58.真相
彼の技術は何年先を行っているのでしょう。あまりにも差が開きすぎていた。Not Aloneそのものというより、FPSという種類についての理解度が桁外れだった。
おそらく、彼はうちの高校……いや、日本で最も強い。指揮官としてなら世界でもトップクラスに通じる技術があるでしょう。話をしていて、そのように想起させられる。
これほどとは思っていませんでした。彼に勝つ方法は考えるだけ無駄です。
予定通り彼をこちらへ引き込むことにしましょう。どんな搦手で攻めるのか、悩みますね。
匠「ユイカ様。彼の素性ですが、至って平凡な男としか……」
唯花「彼が? 彼の指揮能力はUnNamedTagでは表現できないはずですよ。あれは才能の開花とは別種です」
匠「ですが、有力な情報は入手できませんでした」
どういうことでしょうか。なぜあのレベルの能力を持ったプレイヤーが、唐突に?
まだ詳細が明らかになっていない新種のUNT……ということも考えられますが……。
唯花「あなたはUNTだと思いますか?」
匠「いいえ。しかし」
しかし。で、彼は留まった。私はロッキングチェアから立ち上がり、机にあるパソコンの前へ移動する。今ではめずらしくもなくなったゲーミングチェアに腰かけて、TORブラウザを起動する。
一般には公開されていない、情報通のみが知っているURLをブラウザへ打ち込む。
それにしても、匠の口が回らないようですね。普段ならもっと淡々と説明してくれるのですが。
浮かない顔をしていますし、疲れているのでしょうか。
唯花「しかし、なんです?」
匠「不可解なことが多すぎますね。一条 一樹が今まで一切、世間にその姿を表していないのが不可解です」
唯花「poppyなども同様でしょう。彼もオンライン上ではその強さを遺憾なく発揮していましたが、zipp0の弟であると知られたのはかなり先の話です」
私は新規のUNTに関する情報が載っていないかを調べた。マウスホイールを転がしては見ましたが、どうやら掲示板に最新のレスはないようですね。
英語圏の情報だけでは足りませんね。アジアの情報サイトも見てみましょうか……。
匠「ユイカ様。私の個人的見解になりますが、宜しいですか」
その声色は、鬼気迫るものだった。
構いませんよ。と、私は了承した。
匠「あれが、私たちと同年代の生物とは思えません」
唯花「……? それはどういう意味ですか」
匠「過去を洗いざらい調査し、現在の情報も調べたからこそ分かります。まるで人が変わっているかのような印象を受けるんですよ」
人が変わったかのような……。
それが才能の開花、では? と、私は述べた。
匠「いいえ。ユイカ様のUnlaveledPlayerは、決してあなたそのものを変えることはなかった。人としての変化はなかったんです」
唯花「――――中学時代までの彼は、今のような佇まいではなかった、と?」
匠「私の個人的見解に過ぎません。思想の変化はさほど見られませんでしたが、人間としての能力の話です」
能力……。
あれですか。
唯花「人の実力を見極める、能力ですね?」
匠「それは一部です。どちらかといえば経験則から基づくあれこれを、すでに会得している……と、表現すればよいでしょうか」
経験則から基づく……。なるほど、面白い意見ですね。
さすが、私の右腕です。
唯花「つまり、なにが言いたいのですか?」
匠「そこまではなんとも。ただ、怪物ですよ、あれは」
匠は、声が震えていた。
なにを、そこまで怯えているのですか?
たかが、高校一年生の学生でしょう。
唯花「ですから、仲間に引き入れようと画策しているのではありませんか」
匠「ユイカ様、そういうことではないのです。たった、何ヶ月かの間ですよ? 中学三年生の三月から四月の二週目までで、人が本当に変わった!」
唯花「あったことを、すべて話しなさい」
匠は、ぽつりぽつりと話はじめた。
匠「彼の自宅に、盗聴器を設置しました」
さすがですね。
日向 楓のときも、同じ戦法に出ました。効果は絶大だった。
匠「彼には両親がいますが、仕事の都合で海外へ行っているようです。そのため、独り言を盗聴することになります」
唯花「そうですか。両親がいないとは、一般人とは環境が違うのですね」
またも、匠の声に震えが戻った。
なにが、そこまで――――。
匠「殺したい。と、ずっと言っていました」
……誰を?
匠「心が、壊れています。彼は」
殺したい……?
匠「盗聴した内容を、ユイカ様にお聞かせするのは、はばかられます」
唯花「凄惨な……内容であった、と」
匠「自身の殺人衝動を抑えようと苦悶している声と、どこかへ……帰りたいという言葉が……」
帰りたい……?
意味が、分かりませんね。
匠「あれをチームメイトにしたいとは、思えません――――」
唯花「なにを馬鹿なことを」
匠「怖いです、ユイカ様……」
そこまで、匠を怯えさせるもの……だったのですか。
いえ、殺人衝動を抑えようとしている姿が事実ならそれも当然ですか。
私と会話をしたときは、あれほど親切な方はめずらしいと感じましたが、あれは偽りの姿ということに。
どちらが、本当の彼なのか。
唯花「正攻法では過去の調べがつかなかったんですよね?」
匠「はい……」
唯花「なら、直接聞くまでですね」
匠「お、お待ちくだ……ッ!」
後ろで喚く彼を放って、私は自室を出た。
ただトイレに行きたかっただけですよ?
もう夜更けですからね。
*
匠の忠告はありがたいことですが、私は自分の目で見るまでは信じない主義なので。痛い目にあうかどうかの判断も得意ですし、失敗するつもりはありません。
それに、うまく彼の過去を引き出せればチームへ引き込むきっかけになるでしょう。
チャンスを伺いたいところですが、想像以上に日向 楓たちと一緒にいますね……。
なぜ彼のチームはちょうど同じクラスで五人集まれたのでしょう、かなりめずらしい確率では?
エレナ「あ、またユイカさん来てますよ」
むっ……。自分でいうのもなんですが、身長はあまり高くない方なので目立たないはずなんですが……。
エレナ・マカロワ・ジュガーノフ、かなり鋭い方ですね。
昼休み中に彼を連れ出すのは難しいかもしれません。
逃げ出そうと思っていると、彼は日向 楓を抑えながら廊下へ出てきてくれました。
一樹「どうかした」
唯花「二人でお話できますか?」
一樹「いいよ。みんな、先に飯くっといて」
視線が突き刺さる。
それを受け止めながら、私は彼を連れて屋上へと向かった。
一樹「なにかあった? 楓がなんかした?」
――優しい方ですね。
匠があれほど恐れる人とは、到底思えない。
唯花「あなたに興味がわきました」
一樹「……うん?」
ベンチへ座り、顔ひとつ分は高い彼を見上げる。
よく聞く話では、だいたい三十センチほどがハグをしやすい身長差らしいですね。
唯花「あなたのことをお聞かせ願えますか」
一樹「俺自身について?」
そうです。と、私は大きく頷きました。
唯花「あなたは――――自身の成長速度をどう思いますか。中学生の頃と、今現在の強さの差について、どう考えますか」
睨まれたり、表情を曇らせたりするかと予想していましたが……。
見てごらんなさい、匠。
こんなにも気さくに微笑む方が、他にいらっしゃるでしょうか。
一樹「頭がいいね、ユイカちゃん」
唯花「いいえ、それほどでもありません。ただ、少しばかりあなたの経歴を調べさせていただきました。どうやら他のどんな大会にも出場したことはなさそうだったので、あの指揮能力がつくとは考えづらい」
一樹「……ユイカちゃんぐらい賢い子って、結構いるもんだね」
私ぐらい?
それについて尋ねると、彼は「なんでもない」と言いました。
一樹「うーん、そうだな。いきなり強くなったね、俺は。いろんなことが見えるようになった、ゲームに限らず……どんなことも」
やはりUNTでしょうか。
しかし、ゲーム外にも適用されるとなると、おそらく間違い。
なにが、彼を変えた。
それを知ることの有意性は、あるのか。
それを知るために、やぶ蛇を突くことになるのか。
唯花「話せませんか?」
一樹「そう――だね。あんまり話したくないかな」
唯花「それは、なぜですか?」
焦ったか。
急いては事を仕損じると言いますし、もう少し段階を踏むべきだったか。
彼の口が再度ひらくのを、私は待っていた。
一樹「心の拠り所を作りたくないから」
それは。
――――その答えは、私が思い描いていた予想図とは大きく異なったものだった。
ああ。
私は、彼を傷つけた。
そんな、気がする。
一樹「自分の”弱み”を、”悩み”を伝えるというのは――――細い一本道を渡るのに待避所を作るのと同義だ。なにかへと挑戦をするときに、一歩戻って息を整える場所なのさ」
日向 楓のチームを崩したときよりも、ずっと罪悪感があった。
なんて私は軽率な行動をしたんだ、って。
なんで、私はもっと彼のことを思いやらなかったのか、って。
『彼は、ずっと他人のことを考え続けている』
一樹「それを失うぐらいなら、最初からないほうがいい」
なぜ彼がそんなことを言ったのかなんて、まったくわからない。
なにが、彼を追い詰めているのか、まったくわからない。
それなのに、なんで……。
なんで、こんなにも……。
感情は伝わるのだろう――――。
一樹「味方は、少なければ少ないほどいい。後悔する量が、減るからね」
泣いている。
きっと、彼は気づいていない。
目に涙が溜まっていなければ、泣いていないと思っているのだろう。
唯花「――――思いやりこそが、あなたの強さの源……ですか?」
私には、彼の過程がなにもわからない。
でも、伝えたくなった。
あなたの感情が伝わってきたのだから。
私も、それに応えたくなった。
一樹「別に――――誰かを傷つけるのも、自分が傷つくのも好きじゃないってだけなんだ。それを思いやりって呼ぶのかは、知らない」
唯花「私では、不服ですか。まだ、出会ったばかりの私では、ダメですか」
彼は鼻から息を一つ鳴らした。
一樹「俺のなにが知りたいの?」
……なにが。
なにが……?
唯花「なぜ、そこまで強くなれたのか。についてですよ」
一樹「不服って言葉は、そういうときに使うものかな。ユイカちゃんはどうなりたいの」
私は……?
私は……。
一樹「強さの理由ね、教えてあげる。時間だよ、時間。いっぱいゲームをすれば誰だって強くなれるよ」
違う、そうじゃない……!
それを聞きたかったんじゃない!
唯花「なぜ! あなたはいろんなことが、見えるようになったのですか……!」
一樹「俺は、俺のために動こうとする奴と仲良くなりたくない」
その一言で、血の登っていた頭はすぐに熱をなくした。
一樹「俺は自分のために動く奴が好きだ。俺以外のために動くやつが好きだ」
彼は、立ち上がった。
一樹「何でも見えるわけじゃない。見てきたものだけが、見えるだけだ。これも時間だよ」
そう言って、彼はドアへと向かって歩き出していった。
これで、終わっていいのか。
なにか、武器は。彼を引き止める武器はないか。
冷静になりなさい、如月 唯花。
私は彼と親密な関係になりたいわけではないでしょう。私の目的のために動く駒として、彼が欲しいのですから。
唯花「エレナ・マカロワ・ジュガーノフ、そして鳴宮 美咲を以前から知っていると言っていましたね」
……なんだ、この感覚は。
点と、点が線になって結びついていく、そんな感覚だ。
唯花「彼女たちと、いつから知り合いだったのですか」
彼は笑い、そして振り返って唇を事細かに動かす。
それが、なんと言ったのかは聞こえなかった。
一樹「やっぱり、頭がいいね」




