63.baiter
ユイカが中学時代に優勝を果たしたとき、二位はMadshotというチームだった。そこにいるブラジル人ハーフ、feederは変なやつだった。いつでもオチャラケた感じの、ノリが軽いやつ。難しいことは苦手で、勉強よりも遊びが最優先、いつも彼の机の周りには友達が集まっていて、人気者だった。悩み事を聞いたり、告白の手紙を代わりに渡したり、なんてよくやってるイメージだ。
けど、ゲームをやってるときのあいつは――――自分のためだけに、ゲームをしている。
あいつは、ゲームで戦いたくない。
私が中学の時、結局はユイカに邪魔をされておじゃんになったけど、もし仮に参加できていたのなら……。優勝したユイカたちより、Madshot……いいや、feederとは戦いたくなかった。
あれは、誰よりも……。私が嫌いな戦い方だった。
楓「ねえ、ちょっと」
みんなで夕飯を食べたあと、私は一樹の部屋に入った。男の子の匂いと、芳香剤のいい匂いが混じっていた。
彼はいつもどおりNot Aloneの動画、もといDEMOを見ていた。瞥見した限りでは、あれは最近のEUでやっていた大会だったと思う。一樹はオフィスチェアを座ったままくるりと回って、ヘッドフォンを外す。
一樹「どうした」
楓「五月の三週目、中間考査」
あと二週間でテストがある。中間考査は学力以外にも、Not Aloneの学年大会を意味合いとして含んでる。
ぶっちゃけ一年の中だと敵なしのつもりだったけど、feederのことを忘れていた。あいつは特進クラスだから、ユイカの方が詳しい。今、どんなチームに入っていて、どんな強さをもっているのか聞かなければならない。
楓「戦いたくないやつがいる」
一樹「なんで?」
楓「なんだろ、説明がしづらいわね。んー……理屈的じゃない動きをする、って言えばいいかな」
一樹は首をかしげた。
一樹「理屈的じゃないように見えて、理屈が通ってる。そんな感じ?」
楓「違う。明らかにバッドプレイなのよ。でも、そいつの世界ではそれが正しいの」
一樹「……baiterか」
その単語を、私は知らなかった。聞き慣れない言葉だった。
意味を求めると、彼は言いよどんだ。
一樹「超単純に言えば、味方を餌にして敵を油断させて戦うプレイヤー」
楓「……うん、うん。そうね、そんな感じ」
一樹「そいつは、それが得意なんだな?」
楓「そう。それをよくやるって分かってても対処できない。その不誠実なプレイと、普通のプレイを織り交ぜてくるから、本格的に予測ができなくなるのよ」
おそらく、あの学校で一樹の次にクラッチ率が高いと思う。つまり、日本で二番目……かもしれない。SpeedStarのzipp0やchiffonをも超えてる。けど、それは観戦している側や対戦している側としては、認めたくないプレイなのよ。
誰もが、どっちのほうが強いって聞かれたらzipp0やchiffonと声を上げる。でも、対戦相手としては? 実際に戦うとしたら? そう、彼らと似た圧迫感が、ゲーム中で私たちを侵食していく。
あのプレイは、気持ち悪い。
一樹「baiterね……。気にしなくていい。俺と美咲には通用しない」
俺と、美咲――――。
ほんと、なんであんたらはそう、謎の信頼関係があんのよ。高校で初めて知り合ったなのに。
いや、美咲はそうでもないか……。あの子はあんまり喋らないから分かんないけど、あっちが一樹のことを理解しているとは言い難い。
一樹「中間考査って、総当たりじゃないよな?」
楓「当たり前でしょ、何時間かかんのよ……。だいたい普段の授業で成績が割り振られれて、そこからのグループ戦よ。まあ、うちらはトップランカーだと思うけど」
一樹「……成績か。所詮、俺らよりも下手くそな教員がつけた点数に興味なんかないんだけどな」
確かに、言いたいことは分かる。成績の基準なんて、誰かつけられるんだ。試合中のデータ? 味方に指示をたくさんしていて、ゲーム内のプレイがおろそかになりやすい指揮官の評価は? L96を持ったプレイヤーがキル数が増えやすいのは当たり前だし、先頭を突っ込む役目を担ってんのはデス数が増えやすい。それぞれ、チームで与えられた役目をしっかりこなしているはずなのに、データはそれを評さない。じゃあ、誰が成績を正確につけられる?
私も、それはそう思う。
なにも、ゲームに限った話じゃない。勉強だってそうだ。国語、数学、英語、理科、社会。これらの科目以外で秀でる人物をどう評価する。誰に評価される。運動能力、芸術活動、口述技術、それらを秀でていたとしても、証明する力がなければ学校で評価されることはない。
そう、美咲がそうだった。あの子、勉強も運動もできる、優秀な女生徒よ。でも、この学校ではそれらを評価することはあまり……なくはないけど、それよりもNot Aloneの腕前のほうが大切だった。
でも、彼女にはそれを証明する力がなかった。腕前は十分にあったはずなのに……。
才能は、能力は、証明する力がなければなんの意味もないと知った。
そう思えば、あいつは証明する力に長けているんだろう。
味方を踏み台にして、自分の強さをどう示すのか。
その方程式を、あの男は持っている。
*
一樹「美咲、油断するな。集中してろ、一生だ」
美咲「……うん」
ゲームをしているとき、一樹は美咲に厳しい。学校でも、ゲーミングハウス(一樹の家)でも。あんまり甘やかしてるところは……見ない。みんなで外に遊びに行ったときとか、他はそうでもないんだけど……。
期待のあらわれ? 彼女の才能を信じているから? なにがそうさせているのか分からないけど、一樹はよく彼女へこう言う。
"お前ならできる"って。
楓「あんたって、指揮官のわりには報告とか、そういうコミュニケーションよりもプレイを優先させるわね」
一樹「美咲にだけだ。お前が下手な報告をしてたら、しばくよ」
美咲と彩子は共同で個室を使ってる。私はエレナと共同。さすがにリビングに五つのパソコンを構えるような、本格的なゲーミングハウス扱いは家の間取り的に無理だった。まあ、一樹が三人家族だからそりゃ土台から破綻してる話だけどね。
今は、美咲と彩子の部屋で私たち三人、あとの二人は夕飯の買い出しに行っている。
一樹「集中しろ。全ラウンドで、だ」
美咲は個人練習として、一人で試合を回している。誰でもやる練習法で、Pick up group……通称PUGと呼ばれるもの。二人と三人、一人と四人、そういう現地で五人集めた状態の試合をPUGと呼ぶ。また、私たちチームで事前に五人同士で戦うのはスクリムと呼ぶ。私たちのなかでPUGを最もやらないのが一樹だ、いつもプロの試合を見ては研究をしている。
美咲「……がんばる」
楓「全ラウンドはできるわけないっしょ」
一樹「美咲ならできる」
と、こんな感じだ。絶対的信頼というか、もはや見てきたとばかりなもん。
一樹「美咲、もしお前がその壁を壊せないなら……。集中力の限界値を自分で感じたのなら、そのリソースをどこに使うのか真剣に考えろ」
美咲「リソースって、どういう意味」
一樹「その試合中に出せる集中力の割り振りだ。100がお前の最大容量だとして、絶対に取らなきゃいけないラウンドで15だったり、20だったり、他のラウンドでの集中力を落としてもいいから、その一ラウンドだけにスタミナを割り振ってしまう感覚だ」
理屈屋のくせに、こういう根性論を言うのよね。
いや、根性論と思ってるのは、私がその領域にまだ達してないから……なのかな。
一樹「甘えるな。最高のプレイをせずに勝ったとしてもそれは負けだ。自分にできる限界値を伸ばし続けろ。高みを、世界を――――」
美咲「うん」
うへえ……私ならこんだけ言われたら嫌になるかも。
いや、なに言ってんのよ。嫌になったと思う時点で世界一になる資格なんてないじゃない。




