14.鞄が無い
さて、教室に急いで入った。
なお、左手に、ルティアさんから渡された氷の袋を持っている。頬を冷やすためにと急いで用意してくれたのだ。お母さんみたいなお姉さんみたい。泣けそう。
先生は私を見て顔をしかめたものの、何も言わずに授業を続けた。
注意を受けると思っていたので意外。私の席は一番後ろの隅っこなので、そっと着席。
あ。
私、途中でミカン・オレンジ様に会った結果、鞄、つまり勉強道具一式を持っていない。
鞄、廊下に放置したままのはず・・・。
先に気付けばよかった・・・。
今からまた抜け出して探しにはいけない。
ルティアさんが用意してくれた氷の袋で頬を冷やしつつ、ひたすら聞く事に集中した。
***
授業が終わった。先生は何も言わずに出て行った。
私も急いで鞄を探さなくちゃ。
廊下に出たところで、
「キャラちゃん。待って」
と後ろから声がかかった。
振り返ると、同じクラスのポニー・ウゥーマ様だ。急いで追ってくれたみたい。
ポニー様は、間近で私の顔を見て驚いて少し息を止めた。
「大丈夫? 誰に何されたの。急いでどこに行くの」
「・・・」
少し困ったが、言うことにした。
悪事を言いふらして、自分がか弱い女の子みたいな演出って、また誰かに思われなきゃいいんだけど・・・。
「ミカン・オレンジ様に頬を叩かれて、蹴られそうになったのを逃げ出したのですが・・・その後結局養護室で氷を投げられて水を浴びせられました。鞄を途中で放り出したから、探しに行くところです」
「僕も探す・・・キャラちゃん・・・大丈夫?」
心配そうな様子に、今度は答えられなかった。
大丈夫って、どういう状態なんだろう。
全然大丈夫じゃない。でも大丈夫じゃないと打ち明ける勇気がないし、具体的にどうしたら良いのか分からない。
「せっかく友達になったんだ、頼ってよ」
真剣な顔でポニー様が私に告げた。
コクリ、と思わず先に頷いた。
「ありがとう、ございます」
「お礼なんて言わなくて良い。鞄、探しに行こう」
「はい」
***
休憩時間は25分間。
ミカン様に会った廊下が、思い出せなくて焦る。
私、いつも使っていない廊下を通ったみたいだ。
「少なくとも、僕はいつものように教室に行ったし、途中でミカン・オレンジ嬢もキャラちゃんも見なかった。廊下には当然、皆いたし。ミカン・オレンジ嬢が何かのアイテムを使ったみたいだね」
周囲をキョロキョロしながらポニー様が教えてくれる。
「嫌な予感がする。人を使って探させる」
ポニー様は私にそう宣言して、
「ホムラ」
と柱の陰に呼びかけた。
「はい」
急に人が現れて、驚いた。
忍者!? もちろん、服装は忍者じゃないけど。細身の男性だ。
「この子の鞄を探して欲しい。急いで。処分に出されていないか心配だ。清掃関係者にもあたって」
「はい」
ホムラと呼ばれた人が早足で離れていくのを見ている私に、ポニー様は言った。
「僕たちも聞き込みしよう」
「はい」
頷いたところで、
カッカッカッカカ
と、廊下、誰かが走ってくる音が聞こえた。
ポニー様が眉を少ししかめた。
「スミレ・ヴァイオレット嬢が来る」
え、足音で分かるの?
「僕がキャラちゃんと一緒だと、誰かが告げ口したんだよ」
足音、急に速度が落ちる。
止まったの? と思っていたら、静かにスッとスミレ・ヴァイオレット様が現れた。
走っていたとは思えない落ち着きっぷりだ。
だけど、ちょっと頬はいつもより上気していて、少しだけ呼吸が大きい気が・・・。
スゥ、とスミレ様は息を吸い込み、私たちに静かに目線を寄越してきた。
「まぁ。これはこれは。どういうことでしょうか」
「丁度良かった。きみにも聞きたいんだけど、良いかな」
ポニー様がスミレ様の出鼻をくじいたようだ。
スミレ様は一瞬あっけに取られたようになり、それから何事も無かったような表情に戻った。
「何でしょうか。ご自身で気づかれない事がたくさんおありですものね」
スミレ様って、ポニー様の事は好きじゃないのかな・・・。
でもそうなら、隠れて走ってきたりしないよね。単純に、私が気に入らないだけかな。
「この子の鞄、いろいろあって行方不明なんだ。きみなら知らないかな。ミカン・オレンジ嬢に暴力を振るわれたんだ。・・・きみは暴力を振るわない人だから、その意味で信頼できるんだけど」
「・・・」
スミレ様は、ポニー様の様子と、私をチラチラと見て、どうしようか、と迷っているような様子を見せた。
『信頼』と呟いてみたりしている。吟味するみたいに。
「きみは言葉で直接言いに行く。激昂なんてしない。だから、僕はきみとならまだ分かり合えると思う。僕がキャラちゃんに声をかけるのが嫌なんだろう。僕たちの関係は互いにストレスになっていると僕には思える。だけど皆婚約者が決められている。複雑だよね」
ポニー様が、きっと、普段から考えているだろうことも含めて、話し出した。




