130.馬車の中。マナーを教わる。
「はん」
変な笑い方。鼻で笑ったのかな。
「あ、そうそう! あなたトイレで毒ムカデに食い殺されかけたんですってね!」
嬉しそうに目を輝かせて、タケ・グリーン様が振り返った。
「どういう気持ちだった? 教えてくれない? たくさん噛まれたんでしょ。耳とか千切れてたって! 目も血がだらだらで、それで生き残っててすごーい! ねぇ、どういう気持ちだったの!?」
「・・・」
顔が引きつった。え、なに、その情報。
思わず耳を押さえてた。ある、大丈夫、普通に両耳、ある。ついてる。
「ねぇねぇ。見つかった時、あなたの身体に毒ムカデがプラーンって食いついて離れなかったんですって! 大変よねぇ! トイレで倒れるってだけで汚いのに、信じられないー!」
「・・・」
あなたの方が信じられない。
「ちょっと、答えなさいよ。ねぇ? この子失礼じゃない?」
「そうですわよねぇ」
「キャラ・パール、答えなさいよ、平民のくせに」
答えられない。答えたくない。
無言でいたら、煽られる。
じゃあ、話を変えるしかない。
「あの」
「なにー?」
目と、口元だけしか分からないのに、ニヤニヤ楽しんでいるのが良く分かる。
「チュウ・ネズミン様って、ものすごく頼りになる方だって聞きましたが」
「え、何あなた、チュウ・ネズミン様を狙ってるんじゃないでしょうね!? 私の婚約者に色目使わないでよね!」
「いえ、タケ・グリーン様とどのように婚約されたかとか、恋バナが聞きたいなって」
本当は特に聞きたくないけど、私も仮面をつけているので多少の表情は見えないはず。
「え。やだぁー。ふふ。私とチュウ・ネズミン様のお話? やっだぁ」
嬉しそうに身体をくねらすタケ・グリーン様。
「あの、差支えない範囲で、聞きたいなと、思いまして」
「やっだぁ、ふふふ、そうねぇ、聞きたいの? ふふ」
「はい」
変な攻撃をされるより、とても聞きたいです。
***
クネクネとしつつ、嬉しそうにお話されるのを聞きながら、無事会場についた。
ちなみに、親が決めた婚約らしいが、チュウ・ネズミン様は格好良くてタケ・グリーン様の理想の人だそうだ。
「だけどお優しすぎて、色んな人のお世話をしたがるのが傷つくの」
とも言っておられた。
そのお優しさの一環で、チュウ・ネズミン様はタケ・グリーン様に私へのマナーを頼まれたのかなぁ・・・。
ちょっと迷惑・・・なんて表情には出してはいけない。
馬車を降りると、まだ会場は完成しておらずで、準備中の人たちが驚いておられた。
一方で、他の人たちが大勢いるので、きっと無茶なことはされない、はず・・・。
そのうちトラン様たちも来てくださるはず。
そう信じて、タケ・グリーン様たちと行動する。
そして、食べ物が並ぶ場所まで来た。
「さて、マナー講座。一番重要なところだけ教えるから、そこだけなら覚えられて簡単でしょ」
本当にマナーを教えてくださるらしい。
馬車の中の態度もあって警戒してたけど、親切な行動のためだったんだと驚いた。
そっか、チュウ・ネズミン様からの依頼だからここはきちんとされるのかも。
「あなた平民でしょ。貴族では、こういう時こう持つの」
グラスを、足の平たいところを持って見せてくださる。
え、そんなところ持つの? トラン様も、ポニー様もスミレ様も、そんなところ持ってなかったけど・・・。
「パーティの作法よ」
「はい」
パーティ。そっか・・・。
「そしてね、飲み干して空になったグラス、そのまま使いなさい。料理が並んでいるから、グラスの中に料理を入れる。勿論自分で取るのよ。綺麗にね。今日は無礼講だから、使用人はやってくれないの」
「はい」
色々ルールがありそう。
「グラスに入れたものは、飲み物みたいに口にするの。令嬢の初歩的なマナーだから」
食べづらくないのかな?
食べることを計算してグラスに入れるものを選ぶのかなぁ。
「あの、例えばタケ・グリーン様はどういうものを食べられるのですか?」
「はぁ? どうして私のを聞くのよ」
「いえ、うまく想像ができないので、参考にお伺いしたくて」
「馬鹿じゃないの」
本当に馬鹿にした目つきだ。うーん、仮面をつけてて目だけだけど、案外目の表情って分かるんだな。私も気をつけなきゃ。
「時間が無いからいらないでしょ。あと、そうそう、手が汚れた時は、ここに行って拭きなさい」
「え、カーテンですか?」
「そう。当たり前よ」
「ハンカチとか」
「馬鹿ね。貴族のハンカチはそんな事に使わないのよ。貴族の常識」
「そ、そうでしたか・・・」
未知の文化だ・・・。
そうこうしているうちに、人がパラパラ集まって来られた。
トラン様、まだかな。
早く来てくださるはずなのに・・・。
「きゃ、チュウ様だわ! ここで終わり! じゃ、私が教えた通りやりなさいよ!」
「はい。ご親切にどうもありがとうございました」
私は丁寧に礼をした。
タケ・グリーン様の口元が弧を描いた。
***
タケ・グリーン様からも放り出されて、心細くて周囲をキョロキョロしていたら、誰か分からない魚の恰好をした男性、と思われる人に声をかけられた。
「きみ、もう髪がぐちゃぐちゃだよ。まだ始まっていないから直して来たら?」
「はい、ありがとうございます・・・」
「使用人はどこ」
「はぐれてしまって」
「そうか」
魚さん(仮称)は去っていく。
忘れてた。頭に手を伸ばす。今は赤いレースの手袋もしているから分かりづらいけど、やっぱり髪が乱れている。
わー!!
ルティアさんたち、まだかなぁ。
あれ。勝手に動いたから、もしかして皆さん、怒ってる?
だからまだ来てくださらないの・・・。
どうしよう。
部屋の隅に移動して、通信アイテムをそっと握った。




