22.トラン様からのお話
え・・・?
「・・・きみに話そうと思っていたことの1つだ。ミカン・オレンジ嬢との婚約を解消した。暴力が過ぎる。きみの件があって、やはり無理だと結論が出た。解消を申し出て、話を詰めていた。それでこの頃特に忙しかった」
トラン様が、私の目を真っ直ぐ見て来られた。
「・・・殴られたんですか? 骨折とかしてませんか・・・?」
「これで話はついたんだから大丈夫だ」
まるで子どもを宥めるような言い方だ。
口を出されたくないんだろうか。
「詳細、気になるのか。聞きたいのか?」
「聞かせてもらえるなら・・・。でも嫌なら構いません」
「・・・分かった。話そう。・・・婚約解消を俺から求めた。両家の親はなんとか納得した。だが、彼女が納得しなかった。俺が良かったとか好きだとかという理由ではない」
トラン様を見る。トラン様もじっと見ている。
「彼女は、自分から俺を捨てるつもりでいた。なのに、俺から言いだしたのが許せなかった。とはいえ、もともと気が合わなかったし、どちらが解消を言い出しても良い、仮の状態だった。そこの詳細は省く。今回の申し出で、彼女が『気のすむように殴られるなら解消してやっていい』と言ったので、そのまま大人しく殴られた」
私が聞きたいと言ったとはいえ、恐ろしい内容を聞いている。ちょっと震えた。
トラン様は、私の様子を見ながら話を続けている感じがする一方、なんだか機嫌が悪くなってきたみたいだ。
「彼女がそういう性格だと分かっていた。大人しく殴られたのは、俺が殴り返すわけにもいかないからだ。やり返したら間違いなく俺が勝つ。彼女はすぐに暴力に訴えるが、実際勝てるのは格下や無抵抗の相手にだけだ。実際、俺に思うほどのダメージを与えられなかった。それで・・・椅子を使いやがった」
一旦言葉を切ったトラン様、宙を睨む顔が険しい。
「で、利き腕を痛めた」
トラン様が、忌々しく吐き出すようにする。怒ってる。メチャクチャ怒ってる。
当然だろうけど、こ、怖い・・・。
トラン様が鼻で笑うように視線を流す。
「流血沙汰で、両家の使用人たちが彼女の暴力を止めた。・・・あの野郎、利き腕壊して『ざまあみやがれ』と言いやがった・・・!」
トラン様が話しながらイライラしている。私を見ていない分だけ怖さがマシだけど、貴族令息と思えなない悪態をついている・・・。
コホン
トラン様の隣に控えている使用人、ジェイさんがかるく咳ばらいをした。
トラン様はふと口を結び、ジェイさんをチラと見やってから、気づいたように私に視線を流した。
途端、目を少し丸くしてから、少し顔をひきつらせた。
コホン
とトラン様もなんだかわざとらしく咳払いをして、少し眉を下げて私を見た。
「・・・と、まあこういう事態で、こちらの家も向こうの家も完全に理解してくれた。無事、とは言い難いが、婚約を解消した」
「・・・」
「それで」
少し真面目な顔で、トラン様が私を見つめている。
「きみにも、念のために護衛を兼ねて、もう1人使用人を傍につけさせてもらう。構わないか?」
「え、はい・・・」
ということは、私が襲撃される可能性が。
不安が顔に出ているらしい。トラン様は少し考えるように、ゆっくりと言った。
「念のためだ。何をするか分からない相手だからな。俺の方も警戒するし、学院にも状況は伝わっている。オレンジ家も責任を持ってミカン嬢を見張ると言っている。個人的には、彼女をこのまま学院においておいていいのかと思うぐらいだが」
そこまで言ったトラン様は、また顔を険しくして宙を睨んだ。
「まぁ、『ざまあみやがれ』とまで言うぐらい痛めつけやがったんだ。これ以上を考えるならこちらも黙っていない。必ず報復する」
え、こわ・・・。
大丈夫なんでしょうか。
学院内で争い起こすつもりですか。
正直、ちょっと引いている。
そんな私に、またトラン様は視線を向けた。
「きみが聞きたいと言ったから言ったんだぞ」
うん。その通りです。
トラン様が決まりが悪そうだ。
「はい・・・。教えてくださって有難うございます」
「あとな。きみには悪いが、きみがいてくれて良かったと思っている。だから感謝してる。問題がはっきり分からないまま無難に日が過ぎていたならと思うとゾッとする。一生彼女に悩むのはごめんだ」
「・・・」
答え辛い。
「俺としては、喜んでくれたら嬉しい」
彷徨わせがちだった視線を、トラン様に合わせた。表情を確認した。
トラン様は私を見て、少し困っていた。
「・・・やっと解放されたんだ。喜んでくれないか」
「・・・おめでとう、ございます。良い事、たくさんあると良いですね」
「そうだな」
トラン様が表情を和らげて、少し嬉しそうに笑む。
「腕とか、傷、痛みますか・・・?」
当たり前の事を聞いてしまった。だけど心配だ。
「まぁな。だが治療は終わっているから案外早く治りそうだ。俺は回復力が高い」
「そうなんですね。早く良くなると良いですね」
「そうだな。知っているか? 人に贈ると効果がでる呪いとかあるんだぞ」
「呪いですか?」
う。
嫌な事を思い出した。
トラン様も私の様子が変なのに気づかれたようだ。
「どうした」
「いえあの・・・食事の時に暗い話題になってしまうんですけど、どうやら私、呪われそうになってるみたいで、それを思い出して」
「どういうことだ」
トラン様が怪訝に、ルティアさんを見た。




