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9.縮まる距離感

 月日は流れ、美咲はe-sports部に入り、おれと遊ぶ日はあまり取れなくなった。学校での昼食時に、美咲がどんな活動内容をしたのかを聞くことが定型化し、よく聞く内容では、どうやらコミュニケーション面に苦労しているらしい。

 前の世界でも、そこだけはおれがずっと意識をさせて半年でできるようになった。

 まだまだ、時間はかかるだろう。


 新人戦が近々あるらしく、それの応援が最近の楽しみだ。


 「……一樹」


 昼休みを合図するチャイムに気づかず、教科書やノートを広げたままボーッとしていた。

 隣同士の席でもないのに、美咲はわざわざこちらまでやってきていた。


「ごはん、たべよ」


 心配そうな目つきをしていた、とおれはそう感じた。


「はいはい」


 昼食だ。いつものやつらで集まっているときに、おれはなんとなく琴音を呼びたくなった。


 あいつは美咲とは違って一人が好きだ。だれかと騒がしくしてるのもあまり好みではない。けれど、前の世界での高校三年生で、おれたちはいっしょのグループで昼飯を食べたり、テスト勉強をしたり、片手で数えられるぐらいだけど、外でいっしょに遊んだこともあった。

 おれと琴音を除いた、みんながグループがダベってるなか、あいつと二人で会話してんのが好きだった。


「ちょっと待っといて、琴音も呼んでくる」

「鈴森さん、いない」


 美咲は教室をきょろきょろと見渡し、彼女のすがたが見えないことを確認している。


「大丈夫。場所はわかるから」


 あいつは昼休みが始まってはそそくさとどこかへ消えていく。居場所はだいたい屋上だが、それを知るものはほとんどいない。今日もそうなんだろ、元とはいえ……友達のことだ。それぐらいは分かる。


 建物の端にある階段から三階へたどり着いて、中央の大階段へ。端にある階段から屋上にはつながっていない。大階段だけが屋上へ行ける唯一の道だ。

 廊下や、教室から響く人の出す音がわずかばかり聞こえる……。おれの耳には、そんな小さな音と自分の足音だけが入ってきていた。


 屋上のドアノブへと手をかけると、鍵はかかっていなかった。

 それまで聞こえていた雑踏の音がなくなり、一転して静かな空間が訪れた――――懐かしい気分だ。

 

 最初に視界に入った青空を見ながら奥にいる古びた緑色のフェンスへ腕をかけている彼女を追いかけ、ぼけたアスファルト状の地面を歩く。


「よう」

「あ……? 一条じゃんか」


 フェンスのそば、コンビニで買ったような安っぽいパンを片手に、琴音は立っていた。


「おまえ、また来たのか」


 つやつやな髪と、もみあげが長いボブカット。スタイルもよければ、頭もいい。完璧超人が特徴の琴音は、目立つのが好きじゃないわりに髪を染めてる。すごく、矛盾したやつだ。


「いっしょに昼飯、食おうぜ」

「なんで?」


 露骨に嫌そうな顔で、彼女は威圧してくる。


「卑怯とは言うまいね」

「……羅生門?」


 前の世界であった、実際のやりとりを繰り返す。この世界の琴音は知らねーだろうけどさ、おれとお前は、おしゃべりぐらいはしてたんだぜ。親友とは言えなくても、おれは友だちだとは思ってたよ。

 怒るなよ琴音、ちょっとだけずるい方法を使うから。


「じゃあジャンケンな? 一回勝負な?」


 琴音はびっくりした顔をしながら次の言葉を発そうとした。そこで、おれはかかさず大声でかきけす。


「最初はグー! ジャーンケーン!」

「ああ、おい!」


 こいつはジャンケンが弱い。

 読み合いに持ち込んだとき、琴音は一般論にたよる。チョキが統計的に勝率が高いというものだ。それをこいつ自身も含め、みんながしっている。そうなれば当然おれたちはグーを出して対抗をするし、彼女も対策されるのはわかっている。それでも結局、こいつは統計という数字にたよる。

 だから琴音は、おれらの中じゃいつもジャンケンに負けていた。

 ”こんなの運ゲーだろ!”

 読み合いというなの運ゲーと称するが、その運ゲーで勝率二十パーセントを切っちゃうかわいいやつだ。


「ようし、勝った。言うこと聞け」

「……くそ」


 義理堅いこいつは、いやいやながらも拒否はしない。

 そういうところが好きで、仲良くなりたいと思ってるんだ。

 おれが鈴森から琴音に呼び方を変えたのはいつだったっけな。琴ちゃん琴ちゃんって、高校三年生のときに、おれらのグループで冗談で呼び始めたのがきっかけだったけか。

 そこから、グループの仲間入り、ってわけにはいかなかったけれど、いっしょにお昼を食べたり、遊びに行ってみたり、勉強を教えてもらったり……。

 気づけば、琴音って呼んでた。それの思い出は、覚えてないな。


「琴音」

「なんだよ」

「だれかと飯を食ったほうが美味いぞ――――とか、おれは思わないし、実際そんなことねーと思う」


 おれは、彼女を連れて、屋上を出る。


「同意見だ。あの手のうたい文句は意味がわからない」


 琴音は鍵を閉めて、おれについて階段を降りる。


「でもさ、気の合うやつとの会話って面白いからさ、飯も食ってだれかと話すのも同時進行したほうがお得じゃん?」

「……まあ、下手にだれかとご飯を食べたほうが云々(うんぬん)よりかは聞いてて納得できるかな」

「んで、おれとお前は気が合うんだ」

「――――はあ?」


 気に食わなさそうに、彼女は眉間にしわを寄せながら話を切った。


 階段を一段、一段、降りるたびに、彼女の手にあるレジ袋が音をたてている。おれはそれを聞いて、振り返りながら言った。


「お前、いつも購買のパンだよな」


 琴音は左眉だけを持ち上げると、おれに尋ねた。


「一条って、私が昼を食ってんの今日以外に見たことあったけ」

「いや、ねえわ。適当に言った」


 あぶね。ボロが出た。

 あー、そうそう。そんで、美咲のでっかい弁当箱をそのうち琴音がもらうようになったんだ。

 前の世界での高校生活は、ほんとに、三年生にすべてが凝縮されてたな。


「おせーぞいちじょー」


 吉田は相も変わらず間延びした言い方だった。


「おお。マジで鈴森さん呼んできてる」


 沢野は箸を手に持っていた。

 おれは近づき、やつらの弁当箱を見ると、ひとつも手付かずだった。


「お前ら待ってたのかよ」

「そら、まあ。鈴森さん来るなら待つだろ。お前が便所でも行ったならどうでもいいけど」


 黒い肌をかがやかせて、沢野は手でちょいちょいと、おれらに急ぐような合図を出す。

 三道はすかさず使ってない席から椅子を抜くと、おれと美咲の間に椅子を置いた。気が利くやつだ。


「ども」


 おれは琴音の雑なあいさつについ吹き出してしまった。


「なにがおもしれーんだよ」

「どういう入り方だよお前」

「別に、知るかよ。そんなん」


 おれらは自己紹介からちゃんと初め、顔を見合わせた。おれ以外のやつはみんな、同じ中学から。それでも、琴音としゃべったことは、みんなない。


「琴音はいいやつだから、みんなよろしく」

「お前こそどういう言い回しだよ」


 美咲はゆるい雰囲気をかもし出しつつ、隣に立つ琴音をぼんやりと見る。他のみんなは、見過ぎなんじゃないかってぐらいには注視している。

 こういうのは、苦手なんだろうな。


「俺らのなかに鈴森さんがくるなら、テストで困ったとき全部聞こーかな」

「悪いけど、私教えるの得意じゃないよ」

「えー。まじかよ」


 吉田は弁当に手をつける前に、両手をあわせる。それを見て、おれも、いただきます。と心で念じて、手をあわせた。


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