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67.同年代より

 五月の二週に入って、一樹の家に住み慣れてきた頃。私たちが昼食を取るために座席を近づけ合っていると、一人の男が教室へ入ってきた。黒髪のブラジル人ハーフ、名前はなんだったか……覚えていない。

 ただ、彼は物凄く印象的な人物だ。


宏太「こんちはー。一条くんっていますかー?」


 feederという名前でNAをプレイし、中学時代にユイカへ次いで二位を取ったチームのリーダー。

 理屈で説明のできないプレイを行い、普通の人間が思う想像の裏をかくのに長けたやつだ。

 楓も私も、こいつのプレイはかなり苦手だった。


楓「一樹、無視して」

一樹「なんでだよ。そういうのやめろってユイカのときに言っただろ」


 一樹が廊下の出口でドアに片腕と体重を預けている男の元へ近づく。


宏太「どもっす。今、一年で一番強いって噂のチームの、リーダーで合ってます?」

一樹「さあ。それで、なにか用か」


 楓はまだ途中だった一樹の机を代わりに運び、ちらちらと二人の会話を気にしながら待っている。私も気にはなるが、それよりも建設的な会話をすることにしよう。

 来週は中間考査が始まる。NAのテストは要するに大会だ、そこまで心配はしていない。私たちはトップスリーにはおそらく入れるだろう。どちらかといえば普通の教科が心配か。


彩子「勉強の方はどうする。誰か苦手な科目があったりするか?」

エレナ「いや、ないですよ。中学の頃から成績はみんな良かったじゃないですか。美咲も大丈夫ですよね?」


 うん。と静かに彼女はうなずく。

 おいおい、美咲が既に弁当を広げているんだが、手早いな。


エレナ「高校に上がってから数学とか難しくなるかと思いましたが、そうでもなかったですね」

彩子「物理と化学はどうだった?」

楓「全部大したことなくない。どういうふうにテスト出るか分かんないけど。理数系はむしろ彩子が不安なんじゃないの」


 平均点より少し上ぐらいは取れると思うが……。ひねられた問題は苦手だ。

 楓とエレナはそつなくこなす。どれも成績がいい。総合点だけで言えば私のほうが上だが、文系科目で他より多く稼いでいるだけだ。二人共どれも高い点数で、苦手な分野がない。しかも、普段は全然勉強をしていないという。末恐ろしいやつらだ。


 私はきちんと勉強した上でようやく、といったところ。凡人なりに頑張っているが、たまに彼女たちが羨ましいと思う。


彩子「美咲は大丈夫か」

美咲「……たぶん。暗記科目は得意」


 ほー、そうなのか。文系?


美咲「理系だと思う」

楓「中学の時は何位ぐらいだったの?」

美咲「五位とか」


 たっか。私たちで三十位とか二十位ぐらいなのに、全然上じゃないか。心配する必要などなかった。


楓「すご。ガチじゃん」


 そんな話をしていると、一樹が戻ってきた。

 あまり楽しい会話ではなかったようだ。くだらなさそうにしている。

 そして隣にユイカがついていた。


エレナ「どんなお話でした?」

一樹「そっちのチームだと勿体ないから次はこっちに入れってさ」

楓「うぜえ、やっぱ嫌いだわ。あいつ」


 私もどちらかといえば苦手だ。軽薄そうな見た目と、傍若無人な態度。楓よりよっぽど礼儀がない。


唯花「道を塞がれて邪魔でした。一樹が気づいて言ってくれたので助かりましたが」

一樹「入り口の前に立っちゃダメだよね」


 ユイカはお弁当を手にして、今日もやってきた。

 彼女と楓の仲も、どんどんと良い方向へ向かっている。私も彼女に対して渦巻いていた黒い感情はかなり減った。


一樹「あと、連携と個人技、どっちが大切だと思う? って言われた」


 一樹の個人技は学内で図抜けている。SpeedStarや3dNの誰よりも強い、と今なら確信を持って言える。私たちがどれだけミスをしようと、何度も試合の流れを決めるシーンでクラッチを決める。最後に生き残ったとき、誰よりも信じられるプレイヤーだ。


 彼がそこで勝ってしまうとなんとなく、私たちの存在なんてあんまり関係ないな、と思うこともある。

 けれど、それだけ強い彼が誰よりもチームの意味を理解し、それを重んじている。

 連携、と答えるだろうか。


エレナ「なんて返したんです」

一樹「個人技だろ。個人技があるから連携が取れるんだよ。個人技があるから、脳みそを自分のプレイに集中を割かなくてもよくなる。余裕が生まれれば周囲の状況を把握し、連携プレイに昇華できる」

 

 ……そうか。


エレナ「個人技がないと連携する余裕もない、確かにそうですね」

一樹「味方がどこにいるか把握できたり味方と合わせられたりするのって、周囲を把握する能力が必要なんだけど、そもそも個人技があるから把握する余裕があるんだよ」

彩子「feederとチームを組む可能性はあるか」


 そんな言葉が、自分の口端からポロりとこぼれた。


一樹「別に? そんな予定はないな。ユイカもいることだし」

唯花「あら、嬉しいですね」

一樹「約束しなかったっけ。ユイカ連れて勝つ、みたいな。してないか」


 さも当然のように言いながら、ユイカが座るための椅子をどこかから拝借している。


彩子「お前は……明らかにレベルが違うからな。それこそSpeedStarのサブに入れてもらったりとか」

一樹「いいよ、お前らがいい。全然下手じゃないし」


 それにしてもfeederが挨拶に来るとは思わなんだ。いや、挨拶なんて軽々しいものではないな、あれは勧誘だ。


 中学から強かったチームはそのまま高校一年生の間で強いチームになる。理由は簡単で、高校一年生の最初でどれだけ自分の強さをアピールできるかで今後の高校生活が決まるんだ。本来の実力が高かろうと、チームが目立たなければその実力も見つかりづらい。そのため、中学最高学年で作ったチームはそのまま移行されることが多い。


 おそらく、Not Aloneの次世代作が作られたとしても同じように現役プロは同じチームのまま移行するはずだ、それに近しいだろう。


 まだ入学式の頃、私たちは四強に分かれると思っていた。日向楓のチーム、如月唯花のチーム、feederのチーム、あとは私たちがまだ見ぬ転入生組。

 ユイカのチームは解散したが、この中でまだ転入生組だけが成りを潜めている。一体どうなることやら。


彩子「なあユイカ。転入生組についてなにか話は聞いていないか?」

唯花「チームという意味ですね? 残念ながら、まだ情報はありません」


 ただし。と、彼女は付け加えた。


唯花「poppyというプレイヤーが転入しているようですが、ご存知ですか?」


 知らないな。周りを見渡しても、その名を知っているのは……一樹だけか?

 なんだ、その顔は。じんわりとした、気味の悪い笑顔は。


一樹「そうか……poppyがいるのか……」

唯花「あなたは外のNA出身ですか?」


 この外というワードは学校外でNAの活動を意味する。

 世界的なプロの話であれば私たちだってesportsのプロを目指しているものだ、知識は入れている。しかし、細かい日本国内の外の世情はお世辞にも詳しくない。サッカーのワールドカップぐらいは見たことがあっても、日本国内のプロサッカーチームを知らぬのと同じだ。


一樹「外……まあ、そうだな。そうか、poppyがいるのか……」

楓「なによ、どんなやつか教えなさいよ」

一樹「弟だ、zipp0の弟。SpeedStarの絶対的エース、現在日本最強といわれるzipp0の弟」


 正直な話、さほど好奇心はそそられなかった。他の者たちも同様だ。確かにzipp0の弟とあれば、それなりに強そうなイメージもあるし、彼に弟がいたことへの驚きはある。だがその程度だ。


唯花「反応が悪いですね。まあそれも当然ですか……。一樹はどのぐらいまで知っているのですか?」

一樹「あいつが将来、日本最強を担うプレイヤーってことぐらいは知ってるかな」


 日本最強……? zipp0を超えるということか。


一樹「まあ、どうせ戦うことになるだろ。あんまり気にしなくていい、一回でも戦えば分かる」

エレナ「えー、ちょっとだけヒントをくださいよ。どんな感じですか?」

一樹「予測力が高すぎるがあまり、意識の範囲外に行ける」


 zipp0の弟のくだりからして、いつもより饒舌だ。ここまで誰かのことをこんなに語ることがあっただろうか。

 それだけ、思い入れの強い人物なのか?


一樹「例えば、敵がなにをしてくるかを予想して裏をかく。これの精度と成功率がイカれてる。1on1の強さなら……今はまだだが、そのうち俺やzipp0を超えだす」

楓「意識の範囲外って、読み合いのさらにその上をいけるってこと? 読みが強すぎるみたいな?」


 こんなに高評価をした人が、今までにいたか? 3dNやSpeedStarでさえここまで褒めることはなかった。


一樹「読みがマジでエグい。そうだな、zipp0の読みは予測の素早さと正確さがメイン。だから自分の行動速度を、相手が思ってるよりも早められる。待ち合わせに二時間前からいる感じだ。対して、poppyは相手の行動を手にとるように分かりすぎていて、ミクロな読み合い、撃ち合いの技術が桁外れだ」

エレナ「チートじゃないですか」

唯花「実際に、外ではチート扱いをずっとされていましたよ。zipp0の弟という情報が出回ってから少し落ち着きましたが」


 そんなやつが学校にいるのか。危険な人物はfeederだけではなく、転入生組にも。元よりするつもりはないが、中間考査……油断できないな。


一樹「唯花、折り入ってお願いがある」

唯花「なんです、どうぞ言ってみてください」


 神妙な面持ちで、一樹は言った。


一樹「bullsterってやつが、お前のチームにいただろ。彼がまだチームを探しているなら、中間考査が終わったあとにpoppyへ紹介してやってほしい」

唯花「ほう、それはなぜです?」


 突然、一樹がにやにやと笑い出した。


一樹「どうせ世界を取らなきゃなんねえんだ。どこよりも強いライバルを作っておきたい。そいつらの存在が、俺たちをきっと高める」


 むしろ強敵を作り出す、のか。

 やはり、彼が見ている景色は、私たちのそれとは比べ物にならないぐらい遠く、広い……。


唯花「本当にいいのですか?」

一樹「俺は自分が世界一になりたいと思いながらも、俺以外の日本チームが世界を取ることも心から願っている。それは日本のesports界にとって、ものすごく喜ばしいことだからな」

楓「あんたって、よく分からん視点で物事見てるわね……」 


 一度引退したことがある人物でなければ出てこないような台詞だ。ゲームを愛しただけでは生まれない言葉だ。これまでのなにかに、深い感謝を持ったからこその、思想ではないだろうか……。


美咲「――――ごちそうさまでした」


 ふとしてみると、美咲の弁当箱は空になっていた。時計を見ると、もうそろそろ昼休みが終わる。会話に夢中になって昼食を食べることを忘れた私たちは、弁当を急いでかきこんだ。

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