21.久しぶりのトラン様
ポニー様とスミレ様とが、婚約解消を決めたランチから、5日後の事だ。
トラン様から、ルティアさんを通してランチのお誘いを受けた。というわけで、ルティアさんに案内され本日は『月』の部屋へ。
そして、お会いしたトラン様の状態に驚いた。
顔にも傷があるし、痣もある。何より、右腕を包帯で吊っている。
え!?
4日前、入部を決意をした私のため、手続きと部長さんへの顔合わせにつきあってくれたトラン様は、いつも通りお元気だったよ!?
「久しぶり」
「おひさしぶりです・・・あの、どうされたのですか」
「あぁ」
トラン様は少し憂いた。
「申し訳ない。落ち着いたらテニスをと思っていたんだが、俺は、しばらく口しか出せない状態だ」
「いえ、そんなことより・・・」
そう答えると、トラン様は少しだけ肩を動かした。肩をすくめようとしたようだ。
「『そんなこと』とは。本当に、きみの楽しい学院生活に貢献したいんだが。テニスの対抗戦に関しては、レオに託すしかないと割り切れたんだがな」
「・・・」
「まぁ、利き腕をやられたから、テニスどころではなく不便だが」
トラン様がなぜか笑って話すので混乱する。
「本当に、どうされたんですか・・・?」
ちょっと泣きそうな声に自分で驚いた。
「きみに直接話しとこうと思って呼んだ。ついでにランチも」
「はい・・・」
「俺はこの状態なので、サンドウィッチだ。『珍しい』から、きみもそれで良いだろう?」
「はい・・・」
この世界、平民の世界にホットドッグはあるんだけど、サンドイッチは無いようだ。
前世の知識があるトラン様、片手で食べられるおなじみ料理を作らせたみたい。
テーブルの上に、可愛いサイズのサンドウィッチが色々並ぶのを見る。
「そういえば、マナーについて悩んでいただろう」
と、トラン様。
私は怪我が気になるけど、別の話の方が重要なのか、違う話になる。
ちなみにマナーについては、夜、寮の自室で、通信アイテムを使ってトラン様と話ができた時に相談した。
スミレ様とのランチの時、『マナーが悪いから一緒に交流できない』という意味の事を言われて、それなりにショックも受け、それなりに考えた。
例えば、一緒にランチする人が、皿に直接口をつける、いわゆる『犬食い』をしたら驚くしマナーが悪すぎて引く。
ひょっとして、貴族の方々から見て、平民の私の食事マナーって、そんなレベルで酷かったりする・・・?
とはいえ、貴族としてのマナーが色々備わっていないのは、私が平民なのだから当然だ。
だけど・・・。
という悩みをその時、聞いて貰った。
その日は、『マナーというのは、幼年時から叩き込まれても、なお減点されるぐらいだ。いきなり完璧なマナーなんて貴族ですら無理だ。だから範囲を絞って、例えばスープだけは美しく、等で心がけてはどうだろう』というようなアドバイスをいただいた。
さて今。
「俺も少し考えていたが、姿勢を正すだけで随分違う。できる部分から気を付けていくレベルで良いんじゃないか。本気で取り組んだ場合、最悪、マナーに縛られて食事を楽しめなくなる。結構苦痛だぞ」
心配そうに眉をしかめるトラン様。どうやらそういうご経験があるようだ。
「・・・でも、トラン様も、『あ、その持ち方は違う』とか内心で思われたりするでしょう?」
そう思われてたら嫌だな・・・。
「『昔』の俺を思えば、きみは十分礼儀正しい部類だ」
と少し笑われる。
使用人の人がいるから、前世を『昔』と表現されたようだ。
でも、前世の基準は、また違うじゃないですか・・・。
私が気落ちしていると、
「分かった。俺との時は、目に余る時は教える。それで良いか?」
「はい。・・・ありがとうございます」
うん。
「では食べよう。今回は俺の都合で手づかみだ」
「はい」
サンドウィッチですしね。
「きみなら手づかみを気軽に提案できるのが良い」
なるほど。
笑顔を返すと、トラン様もニコリと笑った。
トラン様にはジェイさん、私はルティアさんが傍についてくれて、食べたい種類を皿にとって前に置いてくれる。トングで。
普段にないことをされるのでむずむずする。
ルティアさん、平民の私にすみません・・・。
さて。サンドウィッチ、前世ぶり。
チーズと生ハムが挟んである。美味しいこと間違いない組み合わせだ。
トラン様がかぶりついたので、私も食べる。
トラン様を見ると、すでに1つ食べきっていて、私を見た目が笑っていた。私も笑み返す。美味しいですね。
「どれを食べた?」
「チーズと生ハムです」
「チキンも良いぞ」
「はい」
美味しさと懐かしさで二つ目をパクリ。嬉しい美味しい。ニコニコしてしまう。
とはいえ正面には、顔に傷も痣もあるし、右腕は使えないトラン様。やっぱり気になる。
「あの・・・」
「うん」
「ケガ、どうされたんですか・・・」
聞いたら駄目なことだろうか。でも気になるよ・・・。
トラン様は少し拗ねたような目で私を見たと、思う。
え、やっぱり触れない方が良かった? これも一つのマナー違反?
私が怯んだのを察したのか、トラン様のどこかぶっきらぼうな声がした。下に向きかけた視線をトラン様に戻すと、トラン様の方が視線を横に逸らせていた。
「元婚約者殿にやられただけだ。・・・これで解消できたんだから構わない」




