62.ギブアンドテイク
こうして、私たちはあいつの家に勝手に住むことにした、マル。
ゲーミングハウス自体は既に浸透しているものだし、親の了承は簡単に得られた。向こうは男がいるって思ってないけど。他のみんなもユイカ以外は大丈夫だったっぽい。あの子だけは、どうも家柄的に難しいみたいね。パソコンを持ってくるような昔の時代じゃないから、ゲーム機一つと着替えさえ持っていけばいい、便利になったものよ。
あの会議をしてから三日後の土曜日。早速、移転することになった。一樹は終始嫌そうだったけど、正直な話、今どきゲーミングハウスで活動してないトップ層はいない。3dNは一年生になってからすぐにずっと共同生活をしてるらしいし、SpeedStarも今年の三月――――まだギリギリ一年生だった頃に同活動へ入った。妥当なのよ、妥当。
勝つためには絶対に顔を合わせて、互いにピリついた空気感のまま練習をするべきなのよ。受験だってそうでしょ、結局いい大学に行く奴らは良い予備校に通っていたり、良い高校に入ってるもんなのよ。だって、高みを目指す同士がいる環境こそが、自分を高みへ連れて行く最大の武器なんだから。
楓「まーだそんな顔してんの?」
一樹「女の子四人が家で生活するんだぞ、そらこうなる」
私だけ一足先に一樹の家へ上がりこんだ。持ってきたトランクは、一樹が代わりに部屋へ持っていってくれた。
この家、幸運なことに部屋が二つも余っていてその二つを私たち四人で使うことになった。一樹の部屋、親御さんの部屋、私たちで残りの二つ……。結構大きい家だけど、なんでわざわざこんな無駄に大きな家を借用してるのかしらね。ほんと、不可解な男だ。
理由の説明できない謎が、どこかしらに多々ある。
楓「シコる暇もないって?」
一樹「そういうのは別にタイミング見つかるだろうけど、単純に気を使うから嫌だ」
楓「ふーん。でも勝つためには絶対必要な過程っしょ?」
一樹「だから嫌がるだけで否定はしてない」
理屈が通ってればこいつは認める、そういう性格。
嘘が苦手だからね、適当に見繕って喋ることができない。
楓「女四人、男一人のチームはめずらしいけどさ。世界中を探せば多分初めてってわけじゃないわよ、共同生活も含めて」
一樹「どうだかな」
兼ねてからの疑問があったので、私は尋ねることにした。他のみんながいないのも、ちょうどいい。
楓「あんたさ、私らとチーム組んで本当に良かったの? あんたなら、どこでも入れるっしょ」
一樹「美咲が……一緒にいる方が、いいかな。二人一緒にまとめて入れるチームってそんなにない」
楓「じゃあ結果を残して、あんたたち二人が抜けて新規でチームを作る可能性はあんの?」
一樹はきょとんとした表情でこちらを見ていた。
この質問に、理由なんかないわよ。
一樹「あるよ。もっと強い人たちなんて、日本だけでもそれなりにいるから」
楓「そっか」
残念な気持ちではないけど、なんか悔しいなってぐらいね。
他の三人を待つ時間が、長く感じる。
一樹「でも、そうは言ったけど」
フォローか? いや、こいつ嘘下手だからな。
本心か。
一樹「思っていたよりも三人とも強いよ。なんつうか、優秀に役目を担ってる。楓は剛毅果断のアタッカー、エレナはオールラウンダーよりのクラッチプレイヤー、彩子はバリバリのサポーターだ」
楓「指揮官としてはやりやすい、ってわけね」
一樹「そうだね。下手に強いだけの人を入れるよりかは、チームの総合力的な意味で今はバランスが取れてる。楓みたいなタイプだけが集まっても、チームとして活かしづらいから」
へえ、実際のところは定かじゃないけど……。顔が嘘をついていないから、こいつの中では本気なんだ。
みんな来るまで我慢しようと思ってたけど、やっぱやーめた。
楓「一樹、紅茶いれて」
一樹「いいよ、甘いのがいい?」
楓「前、入れてくれたやつがいい」
献身的ねー。
ああ、そうだ。こいつが変人なところって色々あるけど、そのなかでもダントツ群を抜いて思うのがこれよ。
一樹がシステムキッチンへ入っていき、私はちょうど顔が見えないぐらいの位置にいた。カチャカチャと食器を取っている音だけが聞こえる。
楓「あんたってさ、優しい……とかの次元を越えて、自分の負担になることに対して寛容過ぎじゃない?」
一樹「……というと?」
楓「さっきのだって、普通は面倒くさい! とか言うもんじゃん。みんなが来るまで待て! とか」
一樹「だって飲みたいんだろ」
こいつは、そういう怠惰な感情が欠落している……かもしれない。
楓「あんた、貧乏くじばっか引く性格じゃない?」
一樹「いいよ、別に。損がないなら」
損がない……って。
楓「あんたは損してるじゃないのよ」
一樹「一対一交換だろ? 俺の労力と、楓の満足。間違ってるか?」
……だめだこりゃ。ほんとに、変人だわ。
なんだろ、この感じ。どうやって言葉で説明すればいい。
楓「あんたって、自分の性格をどう思う」
一樹「効率を求めるくせに、感覚派。中途半端に完璧主義者」
楓「あー、そういうのじゃなくてさ。尽くすタイプとか――」
インターホンが鳴った。カメラには三人が映っていた。一樹はエントランスのロックを外すと、私の隣にやってきた。
一樹「人よりも、自己愛性は低いかもな。人に尽くすのが好きなんじゃなくて、自分のことがどうでもいい、って方が近い」
楓「なんでそうなったと思う?」
一樹「……自分を優先しても、結果につながらないからな。幸せよりも結果が欲しい。結果、結果、結果……。終着点が成功でなければ、それまでの過程は無意味と化す」
やっぱり、一樹は。
私たちとは決定的になにかが違う。
少なくとも、同じ十六歳がこの思想に行き着くとは思えない。
どういう境遇を、経てきたのよ。
あんたの、その思想はどうやって生まれたの。
一樹「二位も、三位も、最下位も、すべて一緒だ。一位以外に価値はない」
楓「……そう、ね」
私と似た思考だ。そんな発言をした覚えもある。
でも、一樹のそれは。
私のとは比べ物にならないぐらい重く聞こえる。
まるで、深海の水圧に閉じ込められたような気分だった。
*
一樹「なぜテイクがなければギブできない?」
みんなが一樹家の食卓を囲み、茶菓子を嗜んでいるときに彼はそう言った。
さっきの、みんなが来るまでにしていた会話の続きだろう。心のどこかにとっかかりを感じていたのか。
急な発言に、私以外は困惑している。
エレナ「どうかしたんですか?」
彼女は喋る前にお菓子を口元まで持っていきそこで止めた。手につかんだまま、一樹の方を向いてる。
一樹「お前らがそうだ、とは言わない。ただ、多くの人間は見返りがなければなぜ行動できないんだろうって」
エレナ「損したくないからじゃないですか? 損したくないのは、人間の知能が優れている証拠です」
一樹「違う、そうじゃない。なぜ損をしたくないんだ?」
ゲーミングハウス、という名の一樹宅へのお泊りをはじめて、ゲーム以外の会話が多くなった。学校ではゲームのことばかり喋っていたけれど、より親密にというか、より友人っぽい関係になったと思う。そして、いわゆる理知的な会話がスタートするのは、決まって一樹からだった。
楓「損したくないって、当たり前じゃない」
彩子「一樹はそうは思わないのか」
あいつは、本当になにを言っているのか理解できない。と言った様子だった。
一樹「損ってなんだ……? 報われないことを損って言うのか……」
楓「そうじゃね、たぶん」
一樹「じゃあ、損なんていつ来るか分からないはずだ。今現在の価値だけで損か得かなんて測れっこない。なのに、なぜ人は今、ギブできないんだ」
こういう議題のときに、エレナや彩子はなぜそんなことを話したのかを疑問に思うだろう。議題については、そこまで興味がないというか……あまりにも突拍子過ぎて、内容への集中よりもっと外枠で理解しようとする。私もそっちよりかもしれない。
でも、美咲は。
美咲「信頼したくないから」
電撃のごとく、一瞬にしてそう答える。ゲームでもそうだ、美咲の集中力はその場の状況にのみすべて注がれる。そういう子なんだ。
一樹「自分の損得を他人に委ねられたくない、そう思うかどうかってことか……」
美咲「そう」




