29.スミレ様
翌日。
学校に行くと、相変わらず呪いの封筒があった。
椅子の座面の裏にはりつけてあったので、見つからないように手が込んできている。
ちなみに気付けたのは、鞄を置いた時に、机の中に誰かが忘れたらしいペンが転がり落ちてきたから。
拾おうと思ってしゃがんでふと見たら、椅子の座面の裏側に白いものが・・・。
怖い。
運よく見つけられたのは、お守りのお陰だろうか。
見つけた場合、呪われる対象と思われる私は、触ってはいけない。
でも、ポニー様は今日はまだ教室におられない。ルティアさんも、トラン様と来られてから、私のフォローに来てくれるけど、今日はまだみたい。
この椅子には座らない方が良いから、とりあえず鞄を持ち直して廊下で待っていよう。
「あら。お帰りになられますの。身の程をわきまえた行いですわ。やっとご理解いただけましたのね」
聞き慣れた声にそちらを見やれば、スミレ・ヴァイオレット様だった。自分のクラスに行くところだったようだ。
「おはようございます」
「あら。私はあなたとご挨拶する間柄ではありませんわ。だけど、お見送りはして差し上げてもよろしくてよ。場違いを察してお帰りになるのでしょう? そのまま通学をお止めになるのが一番ですわ」
うっ。
また朝からダメージが・・・。
スミレ・ヴァイオレット様の言葉って本当に、内臓にずーん、ってくる・・・。
だけど今日は、ルティアさんの励ましを思い出して、顔を上げた。
「帰るわけではないです。困った事があって、廊下に出てきただけです」
「ですからそのまま帰るべきだと申し上げておりますのよ・・・同じことを何度も言わせないでくださいませ。そもそもあなたはとても厚かましいと思いますわ。私とポニー様の関係が壊れたのはあなたのせいですのに、どうしてあなたはそのまま変わらず学院に通っていらっしゃいますの?」
「・・・」
落ち込んできた。
やっぱり、婚約については、私という存在が原因だ、と私も思ってしまう。
ポニー様がいくら庇ってくださっても、ポニー様みたいな考えの人の方が少ないんだろうな、というのは、他の貴族の方々の様子から察している。
何か言おう。
でも。学院に平民の私が通っているのは、家族の生活費のためです、なんてここで言いたくない。
だって学ぶところなのに、稼ぎに来ている私は、やっぱり不純だ。
そして、それを言いたくない場合、私には胸を張ってスミレ様に言い返せるものがない気がする。
だけど・・・私は口を開いた。
「父が亡くなって、それで、私は学院に通って良いと、言われたので、来ています」
「え? どういうお話でしょう?」
スミレ様が怪訝な顔をされた。
「働き手の父が亡くなって、貴族の方が、支援として、学院に通って良いと、言ってくださって、来ることにしました」
お金の話はぼかして、そう言った。
前に、ポニー様が、『誰かが認めたからそこに存在しているんだ』って話してくれたからだ。
貴族の誰かが、私にそういう話を持ってきた。それを受けた。だから私はここに通ってる。それは事実で、つまりそういう話をつけた貴族の人が、どこかにいてる。ここにいることを認めてくれている。それも事実だ。
「・・・」
スミレ様が怪訝な表情を崩さない。
それから、思い至ったように、指摘した。
「あなたは、支援で学院に来られているという事・・・? この学び舎に? それは・・・それで生活を見てもらうという条件なのでしょうか」
ハッとした。お金のことは言わなかったのに、スミレ様は隠した部分を察したようだ。
咎めるように私を見ている。
「お気の毒に。そう。そうでしたの。ではこういたしましょう・・・。私の家から代わりに支払いをさせていただきましょう。そうすれば学院を去って下さるという事でしょう? そのためにお話を私にされたのでしょう? 早く言って下さったら良かったのに。安心なさって?」
「違います、そういうつもりで話したのではありません」
周囲に人だかりができている。
そして、皆がスミレ様についている気がする。気のせいじゃない。
「い、いさせてください」
すでに私の動機は不純だらけだ。
お金の問題が解決。前ならそれで手放しで喜んだかもしれない。相手がスミレ様であっても。
だけど、今は嫌だ。トラン様たちに会えなくなる。ここを追い出されたくない。
我がままだ。ものすごく不純だ。
まだ、お金目的だけの方が純粋だった気がする。
スミレ様に懇願する。
「お願いします。ここのまま通いたいです。いさせてください」
「まぁ。おかしなことをおっしゃるのね。お気の毒な理由は、私から解決させていただきますもの・・・。ねぇ、皆様だってきっとそう。それで全て解決できることですわ? もっと早く打ち明けてくださればと、残念でなりませんわ。そうでしたの、支援で通っておられましたのね・・・」
「・・・ス、スミレ・ヴァイオレット様からお金をいただくわけにはまいりません、」
「まぁ。申し出を断るの・・・? 私、気の毒にと親切に申し上げていますのに・・・」
スミレ様が憂うように目を伏せた。
途端、周囲がスミレ様を心配し、私に非難の目を向けてきた。
「・・・何してる。大勢で一人の女の子を取り囲んで。何を苛めている」
聞き慣れた声にハッとした。
「道を開けて。どいて。僕を誰だと思ってる。道を開けて」
ポニー様が苛立った声で近づいてきた。




