114.神殿と、母と、翌日
「キャラ・パールちゃん、これは入れ知恵だ」
神官さんが私にそっと言った。皆がニコニコ私を見ていた。
「今までの貴族の聖女がしなかったことをしなさい。できる限りたくさんの神殿に足を運ぶんだ。小さいところほど感激する。貴族は多分小さなところなんて行かないから、キャラ・パールちゃんはその神殿では、ずっと聖女でありつづけるよ」
「え? 3年で終わりですよ」
「ふっふっふ、分かってない」
チッチッチ、と神官さんが指を横に振って見せる。動きが慣れてるなぁ。
「キャラ・パールちゃんは、記憶に残る聖女を目指せってアドバイスだ。身分差で悩むお年頃だろう」
「・・・バレてました」
「当たり前だよ。困ったら相談に乗るよ」
「ありがとうございます!」
***
母は、そのまま神殿のお手伝いをして帰ることにしたらしい。
弟と妹が驚いたけど、母はどうしてもと言い張った。
母には馬車賃を渡して、私は弟と妹を連れて先に家に帰る事に。
母の帰宅時間が分からないし弟と妹もいるから、今日学院に帰る予定だったけど、トラン様に相談して、今日も家に泊まる事にした。
トラン様も宿に延泊してくださる。
母が戻ってくるまで、トラン様も一緒に家にいて下さった。弟と妹と遊んで、ついでに文字を教えようとしてくださった。まずは自分の名前から。
知り合いに5歳の女の子がいるとおっしゃっているから、小さな子に慣れておられるかも。
母が戻ってきたのは夕方だった。
嬉しそうにパンを手に一杯買い込んでいて驚いた。
久しぶりに、母が作ってくれたシチューを食べた。
弟も妹も上機嫌。
しばらく毎日神殿に行くということだ。急に元気になったみたい。
トラン様たちが宿に戻られてから。改めて母と、明日以降の事を話し合った。
たった一度、神官さんに診てもらってお話をしてもらっただけなのに。
見違えるほど、母には、母としての芯の強さのようなものが感じられた。
私にずっといて欲しいと騒ぐ弟と妹を宥めたのも母だった。
「家族が生きていくには、町の普通のお仕事で4人分のお金は難しいの。『お父さんの人』のご好意は、お父さんが生きていた証だと思うの。だから。いままで通り、キャラには学院で頑張ってほしい」
***
翌朝。
私が起床して朝ごはんを作っていたら、母も起きてきて一緒になったので驚いた。
鼻歌も少し歌ってる。
「今日、ご飯を食べたら、学院に行くね・・・」
「ええ。しっかり頑張ってきて。お母さんたちも、神殿に行く。馬車代はあるのだもの」
あまりの変わりぶりに心配になるぐらいだけど、明るくなった事にはホッとする。
毎日神殿に行くなら、あの神官さんもおられるし、病気を診てくださる神官さんもいるのだから、安心だ。
こうして、予定から1日延びたけど、私とトラン様たちは、学院に戻る事にした。
***
家族とお別れをして家を出る。
またずっと馬車に乗せてもらって、学院についた時には、もう夜になっていた。
今日も、学院に泊っている部屋まで送って下さるトラン様。とはいえ、もう遅い時間なので部屋の前まで。
そこで、トラン様は呟くように言った。
「いろいろあったが、きみは、町の方が、やっぱり心地が良いか?」
そうして、じっと私の目を見つめて来られた。
「・・・町は、育った場所で知っている方も多いですし。伸び伸びはしています」
「・・・」
少しトラン様の表情が暗くなった気がする。気のせいかもしれないけど。
何となく察するところがあったので、気持ちも付け足した。
「だけどトラン様といたいです・・・」
私の言葉に、トラン様は少し笑んだ。少し伏せた顔を上げられた。
「町のきみは、いつであっても生き生きと見えた。買い物をして会話をして、笑って、料理などもして。神殿でも伸び伸びしていた。この学院は貴族社会だ。息苦しいはずだ。・・・だが、俺は貴族だ。貴族の世界で生きて欲しい。・・・覚悟は?」
「聖女の称号も貰ったから、頑張りたいです。でも家族も心配です。相談に乗ってください」
「分かった。必ず真摯に相談に乗る」
「はい。有難うございます・・・!」
***
トラン様も戻られて、今日も学院の部屋で眠る。
ちなみに、まだ一人は怖い。学院だから怖いのかもしれない。
自分の町では少し忘れてた。あの町は私にとって安心で安全なところなのだ。
「・・・」
ルティアさんは、開け放したドア、隣の部屋、私がベッドから見える位置にいてくださっている。
早く眠るためにこちらの部屋の明かりは少し暗いけど、隣は明るい。
私が眠れたら、ルティアさんは隣の部屋で休まれるはず。
ルティアさんを眺めながら、いつのまにか眠っていた。




