30.ポニー様
「やっぱりきみなの。スミレ・ヴァイオレット嬢。何をやっている? きみは自分の行いが恥ずかしくないの。いい加減にしたらどうだ」
ポニー様が私の傍に立って、スミレ様を睨んでいる。
「ねぇ、先に、言っておいてあげる。婚約していたから、特別にだ。きみ、いつか後悔するよ。身分が違うってだけでキャラちゃんにこんなに恥をかかせて、きみはいつか同じ目に合う。知ってる? 例えば王城にだって、平民のまま役職についている人だっている。その人は、他に変わりがいないからだ」
スミレ様は顔を青くした。急に鋭い声で反論されて、ショックなのかもしれない。
言い返そうとする様子は見えるけど、次第に涙目になってきている。
急に、あまり知らない貴族令息が前に出てきた。
「スミレ・ヴァイオレット様にそのような冷たい言葉を言うなんて、あなたこそ立つべき場所を間違えていると思う、ポニー・ウゥーマ様」
「きみは誰?」
「レイモンド・イーサー」
「そう」
ポニー様は顎を上げた。
「ねぇ、レイモンド。きみは身分の違いでキャラ・パール嬢を追い出そうとしているスミレ・ヴァイオレット嬢を庇おうとしてるみたいだけど。身分を重視するはずのきみは、本来僕にそんな口をきける身分ではない。当事者なら話は別だったけど、きみはただの野次馬だ。なのに身分を顧みず、僕とスミレ・ヴァイオレット嬢との会話に割り込んできたのはどういう理由?」
「・・・あまりに、あなたがスミレ・ヴァイオレット嬢に無礼だからです」
「きみは今、僕に無礼を働いているんじゃないのかな」
そう尋ねるように告げたポニー様に、相手は返事できない。
「でも僕は身分より人柄を重んじたいかな。それよりも、レイモンド。スミレ・ヴァイオレット嬢はキャラ・パール嬢に無礼だと思うんだけど、きみはそう思わないのかな」
ポニー様はじっと相手を見据えていた。
「試しに、僕も、レイモンド、きみに同じようにしてあげようかな。きみたちには、別に酷い事でも何でもないようだから。僕は十分なお金をあげるから、もう二度と貴族社会に出入りしないでくれないか。学院からも勿論追放だ」
レイモンド・イーサーと名乗った貴族令息が立ちすくんだ。
周囲がポニー様の言葉に恐れたように一歩身を引いた。
スミレ・ヴァイオレット様は青い顔をして震えている。
ポニー様はため息をついた。
「・・・冗談だ。ごめんね。僕はそんな横暴な事に興味ないし、したくない。僕が言いたいことを察してくれないかと願って言った、例えばの嘘の話だよ。とはいえ、実行できる力は僕の家にはあるけどね。レイモンド。それで、どう? スミレ・ヴァイオレット嬢は、キャラ・パール嬢に失礼で横暴だと、僕には思えるのだけど、きみはまだ庇うのかな」
「あ・・・。出過ぎたまねをして、申し訳ありません」
レイモンド・イーサーが震えて、礼をした。
「・・・出過ぎた真似だと、咎めたいんわけじゃないんだよ。それから、身分を超えて勇気ある行動だとも思うよ、レイモンド・イーサー様。ごめんね。・・・もうこの場は解散しよう。皆、授業が始まるよ。教室に向かおう」
ポニー様がそっと息を吐いた。
「ごめんね、キャラちゃん」
憂いた顔でポニー様が私を見た。情けない顔に見えた。私はとっさに首を横に振った。
「ありがとうございます」
「ううん。ごめん」
一緒に歩き出す。
自分の身体が動かしづらくて、なんだか変な感じがした。緊張で固まっていたのかもしれない。
「キャラちゃん。僕は、きみが学院にいてくれて、友達になれて良かったと思ってる。本当だよ」
「・・・私も、ポニー様がいてくださって、良かったです。本当に・・・」
落ち込みながらも、本心も告げる。
「いつも、いつもありがとうございます・・・」
礼を取った。
「ううん・・・」
助けに来てくださったポニー様も、かなり落ち込んでいる。
「いつも、ご迷惑をおかけして、すみません」
ついそう言ったら、ポニー様は足を止めて、少しぼんやりと私を見た。
そしてなぜか、ポニー様はふんわり笑った。
「謝らないで。辛くなるよ。感謝の気持ちだけ、もらう」
「はい。ありがとうございます」
「僕、レイモンドに酷い事言った・・・」
ポツリ、とポニー様が呟かれて、ハッと顔を上げた。
あれは、私を庇うために言ってくれたことだ。だけど、それでポニー様はいつになく落ち込んでいるんだ。
「・・・僕はね、血筋のかなり良い、名家の跡取り息子なんだ」
「はい・・・」
「母親が、王様の妹だから、王家の親族になるんだ。この世代で、僕は飛びぬけて格上に見られてる」
そうだったんだ・・・。




