23.呪い
ルティアさんは礼をしてから告げた。
「ご報告が後になり申し訳ございません。昨日、キャラ・パール様の椅子の上に『呪い』のアイテムが。今朝もありました」
「発動させてないな?」
「はい」
「分かった。昨日報告できなかったのは理解できる。構わない」
「ありがとうございます」
トラン様はルティアさんからの報告を受けて、少し考えた。
「・・・きみ、呪いの耐性は持ってるか?」
「耐性とかあるんですか? 多分、ないとおもいます」
「まぁ、そうか・・・。ジェイ。この後買い物出るが構わないか。キャラ・パール嬢を連れて」
「お急ぎですか?」
「あぁ。今すぐ。呪い用のアイテムだ、1時間もかからないだろう」
「承知いたしました」
なんだなんだ。
「今日の昼休み、全てつきあってもらっても大丈夫か?」
「はい。大丈夫ですが・・・呪いのアイテム?」
「そうだ。きみは知らなさそうだから教えておく。貴族が使う呪いは、実際に影響が出る」
コクリ、と頷く。
昨日、私が座る椅子の上に置いてあったのは変な白い封筒だ。
気づいてくれたのは、廊下で一緒になり、挨拶をしつつ一緒に教室に入ったポニー様。
ひいた椅子の上の封筒を、何かと思って手をのばした私を見て、「触れちゃだめだ!」とポニー様は鋭く怒り、びっくりした結果、封筒に触らずに済んだ。
『呪い』系のアイテムは、単なる精神的嫌がらせじゃなくて、発動したら本気で実害がでるそうだ。
独特の模様がその封筒にもついていたらしい。
とても高価なアイテムらしいから、貴族の人が使うもののようだ。
私よりも、実害の具体例をよく知っているらしいポニー様やルティアさんたちの方がピリピリ警戒している状態だ。
一方で、私も正体の分からない不安を感じる。
「とりあえずお守りをつけると良い。本人との相性があるから、きみがいないと選べないんだ」
「トラン様も行ってくださるんですか?」
「あぁ。もうしばらくテニスもできないしな。・・・しかし今聞けて良かった。殺しに来るタイプもあるから、身を守るのは早い方が良い」
そう聞いて顔が引きつる。
怖いな、貴族社会って・・・!!
「・・・誤解を与えていたら困るので言っておくが、俺が言ったのは、呪いといっても各種あって、健康祈願とかそういうのがある、という意味で話題にしたんだからな」
「え。・・・そうなんですね」
私の返事に、そうだ、とうなずくトラン様。
・・・という事は、健康祈願的なものを贈ってくれても良いんだぞ、と言っていたということか。
うん。考えてみよう。私にも購入できるものがあれば良いな。
***
食後に、ゼリーまで出てきた。なんて贅沢。美味しい。
程よい甘さを堪能していたら、トラン様が、
「ところで、もう1つ伝えておくことがあるんだ」
「はい」
「ポニー・ウゥーマ様と、スミレ・ヴァイオレット嬢も、婚約を解消した。きみも知っているはずだ」
「はい」
「・・・きみは貴族ではないから、俺から情報の補足をしておきたい」
何かを考えつつ切り出してくるトラン様。
なんでしょうか。
「・・・俺とミカン・オレンジ嬢との婚約解消は、ポニーたちより早く動いていた」
「・・・はい」
「だが、公に広まったのは、ポニーたちの方が早かった。すでに広範囲に知られている」
「はい」
私の返事に、コクリ、と私に頷いて見せるトラン様。顔の傷と痣がどれだけ見ても痛々しい。
「そして、俺と元婚約者との解消は、やっと決まって公表されたのが昨日だ。皆に広く知られるのはこれからだ。・・・それで、恐らく違った見方をされてしまう。そうじゃない、と言いたいので先に知らせておく」
「はい」
「言いたいところだけを伝えるが、俺が婚約解消したのは、スミレ・ヴァイオレット嬢を狙ってのことではない。絶対にない。ただ、多分そういう噂が出てくるだろう。だが事実ではない。タイミング悪く同じ時期にそうなっただけだ」
「はい・・・」
やはりイマイチ話の重要性が理解できないが、とはいえ、言いたいことは理解した。
私は頷いて見せた。
「別々の理由で婚約解消されて、たまたま時期が同じになったということですね」
「そうだ」
「分かりました」
トラン様はため息をついた。
お茶に手を伸ばされ、一口飲まれる。
「まさかポニーのところが婚約解消するとは思わなかった。俺のところだけなら、全く大したことにはならなかったんだが。ポニーと、スミレ・ヴァイオレット嬢の婚約が白紙になったのはかなり影響が大きい」
そうなんですか?
「スミレ・ヴァイオレット嬢は人気があるんだ。彼女狙いで、婚約解消を考えてしまう者が少なからず出る。・・・あまり混乱が広がらないと良いんだが」
「トラン様は、どうされるんですか?」
と私は聞いていた。
トラン様は私を見た。しばらく無言で見てから、紅茶を口に運ばれる。
「さぁ。・・まぁ、気楽にさせてもらおうと考えている」
「次の婚約者の方を決めなくて良いんですか?」
なんだか心配。聞いてしまう。
「・・・きみといる方が楽しいかな」
ポツリ、と小さく言った声はしっかり聞こえた。
トラン様はそのまま少し俯くように紅茶を飲まれた。
ドキッとした。
返事をするべきだろうか。私もです、とか?
どういう意味だろう。大した意味は無い?
「あ、りがとう、ございます・・・」
そう返事したら、自分がカッと赤面してしまって自分自身に困る。




