を間違った?
「元気でね。キャラちゃんに何かがあったら、僕は絶対黙っていない。だから、気を付けて」
最後は、周りに告げるように、どこか凄んだポニー様。
くるり、と後ろを向かれた、と思ったら、そのまま歩き出し、そして駆けだされた。
急いでいるんだ。
あっという間に、出て行かれた。
私は茫然と、見送っていた。
***
動揺のあまり、通信具を服の上から握り込んだ。
『・・・どうした!』
トラン様の声が聞こえて驚いた。
す、すみません!
あれ? 服の上からでも繋がるの?
他の人の目もあるので、慌てて教室に入って、部屋の隅に。
「すみません、なんでもないです。なくはないですが、その、えっと」
『・・・大丈夫か?』
「私は。あの、ポニー様が」
『ポニー?』
「学院にしばらく来ないって、今」
話そうとしたが、ざわざわと教室に人が入ってきて、内緒話しにくくなっていく。
「メッセージで」
『分かった』
一度手を放す。
もう一度そっと握ったが、声は聞こえない。ほっと息を吐いてから、頭の中で伝えたいことをトラン様に言うイメージで。
“ポニー様が、たぶん、スミレ様の関係で、しばらく学院に来ないと、挨拶してくださって、出て行かれました”
手を放す。
これで言いたい事伝わるかな?
数秒後、通信具が震えた。コツコツ、と音もする。思わず握りそうになるのを我慢する。
しばらく待つと音は消える。
服の上から掴んでみる。頭にメッセージが浮かぶ。
“分かった。周囲に気を付けて”
え、周囲に気をつけてってどういう事?
ミカン・オレンジ様っていうこと?
それとも単純に、ポニー様がいなくなる、つまりフォローしてくれている人がいなくなるから気を付けて、って事?
尋ねようと思ったけど、あまりやり取りするのも迷惑だ。
つまり気を付けて過ごせばいいわけだし。
“はい。分かりました”
とだけ返事をする。その後の返事は来なかった。




