64.報告
一樹「もうちょっと難しいことをやるって言ったの、覚えてるか?」
ユイカにUnNamedTagの話をされた、あの日のことだ。一樹は確かそんな台詞を言っていたと思う。
今日はめずらしくユイカも参加している。ゲーミングハウス兼、一樹の家だ。
一応、私ら四人はお泊りをしてるけど、ユイカはまだ別だからそのうち帰っちゃう。それなら最初から家にいたほうがいいんじゃないのかな、って思うけど一樹にとってはそうでもないっぽい。顔を合わせて喋るのって、やっぱり重要なのかしらね。
広々としたキッチンで一樹に呼ばれた私たちは、立っている彼を対面に座って四人でそれを見ている。
一樹「まあとりあえず、このホワイトボードを見てくれ」
いつの間にやら通販で買っていたらしいホワイトボード。会議室に置いてあるような大っきいやつだ。今は裏面でなにも書かれないけれど、一樹が板自体をくるっと回転させると、塾講師が書いたような分かりやすいまとめ方で文字が書いてあった。
目に飛び込んできた大きな文字。報告の具体的なやり方、とデカデカと書いてある。一樹は自分の体でまだ読ませたくないであろう部分を隠しつつ、手に持った指示棒でその大きな文字をさす。その棒はいつ買ったのよ。
一樹「はいユイカちゃん読み上げて」
唯花「報告の、具体的なやり方。と書いてありますね」
わざとらしく単語を区切って彼女はそう言った。
一樹「まず報告と言ったらなにを思い浮かべる?」
報告といえば。
人数、場所、状況とか。一樹にとりあえず教わったのは、ラウンドの時間帯によって報告の質を変えるってもの。
ラウンドが始まったばかりの頃は、相手の出方を伺わないといけない。1分45秒のラウンド時間を区切るとしたら、最初の30秒ぐらいまではものすごく大雑把に報告をする。そして逆に時間がなくなればなくなるほどに、敵の動きや行きそうな場所の推察を細かく報告していく。
最初に聞いたとき、なるほどって思った。
確かに、最終局面って一番大事だし、最終局面は連携のミスが許されない。だからこそ細かい報告が大事。
最初の小競り合いのときって、相手がとにかく色んな陽動目的で動いてくる可能性があるから、わざわざ細かく喋りまくる必要はないのよね。というか、喋っても無駄な情報になるケースが多いというか。
報告って誰でも練習すればある一定のラインに行くものだとは思ってたけど、一樹が来てから全然そんなことないな、って思ったわ。知らない概念というか、想像にすら至らない境地っていうか、どこを目指すか分かってない限りはどれだけ練習しても無意味よね。
そっか、だからあいつはあんなにDEMOを見てるのか。強い選手のプレイ動画を見てない限り、どこを目指して練習すればいいか分からないから……。
エレナ「人数と場所が最優先ですね。とりあえず素早く、短く!」
彩子「そういう意味で言ってるのか? もっと概念的な話だと思っていたが」
エレナ「そんなの、質問が曖昧で分かりませんよぉ」
まあ、わざとね。
曖昧というか、答えがパッと出ない質問は一樹がよくやること。
実際、こういうことを言われると頭が真っ白になって問題を悩むこともないのよね。
おかげで、真っ白になった脳内には情報が入りやすくなってる。
一樹「エレナ。お前は人数の報告が必要だと思うか?」
ちょっとまてい。人数の報告が必要ないって可能性……。あんの?
いや、あんたのことだから本当に必要ないって言っちゃうんでしょうね。
エレナ「え、じゃあ一樹さん……次から私言いませんよ?」
一樹「そういうことじゃねえ、おバカ。お前はなんで人数の報告をする?」
なんで、人数の報告。
そりゃまあ、だって言われないと分かんないじゃん。敵がどこに何人いるとか、あそこに何人いるから~どこどこには敵がいないんだな、とか。そういう予想がつかない。
私が心のなかで思ったことを、エレナは一樹にそっくりそのまま言ってみせた。
一樹「美咲は必要だと思うか?」
美咲「……いると思うけど、なくてもいい」
なくてもいい。マジで?
一樹「ほう、なぜそう思った」
美咲「……説明しづらい。なくても困らないだけ」
説明できないんかい。
じゃあ、敵の場所は?
楓「場所の報告はどうなのよ、それは必要?」
一樹「いや、いらん。どうでもいい、そんなの」
どうでもいい……。どうでもいい……?
分からなさ過ぎる、じゃあ普段の報告ってなんの意味があるのよ……。
一樹「お前らさ、結局なにをしてもらいたいの?」
彩子は、一樹の入れてくれた紅茶を口に含んだ。それに釣られるようにエレナもティーカップへ指を伸ばす。
私はホワイトボードにちらちらと見える文字を解読していた。
そこには、指示という文字があった。
一樹「いいか、よく聞け。報告の究極論の話だ。報告は人に命令するものだ」
人に、命令するもの。はあ。
一樹「人になにをしてもらいたいのかを、説明するのが報告の基本だ。というか、究極的にそれ以外は存在しない。それ以外は無駄な報告に限りなく近い。」
私は考えるのを一時的にやめた。
他のみんなもそうだろう、こういうときの一樹の話は黙って、無言で、集中して聞かなくちゃならない。
それぐらい、こいつは重要な情報を抽出して喋られる稀有な人間だ。
一樹「敵の場所の報告、それはつまり……。その場所を見ろ、その場所をカウンターで取りに行け、その場所をコントロールしに行け。という言葉の代替品でしかない」
代替品、ね。
ああ、なるほど。やっばっ、鳥肌立ってきた!
一樹「敵の人数の報告は、味方にしてもらいたいことを補助する情報に過ぎない」
はいはい、分かってきました。
報告って、そもそもそういうもんだわ!
一樹「味方になにをしてもらいたい? それを言うのが報告だ。味方になにをしてもらいたいのか、具体的に案を言えないから人数や場所を喋ってるだけだ。それを喋ることで、味方自身に気づかせるために」
味方自身に、気づかせるために。
一樹「いいか、よく聞け。報告は人に命令するものだ。味方に気を使うな、自分の報告が失敗するかもしれないと思うな。自分が命令したことでミスするのと、報告したあとに味方が気づいてプレイし、それをミスしたのは同意義だ」
自分が命令したことでミス。報告後に味方がミス。それが同意義……。
一樹「敵がどこどこにいました、だからなんだ? だから味方になにをしてほしいのかを言え。敵がどこどこにいたなんて情報は必要ない」
そうね、そうよ。二人見えたって報告をしても、実は見えない場所に隠れて三人だったかもしれない。人数の報告なんて、すごく曖昧なものよ。敵が五人写ってたらその情報は確約されるけど、五人中二人しか写ってなかったら残りの三人がどこにいるかなんて分かったもんじゃない。
その二人という情報に大きな価値はあまりない。
一樹「例えばラッシュの報告をしよう。俺たちは守りだ。敵は攻めだ。敵が五人で攻めてきた、自分はそれを目視した。彩子さん、なんて報告する?」
彩子「わ、私か。えっと、そうだな……。多い、五人、ラッシュ! とかって報告するかな」
そうね、そうよ。私もそう、というかみんなそう。
だって人数と敵の動きの報告をしてるのよ。正解だと思う。
思ってた、今日まで。
一樹「だが違うな? 彩子さん、俺が言いたいことが分かってたら嬉しいんだけど」
彩子「ああ、つまりは……。"寄ってきて"。これが、正しい報告なんだな?」
正解、と一樹は言った。
そっか。敵がなにをしてるか、敵がどういう状況なのか、なんて報告は究極的にはいらない。その意味が分かると同時に、全身の毛が逆立つ。
レベルが高すぎた。どうやったらその真意に気づけんのよ? これは、これは……。
普通にプレイしてるだけ思いつかないような、別次元の話だ。
一樹「ラッシュだ、敵が五人も写った。危険だ、急がないと設置をされてしまう、サイトを取られてしまう、ポジションを取られてしまう」
楓「だから、なにをしてほしいのか。ってことね」
エレナ「いやあ、面白いですね。報告って、そんなレベルの高さが……」
ユイカと美咲は、二人でこそこそと話をしていた。
どうやら二人でクイズらしきものをしているみたいだった。こういうシチュエーションでは、どう報告をするのかって。
唯花「では一樹、本当に敵の位置の報告などはいらないのですか?」
一樹「いや、実際には喋るよ、そりゃ。例えば味方がなにをしているか分からないから、指示をしても受け入れてもらえないかもしれないだろ。ポジション的に間に合わないとか、FBを投げろって言われてもそもそも持ってないとか、理由はいっぱいあるさ。結局は情報の報告って必要なんだけど、まずは人に指示をすることが最優先ってのを知ってほしい」
人に指示をすることが最優先、おっけー。もう覚えた、これは偉大な学習よ!
美咲「難しそう」
一樹「ムズいよ、マジでな。だって、味方になにをしてもらいたいのか自分自身が明確に分かってないといけないからね。報告するだけで予測が必要になる。現状の報告なんか誰でもできるよ、起きてる現象をそのまま言えばいいだけだから」
美咲「人に指示をするのってかなり高度なのね」
……うん、そうね。指示って冷静に考えたらかなり面倒なことしてるわよ。
だって自分のプレイと味方のプレイを脳内で同時進行させるんでしょ?
楓「あんた、よく指揮官なんかやれるわね」
一樹「指揮官はそういうのが仕事じゃない。指揮官の役割と、報告は全然別だぞ」
ん、でもあんた私たちにどういうプレイをしたほうがいいのかって……。
エレナ「でも一樹さん、私たちにどういうプレイしてほしいのかってよく言うじゃないですか。四人分も言うのって指揮官の役割を担ってるからやれてるのでは?」
一樹「違うよ。指揮官の仕事もして、お前ら四人分のプレイをミニマップ見ながら報告してるだけだよ」
……ヤバいこと言ってんじゃないのこいつ?
一樹「なにを今更言ってんの。指揮官はそれぞれの個人技に口出しをすることなんて本当は仕事じゃないよ。もっとチーム全体の方針とかを伝えるのが仕事であって、余裕があるからお前らのプレイに口出ししてるだけ」
はい、改めてうちの指揮官の異常さに気づけた日でございました。




