136.周囲からあがる声
え。おかしい。
「トラン様」
「・・・なに」
「本当にミチェルさんですか? それに、指示されて従っただけなら、主犯ではないです・・・」
「・・・」
トラン様が困ったように私を見た。
そして、背中を軽く二度ほど叩かれた。
なんだろう。安心しろって事だろうけど、不安しかない。
「他の罪状を述べようか。バケツでキャラ・パール嬢に水をかけた。届け出るべき鞄、個人の所有物を故意に捨てた。試合観戦中のキャラ・パール嬢を花壇から引っ張って落とした。寮において発生している多くの被害も、調べた結果、ミチェル・アドラ、きみたちの仕事のようだ。故意に違う寮を指定して家具を送り、階段からわざと落とした。廊下を塞ごうとしたようだな。部屋に水を撒き、毒ヘビまで持ち込んだ。殺意がある。重罪だ。そんな人間だから、毒ムカデなど悪魔の所業も平然と行えるのだろうな」
「違います! やってません!」
ミチェルさんが叫んだ。
「疑わしいな。どなたか、仮面をかぶっている方々、知っている事を証言して貰えないか」
一拍のち、声が上がった。
「タケ・グリーン様が、嘘の酷いマナーを教えているのは見ました」
「私も」
上がる声に、私は驚いた。
「バケツの水の時、グリーン家の使用人が水を汲んでいるのを知ってます。その人では無く別のグリーン家の使用人でしたが。何をするか我が家の使用人が聞いたら、平民に思い知らせるっていう答えだったそうです。指示だからと」
「タケ・グリーン様は意地悪だから、皆、近寄らないようにしています。私も嫌がらせされました」
「嘘ッ!」
タケ・グリーン様が発言に怒った。
「嘘ばっかり言わないで! 誰なのッ!」
「静かにして、タケ・グリーン嬢」
チュウ・ネズミン様が注意された。完全に温度が低い声だ。
「で、ミチェル・アドラ。きみが自分でやった? タケ・グリーン嬢に指示された? 正直さを僕は求めてる」
チュウ・ネズミン様が冷たさを感じる声と表情のまま、ミチェルさんに聞いた。
「チュウ・ネズミン様! 助けてください、私はタケ・グリーン様に指示されて従っただけです! それに私だけじゃありません! 毒ムカデは私とは違います!」
「違う? この世の全てに誓えるか?」
トラン様が口元だけで笑う。声は全然笑ってない。
「花壇から引っ張って落としました! そうして来いって言われたから! だけどその後は、その後は・・・!」
「きみも共犯だろう。ミチェル・アドラ」
トラン様が笑いながら、睨んでいた。
「俺は、サファイア・ブルー様に頼みごとをしたんだ。困っておられたので、願いを聞く代わりに俺も頼みごとをさせてもらった。サファイア・ブルー様は、知る人ぞ知る、魔法使いだ。モモ・ピンクー嬢と、その時一緒にいたモモ・ピンクー嬢の使用人の記憶から、例の日、トイレから出てきた人間を映像にしていただいた。サファイア・ブルー様は素晴らしい魔法使いだと驚いた。誰もが見える映像にできるんだからな。さすが偉大な魔法使い。さて・・・映像を出してください」
トラン様が少し遠くに向けて命じられる。
すると、ジジッという音がして、上空に丸いものが浮かんだ。
あ、上に映像が映っている。似た角度で2つ。
「一つはモモ・ピンクー嬢の記憶。もう一つはモモ・ピンクー嬢の使用人の記憶だ。最も近くで見たのがこの二人だからだ」
ゾワッとした。
私とは違う視点。だけど、あの日の事が思い出されて私はブルブルと震えてしまった。
怖い。
思わず後ずさったのを、トラン様が気づいて腕を掴んでこられた。
「ごめん。きみは見なくて良い」
頭を抱えられるようにして、トラン様に抱き込まれた。
見なくて済む。でも怖い。どうしよう。
「ごめん」
震えが収まらない。
皆が、どよめいたのが聞こえた。
「タケ・グリーン様よ」
「使用人じゃないぞ、変装だ」
「ほら、タケ・グリーン様の体形だわ。あの使用人と違うわ」
またどよめきが大きくなった。
「タケ・グリーン様本人だ」
「嘘よ! 捏造だわ! こんなの認めないわ!」
タケ・グリーン様が叫んでいる。
「サファイア・ブルー様の魔法が嘘だと言うのか?」
とトラン様。
「違うわよ、トラン・ネーコ、あんたが無理やり捏造させたのよ!」
「あなたの記憶を見せてもらえば話は簡単なんだが。実は、謹慎中ではおられたのを、俺が無理にと頼んで来ていただいた。サファイア・ブルー様と、アウル・フクロウ様だ。姿を見せていただけますか?」
ワァッ、とまた声が上がった。
気になって動く。トラン様が腕の力を緩めてくださった。
振り返ると、上空に、サファイア・ブルー様とアウル・フクロウ様が浮かんでおられた。
皆に手を振っておられる。
「謹慎中ですが、依頼をされて、出てまいりましたの」
にこやかに、まるで空から降臨する勇者のような晴れやかな笑顔でサファイア・ブルー様とアウル・フクロウ様が空から降りて来られる。
「それで、私の魔法が捏造ですって? タケ・グリーン様、あなた最悪ですわね。誓って本物の出来事と私は保証できますが、残念なことに、どちらであっても見抜いてくださる方がこの場にはおられませんもの・・・困りました」
肩を落とすサファイア・ブルー様。
「証明など簡単な事だが。アウル・フクロウ様ならご存知のはずでは」
あれ、知っている人の声が上がった。




