26.挙動不審。そして放課後。
「ネコの置物か」
「幸運の置物だよ。見つけた者に買う権利があるのさ」
「ネコが好きなのか?」
と、私を見るトラン様。
「は、はい・・・」
いえ、お尋ねの意味でなら、犬の方が好きです本当は。
トラン様の顔が直視できない。
動揺と赤面を隠すため、お店のおばさんが、品物を包むのをじっと見つめるふりをする。
「俺の家のシンボルマーク、ネコが使われている」
はい。知って、ます・・・。
数秒、無言状態に。
返事した。
「はい。知っています・・・」
「・・・そうか」
また無言状態に。私の態度がおかしいので、トラン様が戸惑われている・・・?
「自分で買うのか? せっかくだから、何か・・・」
「いえ、いつもお世話になってて・・・これは自分で買えるお値段なので自分で」
「そう、か」
店主のおばさんが金額を告げてくれたので、急いで支払う。
梱包して貰った品物を受け取る。トラン様の顔が見れないままだ。
完全に挙動不審に陥ってしまっている。抜け出せない。どうしよう。
「あ、の、すみません、作るので、少し、時間が、」
「うん」
「かかりま、す・・・」
「あぁ」
ありがとう、と呟かれたのが聞こえた。
動けない。
狭い店内、トラン様も立ったままだ。向かい合わせだけどとても顔なんて見れない。
移動しようにも、トラン様に動いて貰わないとこの店は狭いので動けない。
「そろそろお戻りに」
待機中のジェイさんがそう声をかけてくれた。
「あぁ」
とトラン様が答えて、目の前、止まっていた足がゆっくり動き出す。ケガが痛いみたいで、少し足を引きずっている。
時間がやっと再び動き出したような気分がした。
顔を上げる。背中が見える。
ケガをしているけど、目の前にいる。
不思議な感覚に陥って、ギュッと買ったばかりの品を抱きしめるようにした。
立ち止ったトラン様が振り返り、私を見た。
「行こう」
「はい」
***
午後の授業は問題なく出席。
帰りの馬車で、放課後に部室前に、と言われたので、全てを鞄に入れて指定の場所に。
行ってみると、レオ・ライオン様が体操服姿でラケットを持って立っていた。
「あぁ。キャラ・パール嬢。テニス部に入部と聞いた」
「はい」
「それから、俺には、あなたに謝るべきことがある」
「え・・・何でしょうか?」
えーと・・・。
「先日、あなたがミカン・オレンジ嬢に追いかけられていた時だ。あの後も酷い目にあったと知った。・・・俺はその場にいたのに、正しい判断ができなかった。心から詫びよう」
レオ様は辛そうにそう告げると、私に礼を取ってきた。
「あ、頭を上げてください! そんな風にしていただくと、困ります!」
やめてください、止めてください!!
「いいや、俺の判断ミスだ。・・・上の方々にも酷く注意を受けている。ミカン・オレンジ嬢は人除けの鈴を使っていた。俺は彼女より強いので踏み込めた。それなのに助けもせず、本当に申し訳なかった。失格だ」
何が失格なんだよー!! 失敗って言うなら分かるけどー!!
「困ります、お願いします、頭を上げてください! 大丈夫です、ほら、風邪もひきませんでしたし、叩かれたのも全然もう大丈夫ですし!!」
慌てて宥める。嫌な汗がでる。
うん、実際は、止めてくれていたら、あんなどん底な気分にまだならなかったと思う。レオ様に会ってちょっと助かったかも、と思わせておいての再びの嫌がらせに心折れた気がする。
だけど、さほど親しくもない貴族ご令息にそんな正直な事は言えない。
だって私は平民で相手は貴族だから!
これがポニー様やトラン様なら・・・と思うけど、多分ちゃんと守ってくれただろうなぁ。
とか今そんな事を考えている場合じゃない。
「レオ様は助けようとしてくださって、それだけで十分です!」
嘘です、本当は助け切って欲しかったです。
本当に怖くて辛くて学院もう嫌だと思いました。
「・・・本当か?」
「はい!」
全力で嘘です。あなたが貴族だから。
レオ様はほっと息を吐いた。
「そうか。良かった」
「はい」
良かったです。ご理解いただけて・・・。
「あの、ところで、私はトラン・ネーコ様にここに集合を言われてきたのですが」
「あぁ。俺も呼び出された。酷い怪我を負われたと聞いている」
「はい」
「もうお会いしたのか」
「はい。利き腕をやられた、とおっしゃってました」
「学院を代表して行われる試合がある。トラン様も出場予定だったのだが」
「・・・」
「あれほど練習をしたのに」
悔しそうに言うレオ様。
ひょっとして、部活の、良い先輩と良い後輩という間柄なのかな・・・。
***
しばらくして、トラン様が使用人のジェイさんも連れて現れた。
「申し訳ない。思いの外、移動に時間がかかって指定の時間に遅れてしまった」
「誰にやられたんだ!」
とレオ様が見るなり怒っている。
怒れるレオ様に、トラン様は経緯を説明している。レオ様が顔を真っ赤にして怒っている。
「というわけで、試合に出れない。レオ、お前に託す。見事勝ち抜いてくれ」
「分かった。あなたの無念を必ず晴らすと誓う」
レオ様、ものすごく真面目だな。責任感が強そう。
「それから、頼みがある。キャラ・パール嬢をテニス部に誘った」
「あぁ」
「楽しい学院生活を送ってもらいたいと思ったんだ。協力してくれないか、レオ」
「分かった。力となろう」
真剣に頷いたレオ様は、鋭い視線のまま私を見るのでビクッとした。怖かった。
「よ、よろしくお願いします」
「あぁ。よろしく頼む」
こうして、ラケットの握り方と、フォームを教えてもらって、最後にちょっとボールを打たせてもらった。
初日にしては良い感じ、と最後にトラン様に褒めてもらったのでやる気が出た。
どうやら私は、褒められるとやる気が出るタイプらしい。




