60.UnNamedTag
唯花「では、まずUnNamedTagについてお伝えしましょう」
誰も人がおらず、かつホワイトボードや黒板のような板書ができる設備が置いてある教室と言えば……どこがありますかね。
この学校には残念ながら部室棟のような学習用途とは別の、グループ活動をメインにした建物が存在しません。それもそのはず、esportsの競技タイトルは数多く、Not Aloneは所詮その一部に過ぎませんから。別のゲームを学ぶための高等学校が、同じ系列で関東を中心に点在しているのです。そのため、一つ一つの設備にお金がかけられないということになります。急ピッチでどの校舎も建てていますからね。
そんなわけで、私たちは誠に不服ながら1-7組を使わせていただいているのです。無理を言って、他の生徒たちには出ていってもらいました。見張りには匠をつけて、録音機などで会話内容が聞かれないように彼に教室内の調査もしてもらいました。これで、完全に私たちだけの空間になったのです。
一樹「それは聞いておかないと困るの?」
唯花「ええ、あなたが日本で一番強くて、これから日本大会で優勝することが可能だとしても、です」
一樹「じゃあ教えてください」
前置きも長いですが、必要な措置です。
下手に口にしなければ危害が加わることはないと思いますが、きちんとその危険性を伝えなければなりません。
唯花「まず、ゲーム機の開発の話からいきましょうか。楓、どの会社が作ったのかご存知ですか?」
楓「えーと、MaxWell社が作った」
そうですね。
私は黒板の前にたち、彼らには前から二列目までのどこかへ適当に座ってもらっている。
中央には一樹と美咲が。楓と彩子が窓側に、エレナは反対側で孤立している。
唯花「その傘下に如月財閥も加わっているので、父の友人や使用人から開発秘話を聞いていました。そこで耳に挟んだのがUNTです」
楓「うんちの略?」
唯花「違いますよ? UnNamedTagです」
やーいうんちだー。わーいわーい。などと、美咲と彩子以外の三人は大盛りあがりでした。
もう高校一年生のはずなんですが……なにがそこまで楽しいのでしょう。
唯花「ゲーム機の名前はEternal。この機種は今までのゲーム機とは革新的で、両手に握った棒から微弱な電気信号を受信。それと首につける輪っか……これが脳波を受信し、まあ色々と紆余曲折を経て、叡智が詰まる機械のおかげで脳内に映像を出現させているわけですね」
楓「科学ってすげーわ」
一樹「ああ、マジでな」
さて、この脳波を受信する首輪。
これが問題です。
唯花「この首輪は脳波の受信装置。一部の人間から発せられる特殊な脳波を受け取ったとき、ゲーム側はその人にUnNamedTagを与えます」
一樹「要するに、そのTagはなんなの」
唯花「そうですね――――特殊能力……と言えば、近いでしょうか」
彼は、眉毛をぴくりと動かしました。表情に出やすい方ですね、なにを考えているのかよく分かる。
とても、不快そうでした。
唯花「例えば、私にはUnlaveledPlayer……。通称、ゴーストがつけられていまして」
みなさん真面目に話を聞いてくれました。
この切り替えの早さは、一ヶ月で一樹が作り上げたものなのでしょうかね。
唯花「効果は”認識阻害”になります」
エレナ「中学の時の噂は、やっぱり間違っていたんですね……」
一年前と二年前……。私は日本中学生大会で優勝を果たしている。
それらの試合は、至るところで談合行為が取り沙汰された。
理由は私のUnNamedTagだ。
唯花「ええ。世間で言われてきた、敵チームの私に気づかないわざとらしいプレイは、確かなものだったのです」
一樹「意味が分からない。忍者とかポケットとかそういう見落としやすいポジション取りが好きで、なおかつそれを使うタイミングが上手いって話じゃなくて?」
とことん理詰めですね、あなたは。
そういうのとは次元が違うのですよ。
唯花「実際にやってみますか?」
一樹「この前ボコったじゃん、あのときは本気でやってなかったってこと?」
唯花「そのとおりです。……ただ、UNTがあったとしても勝ってはいないでしょうが」
へー。と、彼は腑抜けた口調で言いました。
信じられないのも、無理はありません。
逆に、彼女たちは素直に信じていますね。これまで、何度も大会のシーンでは実際に見せてきましたから。
これが、私が影の女王と呼ばれる理由の一つです。
爆破ルールのFPSにおいて時間とはかなり重要な『資源』です。
攻め側なら時間があれば攻める方向を変えたり、細かい連携について事前に話し合える。
守り側であれば敵が単純な攻めしかできないようにさせたり、クリアリング量を減らすことができます。
そう、このクリアリング量が私のUNTに関係しています。
攻め側というのは、普通なら時間がないときにわざと索敵を細部まで届かせず、素早く敵地へ侵入しようとします。
私のUNTはその『索敵を細かくするかどうかの意識』を操作する能力。
時間が大幅に余っているのにも関わらず、相手がクリアリングを甘くしてしまう。そんな能力なのです。
油断、甘え……それらを引き起こす能力といっても過言ではない。これが、私を中学最強にまで上り詰めさせたUNTになります。
一樹「嘘くせえ」
楓「いや、あながち嘘じゃないのよね……。大会中のこいつは、マジで運が良くなんのよ」
一樹「運がいいねえ……。クリアリングとかパターン化してるから、俺なら絶対忘れないけど」
私があなたなら、同じことを思うでしょう。
クリアリングの順番なんて、だいたいパターン化しているものです。どこをどの順番でチェックしていくのか、これがズレるとは到底思えないでしょう。
けれど、それは事実として起こり得る。
一樹「へえ。それが本当なら、敵チームによってはメンバー交代するのも全然ありだな」
エレナ「どんなチームならいいんですか?」
一樹「そりゃ攻めがスローテンポなチームだよ。そういう系のやつらは連携のミスが減る代わりに、状況に応じた動きが時間の問題でやりづらくなる。事前に決めていた動きを強行するしかない。その手の奴らにはユイカを活かせばいい」
さすが、一瞬でそこまで把握しますか。
私が所属していたチームも、そのやり方でした。
私と匠が情報網を使って敵の作戦や配置、指揮官の思考法を取得。敵に対する対策作戦の使用と同時に、時間稼ぎをするだけでも私のUNTが勝利へつなげる。
――――SpeedStarと3dN以外になら、同年代で私たちを越えられるものはいなかったはずでしたが、一樹の登場は想定していなかった。
ああ、忘れていましたが本当に話したいのはUNTそのものの説明ではなくて、一樹がどのようなUNTを持っているのか、についてでした。
かなりズレてしまいましたね。
一樹がどういう経緯で未来からやってきたのかは分かりませんが、それだけで現在起きている事象全てを説明するのは難しいはず。
仮に味方を……美咲とエレナを知っていたとしても、それが活かされるようなチームをどうやって作り上げるのか。
楓と彩子の二人はどう計算する。そして当の本人の圧倒的過ぎる撃ち合いの強さと判断の速度はどこで手に入れた。
未来からきていたとしても、あまりに不可解な強さをしている。この2023年のNAですら、技術の進化は止まると言われてきているのに……あまりに前衛的だ。
唯花「あなたたちは、なにかしら異常なまでに得意なシチュエーションがあると思ったことはありませんか」
楓「ないわよ、そんなもん」
いの一番に彼女が答え、他のみんなも同調している。
しかし、理論家であるはずの彼だけが静かに佇んでいた。
一樹「俺は、1on1よりも1on2以上の方が得意だ」
楓がすぐさま「あー、あんた確かにそういうの得意よね」と言った。
一樹「それは、例えばEternalってゲーム機が変わったとしてもそうなのか。例えばPC上で動くNot Aloneもあるだろ、人気はないけど。そっちでプレイしたらUNTは消えるのか」
なにかに、気づきましたか。
どうやら彼は未来でUNTの知識については得られなかったようですね。私の推察では、UnNamedTagは自然と表面化していくものだと考えていましたが、おそらく五年から七年以内には広まっていない。
彼は嘘をつくのがあまり得意ではないようなので、あの面持ちは純粋な疑問を解消している、といったところでしょうか。
唯花「それについては実験済みです。他のゲーム機ではUNTが消えています」
一樹「……ほーん。まあいいや、んでそれがどうしたの」
唯花「あなたは自分がそれを持っていると思ったことは?」
一樹「あるにはある。俺は限りなく負けられない状態に陥った時、1on2以上で良いプレイがしやすい」
チームのエースプレイヤー。しかも、ピンチになればなるほどに、ですか。
まるで主人公にふさわしい能力ではありませんか。
楓「でも、こいつのやってることってほんとーォに理屈に伴って動いてるだけよ? なんでそういうプレイをしたのか、って質問したらちゃんと全部返ってくるんだから」
唯花「それが思いつくだけでもUNTの可能性すらあります。Eternalは人の脳波へ影響が出せるように設計されていますから」
彩子は、ビシっと手をまっすぐ上に伸ばした。
唯花「なんです」
彩子「そのUNTとかいうものを把握して、どうしたいんだ?」
唯花「それを用いた戦略を使いなさい。という教示です。一樹が今の状態でも強いのは確かですが、UNTを持っているのならそれを活かすような戦い方をするべきだと、私は思っています」
一樹が笑った。
一樹「あぁ、大丈夫。そういうのもやったことあるから」
やった、ことがある?
過去にですか。
彼がここにいるのとなにか関係があるのでしょうね……。
一樹「チームの特大エース、そいつらのためだけにチームを動かす。こういう戦術は常に使われてきた、プロシーンですらも」
この言い回し。プロを、研究のためだけに見てきた人の言葉ではない。
ただ考察していただけの人が、ここまで自信を持って語れるか。いいや、そんなはずはない。
これは、実際にプロシーンへ参加していた人物の経験だ。
一樹「やり方は分かるから心配はいらない」
エレナ「一樹さんが、クラッチプレイが得意だよーっていうのを前提にした指揮をマスターしてるってことですか?」
一樹「そうだね。近い将来、美咲もそういうプレイヤーになるし、そういうことを試してもいいかkもね」
美咲とエレナは過去に同じチームを組んでいたと告げられた。そのとき、美咲は一樹と同様にクラッチプレイヤーだったのでしょう。
美咲「そうなの」
一樹「そうだよ」
彼は――――。
その指揮戦術を使って、負けた――――?
いや、そこまでは分からない。美咲がどの程度まで強力なプレイヤーなのかは定かではないので確言はできませんが、仮に私が指揮官なら……美咲を中心に戦術を組み上げる。
彼の過去を推察するしかないのが、もどかしい。
一樹「まーそういう講座なら分かりましたー。って感じっすね」
楓「他にはなんかないの、ユイカ」
唯花「ええ、まだありますよ。次は新型ゲーム機の話についてです」
新規の機種が出た場合、そのゲームソフトは基本的には廃れますが、esportsの場合は違います。
Eternalは世界初の脳内プレイ型ゲーム機で、かつesportsタイトルに特化しています。その理由は、UNT所持者をサーチするための装置、仕組みが取り付けられているからです。他のゲームもできないわけではありませんが、脳内での再現性は低い。グラフィックに特化したり、広大なフィールドを駆け回るようなゲームでは、そもそも制作会社が二の足を踏むのです。失敗したら開発費はおじゃんですからね。
唯花「次の機種はEternal.EXと言います。それはUNTの発見率が上がるそうです」
一樹「詳しいな」
唯花「如月財閥が出資と開発をしているのですから、それなりに情報の入手経路はあるのですよ」
色々と失ったものもあります。
唯花「それで、Eternal.EXとEternalは別機種ですが、同時プレイ可能な設計です。つまりは、一定期間の間、二つの機種は混在するはずです」
一樹「EX持ちが有利だな。UNTの発見率だけか? 応答速度や、人体に対する負荷とか、その手のバフは?」
目の付け所がいいですね、やはり気になりますか。
唯花「システム上の有利点はありません。ただ、現在は両手に持つ棒状の形になっていますが、首にかけるだけのネックレスタイプに変わります。よって、手汗で滑る心配や、握力の浪費がありません。疲れにくくなって、長時間のプレイができますね」
彩子「それはありがたいな。正直、今の両手に持つやり方は疲れる」
エレナ「となると、接続方式は有線ではなく無線になるんですよね?」
はい、そのとおりです。
唯花「現在は有線でパソコンにつなげ、共通のサーバーへ接続という形。もしくは、ゲーム機同士を直接つなげる、もっとも遅延の少ない形が好まれています。しかし、今度のEternal.EXは無線しか認めていません。パソコンへ接続する場合はbuletoothオンリーです」
一樹「うわあ、ありがちな改悪って言われるやつじゃん」
唯花「心配ご無用、遅延については問題ないそうです。Eternal.EX同士で無線接続する場合の遅延は、ほんとうにごく微小なものらしいですから」
嘘かもしれませんけど。
おっと、また本題とそれてしまいました。
唯花「それでこのEternal.EXですが、大会の賞品として出されると私はふんでいます」
一樹「……んん? 販売しないの?」
唯花「しますよ。ただ、一般向けに販売するのは少し遅れるかと」
そりゃなんで? と、彼は言った。
続けて楓やエレナ、彩子も疑問符を浮かべている。
美咲だけは表情が読めませんね。空気が薄い。
ゲームで戦うにはかなり骨が折れる、存在感のある方なのに……。
唯花「UNTの発見率が実際に上がっているのかどうかを確かめるため、ですよ」
一樹「……ほー、なるほどね。そりゃ面白い発想だ」
楓「え、え? どういうこと、なにが?」
どうやら美咲も分かっているようですね、結構なことです。大変、優秀な方。
一樹「大会で上位入賞してる奴らは、UNTを持っているであろう確率が高い。ネットに繋げたときに、裏で脳波のデータを送信する機能があるんだろ」
唯花「ご明察、そのとおりです。これは私のアイデアではなく、匠が情報を集めて導き出したものですので、ぜひ彼を褒めてあげてください」
なので結局なにが伝えたいのか、と言うとですね。
唯花「Eternal.EXが賞品として出される大会だけは、絶対に優勝してください」
UNT所持者と非所持者の間には、かなり大きな差が生まれます。
唯花「先に確保して、もしあなたたちがUNTをつけられるなら……それは圧倒的なまでの強さをもたらします。」
一樹「ユイカは確保できないのか? 如月財閥ってことで」
唯花「もちろん努力してみますが、約束はできませんよ」
彼は楓の方を向いて「なあ」と切り出しました。
一樹「3dNとSpeedStarに公式大会で戦えるのっていつになんの?」
楓「公式大会って言い方は変だけど、三月が学年無差別の対抗戦」
一樹「遅えな、夏のやつは学年対抗だっけか」
楓「そーそー、冬も同じね」
彼は少し押し黙ると、なにかを考えているようだった。
一樹「あと五月に入ったらもうちょっと難しいことやっていこうか」
彩子「難しいこと?」
一樹「操作とかそういうのじゃなくて、もっと大きな概念的な話。俺が好む戦術以外もやっていこうかな、って。そうしたら相手がやってきたときに対処法が分かるでしょ」
なにやらまたレベルの高いことをやろうとしていますね。
対策ではなく、自分たちがやるのですか。
一樹「だってさユイカ。俺が取ろうとしてるのは世界一なわけで、だったらそれを目指す人の練習をしないといけない。だから日本一を目指す奴らは世界一を目指す奴らには勝てないのさ」
なぜか、彼が嘘をついているように見えた。




