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65.拒絶

 一樹の家にみんなで泊まり始めてから三日目。活動はだいたい夜の十時ぐらいで終わる。それから先は自由な時間、って言ってもみんなまだ学生だから夜ふかしもし過ぎないぐらいで寝ちゃう。どのぐらいだろ、深夜の一時にはみんな布団には入ってるかな。

 早寝は美咲と彩子。次が多分、私とエレナ? 一樹はいつ寝てるのか分かんない。


 今日はたまたま遅くまで起きていた。十二時を過ぎた辺りで暗い廊下を通ってトイレに行って、私の部屋へと戻ろうとしていたときだった。一樹の部屋から明かりが漏れていて、まだ起きているんだと分かった。

 えっちなことしてるときに飛び入ったら流石に気まずいから、聞き耳を立ててみる。マウスをクリックする音だけが聞こえていた。息が荒くなってるわけもないし、大丈夫そうなのでこっそり覗いてみることに。


 相変わらずDEMOを見ているようだった。ゲームをするよりも動画を見てる時間が長いのはこいつぐらい。私たちも一応、感化されて見始めはしたけど、やっぱりプレイするほうが楽しいからなんとも続かない、偉いもんよ。


 いつの動画かしら、何年にやった大会のやつ? 本当にずっと、あいつは見続けている。飽きもせず、ロボットのように、自分に与えた課題を淡々とこなし続ける。普通はちょっと疲れてサボったりするわよね。ゲームは好きだからやるといっても、ゲームの動画を強くなるためだけにそんなに見れる?


 私がたまたま見たくないだけ? いや、私たちというべき?

 ユイカもちょいちょい見るとは言ってたから、指揮官をやるような人が動画を見るのが好きな傾向にあるだけ?


一樹「……ざい」


 小さな声だ。よく聞き取れない。


一樹「殺したい……」


 そう、聞こえた気がする。

 いや、聞こえた。


 気がするってことにしておきたい。

 本当に、そう言ったの?


一樹「――――死にたい」



 扉を開けても、いいのか。

 そばへ駆け寄っていいんだろうか。

 私はあいつに、なんて言葉をかければいい。


 聞こえてるそれまでの言葉を、事実として受け止める? 実は私が覗いてるのは気づかれていて、冗談を言ってるだけかも。

 そうで、あってほしい。


 生唾を飲み込む。目が乾いてもないのに、まばたきを何回もした。

 どうしよう、どうしよ。

 誰か、他に起きてないの?


 そう思って、私は静かに、気付かれないように扉を閉じる。

 美咲と彩子はやっぱり寝ていた。肝心のエレナも、ドア下部から明かりが漏れていないし、部屋の電気は消しているみたいだった。まだ起きているような気もするけれど、なんとなく足は動かない。


 今、私は一人だ。

 相談したい。誰に、誰にすれば……。

 



楓「もしもし、ユイカ?」

唯花「あなたから電話をかけてくるとは意外でした」


 ええ、私もあんたにする日が来るなんて思ってなかったわよ。


楓「一樹が、苦しそうなんだけど」

唯花「はい? 体調不良ですか?」


 そういうのじゃ、ないわよね。

 あれって。


楓「うわ言を、言ってるのよ。死にたいとか、殺したい、とか……」

唯花「……そう、ですか。寝ているのなら、起こしてあげてもいいのでは」

楓「違う、寝てないの。一人で部屋でDEMOを見ながら、ぼやいてた。こっそり見ちゃったの」


 ユイカはちょっとだけ間を置くと、声色を強めて言ってくれた。


唯花「彼が自分から言い出さない限り、詮索しないほうが傷つけないとは思います。ですが、ですが……。その、なんでしょう。悩みを聞いてあげたら、心のわだかまりが取れる可能性もあります、よね。あ、いえ待ってください。言い方を変えます。わだかまりが減る可能性がある、ですね……」


 独り言で、あんな口の悪い言葉を発せる? あんな、恨めしそうに。

 私だって、お世辞にも言葉遣いが綺麗な方ではないわよ。でも、そういうのとは違った。


楓「あんたなら、どうする」

唯花「私も、一応それとなく聞いてみたことはあります。ただ、心は開いてくれませんでした」


 そっか。

 そりゃそうよね。

 

 悩みがあったら相談すればいいじゃん、仲間でしょ、みたいな。

 そんな、簡単な話じゃないもんね。たぶん……。


楓「そっとしておくべき?」

唯花「まあ、そうでしょうね。悩みが聞けたら心に溜まってるものが減るかもしれないとは思いますが、実際に聞けるとは到底……」


 あれをあのまま放置、ね。

 それが、正しいって? そんなもん知ったことか。私は縛られぬ。


 簡単な話じゃなくても相談させてやる。

 悩みがあったら私が受け入れてやる。


 こちとら楓様だぞっと。


楓「ちょっと行ってくるわ」

唯花「え、ちょ、ちょっとっ! ダメですよ楓! 物事は慎重に――――ッ」


 電話は切った。

 突撃よ。


 自室を出て、廊下からあいつの部屋まで。それから扉にノックを三回。返事を待たずに開けてやるのよッ。


一樹「……なんだよ、いきなり」

楓「ちょっとついてきなさい」


 立ち上がらせ、二人でバルコニーへ出る。どう切り出そうか考えている。考えているけど、細かい言葉遣いなんか結局どうでもいいのよ。中身が大事なんだから。

 よし、言うわよ。


楓「あんた、隠してること言いなさい」

一樹「例えば、なに。隠してることって」

楓「殺したいぐらい憎い相手」


 "ああ、聞こえてたのか……。そりゃ共同で住んでるもんな"と一樹は言った。


楓「私が盗み聞きしてただけ。で、答えなさいよ」

一樹「それを聞いてどうする」

楓「別に、どうもしないわよ。ただ、悩んでそうだから聞いてあげるってだけ」


 いらねえよ、そんなの。と返された。

 そんなのとはなによ、分からないやつねー。


楓「解決できなくても、結果が変わらなくても、言葉にして共感するだけで感じ方なんてすっごく変わるんだから」

一樹「そうか。話したくない、もう行っていいか」


 ダメに決まってるでしょ。


楓「今日は彩子もいないからね。私は折れないわよ、聞き出すまで」


 露骨に嫌そうな顔をした。

 なにが、そんなに嫌なのよ。


 ムカつくわね……。


一樹「共感してほしくない」

楓「なんでよ、理由を言いなさい」

一樹「自分の弱みをさらけ出したくない」

楓「その理由は?」


 ため息を吐かれた。弱みをさらけ出したくないの意味が、分からない。


一樹「お前らを、心の拠り所にしたくない。一回でも精神的に甘えたらもう無理だ。もう失えない」

楓「な、なによ。信用できないわけじゃないのね。……で、もう失えない、ってどういう意味よ。抽象的じゃなくて分かりやすく言って」

一樹「もう、気力がない。気力がねえんだよッ! 今、俺がこうして動いてるのは病的な使命感だ! 動かないといけないから動いてるだけなんだっ! 気力を回復させる場所なんて作って、もしもお前らが消えてみろ……っ。既に折れた心が、ぐずぐずになる……。これ以上は、もう無理だ……」


 泣かないでよ。なに、言ってるのか。わかんないっつうの。

 あぁ、もう。胸が痛い。締め付けられる……子供の時、お母さんに怒られて以来よ、こんなの……。


一樹「嬉しいよ、最高だ。お前は優しい、俺を気遣ってくれたのが、ほんとうに染みる。だからこそ、やめろ。俺の過去を詮索するな。深入りしようと、するな……っ」

楓「なによ、あんたにゲームを教えてもらうだけのギブだけ受け続けろって? 私だってあんたになにかしてあげてもいいでしょ!?」

一樹「いらん、いらんいらんいらんッ――――。もういいから、やめろ……。もうたくさんだ……」


 ……なによ。


楓「じゃあ、私たちが仲良しこよししてるのはなんなのよ……。それは、あんたの心にはなにも響いてないってわけ……?」

一樹「そういうことじゃねえよ、もういい。寝るから、じゃあな」


 そう言って、去ろうとする一樹の手首をぎゅっと掴む。


楓「やだ、絶対返してやんない」


 言いよどんでる口元、歯を噛み締めてるようにも見える。

 なんで、話してくんないのよ。ここまで強引にいけば言うでしょ、普通さ。


楓「ある程度は分かってんのよ。エレナとはなんか気まずそうだし、美咲とはなぜか意思伝達できてるし、あの二人がなにか関係してんでしょ?」

一樹「してねえよ! 俺が生まれて十六年、この世界のエレナと美咲とは一切関わりがなかったよ!」


 ……嘘はついてない顔だ。一樹の嘘はすぐにバレる。じゃあ、あんたの過去ってなによ。

 なにがあったら、そんなつらそうな顔ができんのよ。

 

 私たちは思ったより白熱した口論を繰り広げていたようで、バルコニーにいる私たちを三人が見ていた。弱々しく不安げなエレナと、心配そうな彩子。そして、無表情な美咲。

 唇をベロで舐めて、乾きを潤す。それから、リビングへと戻ることにした。


 一樹の手首を握ったまま。


楓「観念しなさい。早く言え」

一樹「彩子さん、こいつを連れてって……。今日は、もう疲れた」

彩子「あ、ああ。ほら楓、もういいだろ」


 一樹は、いともたやすく私の握っていた手を振り払った。強い力だった。男と女の、性別の差を感じた。

 あいつが廊下へと続くドアへ向かっていく。扉を開け、廊下へと今にも踏み出しそうだ。

 このまま、扉を閉めることを許していいのか。


 今、止めなければ、私たちはずっとこれから……。


楓「一樹」


 止まった。けれど、振り返りはしない。

 私の言葉の続きを待っているようだった。


楓「その、なんていうか」


 呼び止めはしたものの、なにを言うかなんて決まってない。

 止めたかっただけだ。


 ドアの向こうはただ廊下があるだけ、そのはずなのに。

 あっちの世界と、こっちの世界がきっぱりと分かれているように思えた。


だから、止めた。それだけだ。


楓「たまには、甘えなさいよ。私だけじゃなくて、みんなにも」


 言いたくないなら、言わなくていい。なんて、私は言わない。そんなこと心の底から思うことなんか無理。キレイ事よ、そんなの。

 自分が受け入れられなかったのを認めるのが怖いから、不快だから、あくまでの上からの立場で居続けるための方便なのよ、それって。相談に乗ろうと調子づいたら、相談すらさせてもらえなかったなんてみじめじゃない、恥ずかしいじゃない。


 だから、いつか絶対言わせてみせる。


 でも、今は。

 もっと伝えたいことがある。


 一樹の過去を聞いたからなんなのか。

 報告の技術と同じよ。状況を聞いたからなんなの?


 大切なのはなにがしたいのか、でしょ。

 私がしたいのは、あんたを助けること。


 いつも、世話になってるから、その恩返しになれると思ったから、聞きたかったのよ。


楓「分かった? せっかく可愛い女の子がこんなに揃ってるんだから」

一樹「なに言ってんだ。お前」


 冷たい否定だ。

 そんなのに打ち負かされないわよ。


楓「心の拠り所にこっちからなりにいってやる。覚悟しなさい」

エレナ「なんかすごいこと言ってません? なにがあったんです? 喧嘩してたんですよね?」


 違うわよばーか。

 喧嘩じゃない、もっと、もっと……寂しい、なにかよ。


 美咲は相変わらず表情がよく読めないわ。この子、なにを考えてるんだろ、こういうとき。


彩子「もう話は終わりか。それじゃ解散、みんな寝よう」


 なんか疲れがどっと押し寄せてきた。眠くなっちゃった。

 はぁ、なんでこう、もっと頼ってくれないのよ。私たちに迷惑がかかるとか、そういうのは思ってないんでしょうけど……。


 言ってたわね、もし私たちが消えたら、って。

 まあ、そういうのもあるかもしれないけど。可能性としてはさ。


 そんなになる? あいつ、意外と依存しやすい体質?

 あと、心が折れてるとか、どうとか言ってた。


 心が折れてるってなに。もう気力がないってなによ。

 わかんない。教えてくれなきゃわかんないよ。


彩子「楓、寝るぞ」


 うん。と、私は気まずく思いつつうなずいた。

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