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61.ゲーミングハウス

楓「ゲーミングハウスっていいわね」


 と、私はみんなに言った。それに対する反応は、思っていたよりも芳しくない。賛同ばかりが得られるかと考えていたのに、実際は困惑を招いた。 一樹はやれやれといった様子でこちらを見ている。


一樹「まーた楓がなんか言ってる」

楓「なによ、そうは思わないの!」


 業後の教室には私たちと、他のグループがいくつか。当たり前の話だけど、それぞれのチームごとに個室なんて学校側が用意してらんないし、こうなるのは妥当。でも不便だ。

 人に聞かれたくない話をするときは、わざわざカフェやどこかのフードコートへ行く羽目になる。チーム内での簡単な決め事、相談事ぐらいはいいけど、作戦だったり、これからやっていく練習の話はできない。


 それで、私は昨日の晩に見たテレビ番組の内容に感嘆としていたのだった。


一樹「そんで、うちのお姫様は今度はなにをほざきやがるんですか?」

楓「なによ、別に良いわね! って言っただけじゃない」


 欲しいとは一言も言ってないわよ、今回は。


彩子「欲しいのか?」

楓「欲しい」


 図星を突かれたら発言するしかないじゃない。

 別に! これは言わされただけで、いつものわがままじゃないし。


一樹「そればっかりは無理だぞ」

楓「分かってるっつうの」

エレナ「んー、まあでも楓の意見は分かるんですよね。私たちっていっつも空き教室見つけるのに四苦八苦してますからね」


 チーム活動に精力的じゃない人たちなら問題ないけれど、気づけばうちは一年のなかで最強チームになった。機密事項が山盛りなのよね。

 というか、一樹の話す内容が高度すぎて聞かれたくない……ってのが本音。一樹がいるチームが最強チームになっちゃうんじゃないの? ってぐらい、あいつの講座はレベルが高すぎる。しかも分かりやすい――――なんか、説明慣れしてんのよね。誰かが疑問に思うであろう点を先にかいつまんで話したり、情報量が多いときは何度もなんども復唱してくれたり、いちいちみんなに伝わっているのかの確認を取ったり……。


 塾講師のアルバイトでも始めればいいんじゃないかしら。勉強もめちゃくちゃできるし。あの領域に達してるんだからゲームばっかやってるはずなのに、ユイカに次いで勉強できるんじゃないかしら、あいつ。


彩子「どこか安定して場所だけでも確保できればいいんだがな」

楓「そうよ、別にゲーミングハウスじゃなくてもいいんだから。一樹、どっか探してきなさい」

一樹「あほしね」


 冗談のやり取りに笑っていると、ユイカがやってきた。


唯花「ごきげんよう」

楓「おいすー」


 未だ心に引っかかるものはあるけど、一樹がキレたの境に会話ぐらいはできるようになった。

 なんだろ、喧嘩して仲直りしたばかりの会話みたいな……感じ? それがずっと続いてるような、そんな感じ。


エレナ「どもー」


 美咲は、ペコリと頭を下げていた。

 一樹に散々言われ続けたおかげか、ゲーム内の報告だけはそこそこできるようになったけど、まだコミュニケーションは微妙……。

 もう慣れたし、かわいいからマスコット扱いしてるけど、よくよく思い返せばそんなに仲が良いって感じじゃないのよね。こんなんだと、ユイカのほうが先に仲良くなれそうな気がするわ。


彩子「ちょうどよかった。ゲーミングハウスの宛てはあるか」

一樹「ゲーミングハウスじゃなくて、俺らが会議できる場所な」

彩子「あぁ……? ああっ! そうだそうだ、すまん言い間違えた」


 さりげなーく彩子が金持ちユイカにねだった形になったわね……。

 いや、それもあり?


楓「この際、ユイカならできるでしょ。どっか部屋借りてきなさいよ」

唯花「……? 一樹の家でやればいいじゃないですか」


 ん、場所知らないけど学校から近いの?

 私はそう問いかけると、一樹はツーンとした表情で応答しなかった。


楓「おい、喋れ」

一樹「うんち」

唯花「一応、やろうと思えばできなくはないですけど、親が裕福なだけで私自身はそれほどお金をもっているわけではありませんよ?」


 ウソつけ。


楓「あんた小遣いは?」

唯花「月に五万円ですが?」


 うぜえ、ばーか。


 中指を立てて眉間にしわを寄せていると、彼女はため息をついて歩き、そのまま一樹の前の席へ。黒板に対し横向きで座ると、右腕を背もたれにかけて一樹の方を見る。


唯花「あなたの家はダメなのですか?」

一樹「いや、まあ別に会議ぐらいならいいけど……」

楓「なによ。なに隠してんのよ」


 怪しいわね。怪しい!

 なんかニオイがするわよ!


唯花「あなたの環境は秘密にしているのですか?」

一樹「うん、最悪の可能性を考慮しててね」


 なによ、こいつらだけで内緒話して。ムカつくわね。

 私は一樹の後ろ席から、シャーペンで背中をつつく。


一樹「ちょっと痛い」

楓「あ、芯出てた、ごめ」


 キャップの部分を押しながら、芯を中へ入れる。そして、そのままつつく。


一樹「なんやねん」

楓「あんたんち行くわよ。今すぐに」


 ユイカが言うぐらいだし、どうせ近いんでしょ?


 と、予想してみたとおり……。

 こいつの家は学校から二十分ぐらいのマンションだった、しかも結構でかい。


楓「あんたも上流階級?」

一樹「……そうかもな」


 なーんか、こいつって自分のことを全然さらけ出さないのよね。どこか一線を越えないっていうか、なんていうか。

 信頼関係がないわけじゃないし、仲のいい友達だと思ってるけど……。なんだろ、ちょっと怖いときがあんのよね。それ以上は近づかないでね、みたいな。


楓「家、入られたくないなら……。別にいいわよ?」

一樹「まあ、いいよ。入られるのはどうでもいい」


 ときおり、ぶっきらぼうに話す。

 心の琴線に触れているときは、多分こんな感じ。


 嘘が下手なのよね、こいつ。口調とか、雰囲気とか、表情とか――――色々変わりやすい。

 入られるのは本当にどうでもいいんだろうけど、別のことが気にかかってるんだろうな、なにが嫌なんだろ。


楓「おーじゃまー」

彩子「こら、ちゃんと挨拶しないか」

エレナ「おじゃましまーすっ」


 家主が開けたドアを、本人よりも早く私はなかに入ってやった。彩子のツッコミどころがちょっとズレてるあたり、彼女に天然ボケが入ってるいい証拠だ。

 靴は一樹のやつと思われるのが一足だけ。両親はお出かけかお仕事中っぽい。


唯花「訪れるのは初めてですね」

一樹「……の、わりには情報通なようで」

唯花「すみません、後先考えずに発してしまいました」


 後ろでそんな語り合いが聞こえる。私たちはそれを聞こえないフリをして、玄関から上がった先で一樹を待つ。

 それから彼は自分の部屋を案内してくれた。


楓「へー、キレイにしてんのね。ほとんどなんもないけど」


 ベッド、パソコン、椅子、机。本棚には勉強用具だけ。こいつの部屋、なんかキモいわね。マジでゲームと勉強しかやってないんじゃないの。

 うら若き高校生が使ってる部屋とは思えない。人生の楽しみを、どこに見出してんの? Not Aloneは確かに楽しいけど、もうちょっと飾り気があってもよくない?


 人が生活している感じが、ほとんどしない……。


 考えすぎかしらね。パソコンで他の趣味をしてる場合もあるか。それこそ、別のゲームだったり動画サイト見たり、適当にネットサーフィンでもいいわ。ただ無骨すぎてびっくりしたけどさ。


楓「はよお茶出せ」

一樹「ちょい待ち。適当に座ってていいよ」


 そう言われた瞬間に、私は一樹のベッドへ飛び込んだ。


一樹「あんま乱すなよ」

楓「うるせーい」


 いい寝具使ってるわね、ふかふか。

 思わず布団に顔をうずめてみると、一樹の匂いがした。

 別にいい匂いってわけじゃないんだけど、好きな匂いだ。


エレナ「私もベッドに座らせてもらいましょうかねー」

楓「ムッ。ここは私のスペースよ」


 と、腕をおおっぴらに広げて、自分の土地と表明してみた。

 エレナはお構いなしに尻を乗せて、寝っ転がっている私の髪の毛を触る。


彩子「一樹は自分の椅子に座るだろうから……私たちは床だな」

美咲「食卓の椅子を借りればいいと思う」

唯花「名案ですね」


 そう言って美咲も部屋を出ていった。

 二人がいないうちに私は切り出す。


楓「あの二人って、なんか深い関係ある?」

エレナ「なにも聞いてないですよ」


 私もだ。と、彩子が続ける。

 唯花はなぜだかツーンとしている。なんか隠してんの?


楓「仲良し……ではないじゃん? 会話なんかロクにないし、目立って二人で行動する様子もない」

彩子「だが、言いたいことは分かる。一樹は彼女との意思疎通が得意だ――――言葉すら介さないほうが多いとすら思う」

エレナ「あの喋らないでも分かってるの意味不明ですよね。ゲーム中でもあの二人が生き残ったときの”2onなんちゃら”は連携力が凄まじいですから。勝つかどうかは別ですけど」


 あれが、いわゆるオシドリ夫婦みたいな通じ合いだったら、少しぐらいうらやましいと思うかもしれない。

 けど、そういうのじゃない。さっきも言ったけど、仲良くはないんだから。


 美咲のほうは一樹のことをどう思っているのかしら。あっちから話しかけてる姿をほとんど見ないから分からないけど、なんでも理解してくれる友人って扱いなのか、運命の人なのか……。

 

 一樹は彼女のことをなんでも理解してる、はたから見てて簡単に分かるわよ。私らが、彼女がなんて考えてるのか思案してるときでもスパッと答える。そこに本人がいてもいなくても、関係ない。表情から察してたり(そもそも無表情だけど)、身振り手振りで感情を読んでるわけではないのよね。

 それとちょっと変なのが、あいつは美咲とは過去に何の関係もなくて、高校から出会ったばかりのように振る舞う。でも、あいつは美咲をチームに勧誘した。これってすごい矛盾なのよ、あれだけ普段は理知的だからこそ、それが際立って見える。


美咲「もってきた」

彩子「ん、ありがとう」


 両手の脇に一つずつ、椅子を挟んで持ってきていた。

 暇だし、リビングとか覗きに行ってもよかったわね。どんな感じか興味ある。


 って、あれ。一個足りないじゃない。


唯花「渡してくれるのは嬉しいですが、ご自分の分をお忘れでは?」

美咲「……ほんとだ」


 ふふ、美咲も結構こういう天然かますわね。

 普段が真面目で素っ気ないから、彩子よりも印象強い。


一樹「今さらだが人数多いな。六人って」

唯花「お構いなく。と言っておきましょうか?」

一樹「楓が絶対にそんなこと認めねーよ」


 よく分かってんじゃないの。次はお茶菓子もってこーい。

 一樹は足でドアを開けながら、お盆を両手でつかんでいた。いい匂いがする、紅茶ね。


美咲「……紅茶」

一樹「前に言ったよな」


 何の話か問いかけると、一樹の趣味についてだった。

 へぇ、紅茶が趣味とか面白いじゃない。


楓「さぞ美味しいんでしょうね?」

一樹「まあまあ上手に入れられるぞ」


 ほー、なんでもできるわね。いや、むしろうちの集団って凡庸なやついないんじゃない? 全員優秀なグループってめずらしいはず。

 勉強も運動も……ユイカだけ運動苦手か、みんな得意だもん。


 おしゃれなティーカップが三つと、よくあるコップが三つ。ティーカップの数はあんまりないのかしら。三人家族……だと思っていいのよね、たぶん。

 量が多いからコップにしましょ。


 紅茶の作法とかよく知らんし、どう飲もうか。とりあえず匂いだけでも嗅いでみるか。

 おぉー……。ずっとここで呼吸していたいぐらい香しい。


エレナ「なにやってるんですか楓。鼻で飲む気ですか?」

楓「嗅いでんのよ」

エレナ「確かにいい匂いですけど」


 うまい。

 この紅茶を目当てに来ようと思うぐらいにはうまい。


一樹「んで、会議は」

楓「ちゃんとするわよ。あんた親はいつ返ってくんの?」


 制限時間がわかんないと、どこまで話せるか分からないからね。

 今日はユイカにうちの戦い方の説明ばっかすることになるだろうし、中途半端なところでやめたら分かりづらそう。


一樹「親は――――今日は帰ってこない」


 ふーん。

 嘘ついてる。


楓「あんた、顔に出てるけど」

一樹「……あんまり詮索するな」

楓「やだ。親はどこ、生きてんの?」


 一樹がつらり、つらりと語りだす。親は生きていて、両親ともに海外へ。今はずっと一人きり。玄関口に靴が一つしかなかったのは、そういうことね……。特殊な家庭環境、妙に大人っぽいのはそれが原因か。精神年齢が私たちに比べて高いと思うシーンはこれまでに何度もあったけど、ちゃんと裏があった。


 精神年齢がどうやって育つのか私は知らないし、生きているだけで伸びるとも思えない。ある種の蓄積されていく経験値がそうさせるのか、もしくはなにかをきっかけに開花されるものか。

 こいつに聞けば、あるいは分かるだろうか。


彩子「一人、なのか。普段」

一樹「いつもみんなとネットでゲームしてるし、孤独って感じじゃないけど」


 学校では私たちと一緒にいるけど、これって結構めずらしいことよ。ユイカも含めれば女五人に男が一人のグループなんて見たことない。NAチームだってことを踏まえると、学校での友人は他にも作るはず。だけど、一樹は学校で私たち以外とそこまで会話をしていない。

 まるで、わざと知り合いを狭めるかのように。


 なんだかんだ、私らは女だから話題が噛み合わないことだってある。男の子っぽい話だって楽しみたいはず。

 でも、あいつはそんなことしない。ついていけない話題にはついていかない、暇なら勉強してる。人生の最大効率化でも図ってるみたいだ。


 そんな光景を、私は”やっぱりNAが常識はずれに上手いぐらいだから、変人なのかしらね”なんて思っていた。


楓「あー……」


 なにか、理由がある。

 それは推測できない。


 一樹の『根が真面目』だったから空き時間で勉強ばかりしていて、同年代よりもはるかに大人っぽくて、時代の何年先も行くゲームプレイをしていて、人に教えるのが異常に優れていて……。そして、友人をわざわざ作らない。ほんとうに、それが理由? 真面目だから?


 これが、同じ人間だとは思えない。世の中には限界ってものがある。

 使える時間の限界だ。こいつは、あきらかに人間に習得できる限界量を突破してる。まだ十六歳なのよ――――あいつが?


 ……でも、私にはそれがなぜなのか知る権利はないし、知る必要もない。話したくなれば、どうせ話す。悩みがあるなら、いつか打ち明けるはず。

 傍若無人で振る舞う私とて、越えてはいけないラインを分かっているつもりだ。他人を苛立たせるのと、傷つけるのは別種なんだから。


エレナ「楓? どうかしましたか」」

楓「んー、ちょっと考えてる」


 突拍子もないことを言う、と私は人からそう告げられる。自分なりに考えて、面白いことを探してるだけって感じなんだけど。

 

 ニヤリと、思考よりも先に顔の筋肉が動く。

 一樹が嫌そうな顔をしている。なによ、文句あんの?


 辻褄はあってんのよ。誰もいろんなことを気にして言わないだけで。

 これは、越えてもいいラインだ。


楓「ねえ一樹」

一樹「嫌だ」

楓「ここをゲーミングハウスにするわよ」

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