02.トラン・ネーコ様、ご登場
「そこで、何をしている」
「!」
高笑いしていたモモ様がサッと顔色を悪くした。
私はまだ床に手をついたような体勢のまま、現れた人物を見た。
・・・あれ?
モモ様が少しひるむ。
「あ、あら、ごきげんよう。トラン・ネーコ様」
「ごきげんよう、モモ・ピンクー嬢。とはいえ、この状況は?」
・・・記憶が蘇った今、お名前がダサい。
うん、プレイ時は、好きな名前に変更できたんだ、攻略対象者って。
でもここは名前はデフォルトのままみたい。
とにかく、今現れたのは、トラン・ネーコ様。
実は私が気に入って、唯一攻略できたキャラだったりする。
だけど変だ。今まで私、トラン様と会ったこと無かった。
それに、モモ様は別のキャラの悪役令嬢。
どうして、モモ様のイジメのフォローに、組み合わせじゃないトラン様が出てきたんだろう。
「い、いえ、私知りませんわっ! 失礼します!」
脱兎のごとく、モモ様は姿を消していかれた。
現実的にマナーが酷い気がするけど、こういうのは乙女ゲームっぽいなぁ。
「・・・大丈夫か?」
トラン様が私に声をかけて、心配そうに私に近寄り、少し考えてから手を差し伸べてくれた。
ネコ的お名前だけどもちろんイケメン。
「・・・はい」
ありがとうございます、と呟くようにしながら、私はついお顔を見つめつつ、お手はとらずに立ち上がった。私の手、今びしょ濡れだから。
トラン様だけど、ネコっぽいという設定の人で、身のこなしが優雅。
体力より知力。その知力もちょっとズルイ感じに使ったりする。
ヒロインには比較的すぐ心を開いてもくれるけど、実はツンデレ。黒髪で琥珀色の瞳。
この人だけ最後までプレイしたから、最後の甘い決めゼリフを覚えてる。
『きみだけが、私を甘やかす』
今思い出すとちょっと意味不明。だけど、やっぱりゲームしてた時はものすごくテンション上がって嬉しかった!
ゲームは、電子機器を使っていいエリアに移動しないとできなくて、だから他の人の目もたくさんあったのに、このシーン、もう嬉しくて挙動不審になってたと思う。
・・・仕方ないじゃない、病室ではできないんだから。
ちなみに私、つまりヒロイン『キャラ・パール』・・・これもデフォルトネーム・・・は14歳。
トラン様は1つ年上で15歳。
そして、年齢がヒロインに近いほど、簡単に会える。なのに、今まで会ったことが無い。
やっぱり変だ。
「・・・俺の顔に、何かついているか?」
「え?」
トラン様が私をじっと見つめて、そう尋ねた。私がつい見つめてしまってるからだ。
・・・。・・・え?
『俺』?
トラン様の一人称は『私』だったのに・・・。
トラン様は真剣な顔になって、慎重に私にこう聞いた。
「・・・少し尋ねたい。ミラクル、セレブレーション、という言葉に、聞き覚えはあるか」
「えっ!」
ゲーム名!?
「・・・日本」
とトラン様が慎重な声で。
「トラン様もなんですか!?」
食い気味に、私は尋ねた。
トラン様は、コクリ、と頷かれた。
嘘・・・。
「色々話したい。良いか」
「はい、私もお話ししたいです」
私も頷く。
***
というわけで、現在、救護室に。
頭をつい手で押さえてしまっていたので、トラン様が私の状態を心配したからだ。
「頭打ったなら、慎重にした方が良い」
とのお言葉。
ちなみに、
「歩けるか? 動かない方が良さそうなら、俺が背負って運んでやれる」
とも言われてビックリした。
もちろん、歩けると思うので慌てて辞退。
だけどトラン様、良い人みたいだなぁ。
とはいえ、ゲームのトラン様とは全然違う。
さて。
救護室で先生に診てもらった結果、頭を打ったのだからと、少しベッドで横になって休むことになった。
そしてびしょ濡れになった制服は、トラン様が手配して、一着支給して貰えることに。
すでに体操着もダメになっているから有難いデス。
一方で、廊下には人もいたし、込み入った話ができないままだ。
ベッドで安静と言われた私もしばらくここから動けないし。
ということで、ボソボソと、先生には聞こえないよう気を使いつつ、小さな声で会話スタート。
「きみ、主役の子?」
「はい、そうみたいです」
「俺、知らなかったけど、これって酷いゲームだったんだな」
「実際に体験すると結構ハードだったんだって思います。・・・あの、トラン様、他にも知っていますか?」
「俺たちと同じ状況の人ってことか?」
「はい」
「いや、知らない」
「そうですか・・・」
「俺、数か月前に思い出したばかりで、よく分かってないんだ」
「私はついさっきです。でも、私は、その、違うって分かったんですか?」
「ゲーム名が聞こえたから、驚いた」
なるほど・・・。
「本当だったら、モモ・ピンクー嬢の婚約者の方に、俺から注意を入れるものなんだけどさ」
「声かけてくださってありがとうございます」
「いや、俺も声かけて良かった」
***
「そろそろ良いだろう、帰りなさい」
と先生に言われ、寮に帰ることに。
トラン様は、私への嫌がらせを心配し、寮まで送って下さった。
お陰で、今日は無事に寮に戻ることができました。