117.誓うこと
久しぶりにお会いした管理人さんたち。
確認結果、ミルキィ・ホワイト様の使用人の方たちも全員退出された後だと分かった。
「それからね、皆が出て行った後で、友人で遊びに来たっていう人がいてね。明らかにおかしいから、どこの家のかを聞いたんだけど、ブラック家と言ったんだよ。だけどブラック家の使用人は今みんな謹慎中だし、こんなところに来るものかと不思議でね。嘘かもしれないよ」
「記録はとってもらえたか?」
トラン様が私の横から口を出して来られた。
「えぇ、一応。ただ、初めて使うから慣れていませんから、一瞬しか撮れていません」
「一瞬で十分だ。渡してもらえるか」
「はい」
トラン様は受け取った丸い道具を、ジェイさんに渡した。
「では、数日のうちに引っ越そう。清掃を頼む」
「もちろんです」
「間取りはどうした方が良いだろうな。キャラ・パール嬢。部屋も整えるから、あとで希望の部屋を決めてほしい」
「え、前の部屋は?」
「あの部屋、今のところ狙われている様子だから変わった方が良いぞ」
「はい・・・」
「俺も住みたいな・・・」
どうやら、トラン様が疲れておられる。
ボゥッとした目でそう呟いたのを、コホン、とジェイさんが咳払いした。
「・・・あぁ。そうだった」
ハッとトラン様が何かを思い出された。
「きみ、お願いがある」
トラン様が私の手をとられた。急なことで驚いた。
「はい」
瞬いてトラン様をじっと見る。
トラン様がその姿勢のまま、何か考えを巡らすように視線を宙に。
少し首を傾げる気持ちで私は待つ。
「・・・学院に戻ろうか」
「え、はい」
「連れていきたいところがある。ジェイ、手配を頼む。第9棟の屋上だ」
「承知いたしました」
ジェイさんが答える。
トラン様が、私をみてニコリと笑った。未来を楽しみにするみたいに。
***
ちなみに、現在まだ午後の授業中の時間。午後の授業は1つだけ。14:30から16:00。
学院は、だから、人はいるのにとても静かだ。
急な貴族的な呼び出しに出たとはいえ、授業はさぼったのと同じなので、見つからないようにそっと移動。トラン様の使用人の方々に案内されて、私の入ったことのない棟に。
「学院で一番高い。ちなみに階段を登らなくてはならないところがネックだが、その分眺めは良いし、登る決意を持った者しか出入りしない」
「なるほど。ただ、あの、今、ドレスのままです・・・」
着替え直していない。
ドレス、汚れてしまうし、昇りにくいです・・・。
「・・・頑張る? 頑張らない?」
「頑張ります」
トラン様が何だか不思議な言い方をするので、少し笑ってしまう。はい、分からないけど頑張ります。
***
ドレスが辛い。でも頑張ると答えたので頑張った。
途中で数度休憩に立ち止った。
踊り場は各所にあるので休憩は取りやすい。
そして、やっと着いた。
うーん。汗が出る。かなり疲れた。
トラン様が苦笑している。
「初めて俺も登った。申し訳ない」
手を差し出してくださる。その手を握る。
先頭のジェイさんが扉を開けてくださって、トラン様に続いて進んでいく。
・・・わぁ、外! 屋上だ。
空が近い。風が通っていく。涼しい!
「少し離れて控えていてくれ。会話を聞かれたくない」
トラン様は使用人の方たちに声をかけられて、私の手を引いて進まれる。
ベンチが一つ。その周りには草が生えている。
なんだか不思議。
トラン様がハンカチを取り出してベンチに引いてくださる。
すごい。まるで物語の王子様だ。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます・・・」
緊張してきた! お姫様扱いだ!
「ここな、学院の生徒で噂がある場所だ」
「噂?」
「あぁ。願いが叶う場所だそうだぞ。告白したら叶うそうだ」
「・・・そう、ですか」
じゃあ、今、告白しましょうか・・・。
勇気を出して、ゴクリ、とつばを飲み込んだ。
口を開いた。
「俺だぞ」
トラン様が気づいて笑われた。
「俺だ」
「え?」
トラン様が握っていてくださる手を持ち上げた。
「どうか、俺の妻になってくれ。ずっと、ずっと好きだったんだ。俺とどうか結婚してほしい。全力で幸せにすると誓う」
私は目を丸くして驚いた。
トラン様が真剣な表情に変わった。私を見ておられる。
「私も。ずっと好きでした。はい、どうぞよろしくお願いします・・・!」
握られていた片手にもう一方の手も添える。ギュッと握る。
トラン様が嬉しそうに目を細めた。
私も嬉しくて笑む。
顔が近づいてきた。
あ。
と思ったら、キスされていた。すぐに離れた。
トラン様の顔がすぐそこにある。
「抱きしめて良いか?」
「はい」
赤い顔して頷いた。
握っていた手がほどけて、トラン様が両腕で抱きしめてきて下さった。
「良かった」
とトラン様が呟かれた。
「はい」
と私は呟いた。それが、今の精一杯だった。




