116.その人
ついに馬車が止まった。
「行こう」
トラン様が動かれる。
降りて差し出してくださった手を取った。
「はい」
***
王宮に入る事になるなんて。
案内され、部屋につく。
無人だった。緊張して待つ。
どれぐらい待っただろうか。
扉が開いて、身なりの良い、父親世代の男性が入ってこられた・・・。
「王妃様の兄」
小さくトラン様が私に呟いて下さり、礼をとられた。私もならって礼をする。
王妃様のお兄様!?
見たこと無いしどなたか知らないけど、ものすごく偉い人だよね!?
「よく来た。忙しい身だ、さっそく本題に入ろう。座ると良い」
「はい」
ソファに座り、その人が勧めるので、トラン様と私も座る。二人掛けで横並びで少し安心。
「単刀直入に話そう。トラン・ネーコ。きみはキャラ・パールという平民に随分入れ込んでいる。身分差を悩み、幸運にもキャラ・パールは聖女の称号を得た。さらに盤石さを望んでいる。つまり愛人ではなく本妻にと望んでいる」
「・・・はい。仰る通りです」
単刀直入すぎて私は驚いたが、トラン様は真剣に返事された。
その人は私に目を向けた。
「私の名前など知らなくても良い。きみの父上は、私の子どもたちを助けて死んだ。親として、感謝している。同時に警備に甘さがあった。不覚だ。悔やんでいる。私は身分がある。そして私の妹も、私の子どもたちを大変可愛がっている。その結果、遺されたきみたち家族に意識が向いた。私たちには同情し手を差し伸べる責任がある。だから支援を提案したのだ。学院に通わせたのは、ただ金を与えるより知識を与えた方が故人が喜ぶと考えたためだ。知識の有無は世界を変える。・・・さて。この場を得て、要望を言ってみろ」
「恐れ知らずに、希望を」
とトラン様が言った。
相手が余裕のある態度で頷いた。
「言うが良い」
「キャラ・パール嬢の後ろ盾になっていただくことはできませんか。養女は無理でも、支援していると名乗り出ていただければ」
「名乗り出るつもりはない。子が襲われた、もちろん何事もなかったが、それは表に出さない終わった事柄だ」
「では、どなたか有力な方に。俺は、キャラ・パール嬢を本妻に迎えたい。だがこのままではネーコ家が許さない。平民である彼女を本妻にするメリットを示さなければならないのです」
「愛人では嫌か」
「考えていません」
「若い」
その人はため息をつき、憂うように私とトラン様を見た。
「娘はそれで良いのか。学院で碌に友人も築けていないくせに、貴族社会に入るとは無謀すぎる」
「彼女は身分差で被害に遭い続けている。申し上げるが、性格に難があるのはどちらかと」
「女などそんなものだ。ミカン・オレンジ嬢があまりに酷いから平民に目がくらんだようだな」
「違います。俺は彼女が良い。彼女としか分かり合えない事があるのです」
「娘は? どうせならもっと小さな家に嫁げばいい。その方が受け入れられ平穏に暮らせるぞ」
「わ、私は」
話をして良いのかと気にしたけど、良さそうだ。
だから言葉を続けた。
「トラン・ネーコ様が、好きです。一緒にいたいです。トラン・ネーコ様がおられたから、学院で過ごすことができました。身分のことが無ければどんなに良いかと思います」
その人は首を傾げて私を観察した。
「本心か?」
「はい!」
その人はため息をついて、首の傾きを元に戻した。
「そうだろうな。ではトラン・ネーコは、私が支援していると名乗り出て欲しいのか」
「はい。または有力な代わりの方に」
「王妃に頼もう。国王ではないが、充分だろう」
「はい、有難うございます」
トラン様、驚いたようで、声が大きかった。
私も続けてお礼を言った。
「ありがとうございます」
王妃様? 王妃様って、王妃様・・・。
え、ものすごい・・・。
「では王妃には話を通しておく。これで良いか」
「心から感謝申し上げます」
「本当にありがとうございます」
「いつ発表するつもりだ。予定を教えろ」
「1か月後では?」
「分かった。私は忙しいのでな、あまりアテにして貰っては困るのだが、何かあれば同じ手段で連絡してこい。そして首尾よくいったなら、恩返しを希望する」
「恩返し。具体的なご希望をお聞かせください」
トラン様の言葉に、その人は笑った。
「まだまだ若いなぁ」
初めより随分砕けたご様子に見える。
「何かの折には王妃や私の側に付けという話だ。ネーコ家は基本的に裏が読めないが、トラン・ネーコ、きみはどうやら誠実なタチのようだ」
「善良な事柄には協力を惜しみません」
「は。うまいことを」
笑って、その人は機嫌が良さそうに立ち上がった。
「これで密談は終わりだ。あぁ、娘。亡くなった父上には心から追悼の意を申し上げる。そして勇敢で善良だった。その縁できみが貴族の一員に加わるというなら、きっと父上も喜ばれる事だろう」
「ありがとうございます・・・」
お父さん、喜んでくれるのかな・・・。
ちょっと切なく微妙な気持ちになったけど、顔には出さないように努めた。
***
王宮からの帰り。
ルティアさんやジェイさんが様子を聞きたそうにしているけど、なんだか私もトラン様も動転しているというわけじゃないけど神経が尖っていて落ち着けない。なぜか、いつのまにか手を繋いでいる。傍に寄ってしまう。
一方で、何か急き立てられているような気分。
「あ、トラン様」
「なんだ」
「スミレ様が、寮、使用人の方移って下さったって」
「あぁ、そうか。残りは、えーと」
「ミルキィ様です」
「そちらは?」
「分かりません」
「寮に確認に行った方が早いな」
もの言いたげなルティアさんとジェイさんをそのままに、なぜか違う話だけはできて、とにかく寮に向かってみる事になった。




