40.何かがあった
授業が終わった。
休憩時間、廊下に出てみる。
やっぱりなんだかざわついている。
ポニー様はどうしたんだろう。
ルティアさんの姿を見つけて、声をかけに行った。
「何があったんですか」
「・・・私からは申し上げられません」
ルティアさんの顔色も悪い。
「ポニー様がどこに行かれたかご存知ですか?」
「いいえ。けれど、今日はお休みかもしれません。・・・キャラ・パール様。主と購入したお守りはきちんとお持ちですか?」
「はい」
鏡のお守りの事だろう。しっかりポケットに入れている。ちなみに体操服になる時も、ポケットに移し替えている。
「万が一何かあったら、遠慮せず、すぐに通信アイテムをお使いください。分かりましたか」
「はい」
「ちょっとしたことでも構いません、必ず連絡を」
「はい」
「今日はどう過ごされるおつもりですか」
「いつも通り、授業を受けて・・・」
「休憩時間はどのように。可能であれば、今日はいつもよりお傍にいさせてくださいませ」
「それは、大丈夫ですが・・・」
本当に、何があったんだろう。
「嘘ッ!?」
向こうから、悲鳴のような声が上がった。
見れば、廊下に出ている貴族令嬢が集まっている。
「スミレ様に呪い!? あなたご覧になりましたの!?」
「シーッ!! お声が大きいですわ!」
皆が聞き耳を立てている。
ご令嬢方も気が昂っているのか、声が大きい気がする。
「殴られて、お顔が腫れているって!」
「私の使用人も見ましたのよ! 鼻から血も! ドレスも血で汚れてて酷かったのですって」
「犯人は分かっていますの?」
「ミカン・オレンジ様だっておっしゃったそうですわ」
「ミカン・オレンジ様? なぜですか」
「トラン・ネーコ様が婚約解消されたのは、スミレ様と想い合っておられて、それでお二人とも婚約解消されたのですって・・・!」
「嘘ッ!」
「じゃあ悪いのはスミレ様!?」
「お声が大きいですわ!」
「キャラ・パール様」
傍のルティアさんの声にハッとした。
「主の婚約解消について、ヴァイオレット家は関わっておりませんわ」
真剣な表情だ。
「あ、え、はい」
ゴクリ、と唾を飲み込んだ自分の動作が大きく感じられる。
え、え、と。
スミレ様になにかあった・・・。
「教室に戻りましょう。お掛けになった方が宜しいですわ」
「え、あの・・・ミカン・オレンジ様が・・・?」
怖いからなのか、血の気が引いた感じがする。
とにかく不安だ。それに状況が良く分からない。
「お守りいたします。授業中の方がむしろ安全でしょう。休憩時間は、私と一緒に」
「はい」
ポニー様は、今、何をされているんだろう。
***
次の授業が終わり、二度目の休憩時間が来ても、ポニー様は戻られなかった。
私はルティアさんの傍にいた。
本当は休憩時間中、お守りを作ろうと思っていたけど、気持ちが落ち着かない。こんな気持ちで作ったお守りに効果がつくとも思えないから、作るのは止めておく。
次の授業も終わり、昼休み。
今日はランチをポニー様と約束していた。ポニー様を探した方が良いんだろうか。
連絡の取りようがない。
自分の机のところで立ち上がったまま迷っていたら、使用人の人が来た。ルティアさんが警戒していて、その人に声をかけて、ルティアさんが用件を聞いてくれる。
ポニー様の使用人の人だった。
『ランチができない、ごめん、またいつかお願い』という内容の伝言を持って来てくれたのだ。
「ポニー様はどうされているんですか? 心配です」
「申し訳ございません、私はメッセージを伝えに来ただけなのです」
「そうですか・・・」
「主に連絡いたしましょう。一人で食べる予定でしたから、ご一緒されませんか」
「はい・・・」
「お一人でより、信用できる誰かとお過ごしになった方が良いです」
ルティアさんの言葉に頷いたが、ルティアさんが確認してくれたところ、今日はトラン様も無理だと分かった。
***
食堂で、ルティアさんと一緒にランチをとった。
食堂は使用人の人が使っている。
やはり皆ざわざわと落ち着きが無さそうだ。
そこかしこから、『スミレ・ヴァイオレット様』『ミカン・オレンジ様』という単語が聞こえてくる。
ミカン・オレンジ様がスミレ・ヴァイオレット様に暴力を振るったのは間違いない。
「・・・呪いを、使われたそうです」
小さく、ルティアさんが囁くように私に教えてくれた。
私も目を上げる。
「ミカン・オレンジ様が呪いに詳しいとは聞いたことがありません。協力者がいるようです」
「呪いって、どんな・・・」
「・・・スミレ・ヴァイオレット様が見つかった時、暴力で酷い状態と聞いていますが、呪いも使われて全身に赤くミミズのような湿疹が出ているとか」
「湿疹?」
「えぇ。詳しくは解析されるはずです」
「治るんですか?」
「呪いには全て、解呪方法が存在します。ヴァイオレット家ならば、解呪方法はすぐに判明するでしょう。ただ、その解呪が簡単か複雑かが問題です。条件が難しくて実質解呪できない、という呪いもあるようです」
「・・・それって、呪いをかけた人にはリスクはないのですか?」
「お金だけです。呪いはそもそも高額ですもの。普通は買えませんわ。しかも、誰が使ったかは現場を押さえないと分からないのです」
「・・・」
重い気分になりながら、ランチを食べ終えた。
残り時間についてルティアさんと相談して、図書室に行って、トラン様のお守りを作ることにした。
休憩時間中はとてもそんな気になれなかったけど、こんな気分だから、トラン様の無事を祈って、黙々とお守りの方が良いかもしれない・・・。




