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57.素性の見えぬ男

 彼の強さには恐怖すら覚えます。なんでしょうね、あの感覚は。言葉にし難い――――一方的な蹂躙のようにも思えるのに、大胆不敵に攻めるだけではない。あれは、すべての行動に意図がある。そうでなければ、あれほどの読み合いの強さは生まれない。

 そうです。彼の強さの真骨頂は撃ち合いや操作技術ではなく読み合いにあるのです。しかもそれは、敵の動きを予想するものではない。

 

 こちらの動きがコントロールされている。


 常人の場合は、ただ敵の動きを予想するだけ。

 彼の場合は、敵の動きを縛ってから読み合いを始める。


 だからこそ、あれだけの『支配感』にかられるのだ。

 こちらの動きがすべて予測されているように思えていたけれど、それは正しくない。

 こちらの動きがすべてコントロールされているから、予測の領域にすら経っていないのだろう。


 どうすれば勝てる? あの知力を打ち破る方法が思い当たらない。

 個人技で負けている相手に、指揮で勝つ方法はなんだ?


 わからない。

 その方法が存在するのかどうかさえ、わからない。

 私の才能では、あと何年かければ彼の指揮に勝てるのか。


 同じ、十六歳であの領域に到達できるだけの才が、こんなところで学生を続けていいのでしょうか。

 あれは、世界に通じる……。 

 この学校で、いや日本で優勝するには彼をチームに引き込まなければ、敗北は必至。


 また、やるしかないですね。




唯花「もし。お話を聞かせていただきたいのですが」


 体育の授業で都合よく彼のクラスと合同になれました。体育館で、日向 楓たちに気付かれないように配下の者たちが彼女たちに会話を仕掛ける。その間がチャンスでした。

 彼は無愛想でしたが、その性格の良さはにじみ出ていました。


一樹「ん。前、対戦した人だっけか」

唯花「そうです」

一樹「楓となにか過去にあったのか」


 そういう流れになっても不可解ではないですね。


唯花「以前、彼女のいたチームからメンバーを引き抜いたことがありまして」

一樹「ああ、そんなことか。どうでもいいな」


 どうでもいい?

 引き抜きという行為が当然だと思っているのか、それとも興味、関心がないという意味か。


唯花「どうでもいい、ですか」

一樹「勝ちたきゃなんでもやる。当然だろ? ”二位も、三位、最下位も、すべて一緒なんだから”」


 この方も、私と同じなのですね。


 どうか時間さえあれば……。あなたの過去を聞いてみたい。

 なぜ、その思想に陥ったのか。尋ねてみたい――――そう、切に願います。


一樹「で、お話ってのは」

唯花「どういう風に指揮について考えていますか?」


 答えていただけるとは思っていませんが、交流を深めるきっかけになればそれでよいでしょう。

 さて、どうでますか。


一樹「んー、敵に塩を送れ、って?」

唯花「……そうなりますね」


 別にいいけど。と、彼は言った。

 

一樹「味方の報告を聞いて、敵の位置を予測。あとは決まっていた動きのなかから刺さると思うものを選択する」


 意外にも淡々と、それでいて簡潔で理知的な回答でした。

 まるで用意していたかのような返答速度ですね。聞かれ慣れているのでしょうか。


 しかし、その答えはあまりに凡夫。そんな程度で、あの強さは生み出せるはずがない。

 なぜあそこまで敵の動きを把握できているのかが知りたいのです。いや、むしろコントロールの方法というべきか。


唯花「……ほんとうにそれだけですか?」

一樹「まあ、企業秘密もあるよな。そりゃ」

唯花「教えてはいただけませんか?」

一樹「んー……。まあいいけど、そんな短時間で喋れるもんじゃないから、また今度会ったらでいいか?」


 確かに、体育中の隙間時間で説明できるようなレベルにあるはずもありませんね。

 それに二人きりで会う約束も取り付けることできましたし。


 ……いえ、二人きりとは言ってませんね。そんな落とし穴には引っかかりませんよ。


唯花「他の方を交えずに会えますか?」

一樹「そのつもりだったよ」


 ほう、そうですか。それは幸いです。ガードが甘い方で助かりました。

 

 嫌な殺気が私を襲う。

 これは日向 楓ですね。


唯花「では、業後に屋上へ来られますか?」

一樹「いいよ」


 口撃を浴びせられる前に、急いで逃げましょう。

 すたこらさっさです。




一樹「へー。この高校ってベンチだの植木鉢だの、きれいだね」


 どこもこんなものでは?

 他の高校を見たことがないのでなんとも言えませんが。


一樹「もっとボロボロの床にサビだらけの金網とかだと思ったけど、こりゃいい談笑場だ」

唯花「そんな場所を相応と思うなんて、夢がありませんね」

一樹「夢、か。そうだな、もっと上ばかりを見るか」


 ネガティブ思考なのでしょうか。常に最悪の事態ばかりを想定してプレイする、とはSpeedStarのzipp0の金言ですが、彼もそのように考えていそうですね。


一樹「で、なにから知りたいの」

唯花「あなたたちのチームは三週間では到達できない領域にいました、どんな手腕を用いればそうなりますか」


 彼はしばらく黙ると、ベンチへ向かって歩き出しました。そして座ると、隣をぽんぽんと叩いて、私もそちらへ来るように合図しました。

 男性にこのような仕草を自然とされたことはありませんね。こういうのを天然ジゴロと呼ぶのでしょうか。


一樹「とりあえずこの学校の誰が聞いても真似できないから意味ないんだけど、それでも聞きたい?」


 真似が、できない?

 私は、頷いてみせました。


一樹「全員の実力をまず図る。どのぐらいの能力を”今”持っていて、どのぐらいの才能があって、なにが得意か、なにが苦手かを把握する」


 ……言うのは簡単ですが、そんなこと無理でしょう。

 たとえ、あなたでも。


一樹「まあ、なんだろうな。俺はエレナと美咲についてはそれなりに昔から知ってたから問題なくて、楓と彩子さんは分かりやすい性格だから起用も簡単だった」


 これは興味深い情報ですね。

 昔から二人を知っていた? エレナ・マカロワ・ジュガーノフはともかく、鳴宮 美咲を知っているのは小・中のどちらかが一緒でもなければまず知り得ないはず。


 匠にあとで伝えておかねばなりません。


唯花「それぞれメンバーの特徴を見定めることが大切、ということですね」

一樹「基本的にな、指揮ってのは自分に合わせてもらうんじゃない、みんなに合わせなきゃダメだ」


 みんなに――――合わせる。


 その発想はありませんでした。

 これまで、ずっと私は自分の指揮に合わさせてきましたがそれは間違いである、と。


一樹「理由は三つぐらいあるんだけどさ。まず人はそう簡単に変われねえ。お前、変われ! って言っても聞かん」


 諦めに、近いですね。この語気は。

 まるで、幾度となく経験してきたかのような――そんな雰囲気をしている。


 他人を信用していないわけではないでしょう。もっと至極単純な……人間という動物の特性を知っている研究者の目線とも言うべきか。


一樹「あとはチームが続かないよ、自分に合わせてもらう指揮スタイルは。指揮官一人がみんなに合わせるのと、四人を指揮官一人に合わさせるのっては負担の量が違う。四人に指揮官のスタイルを納得させる時間にどれだけかかる? どのぐらいの時間をかけて指揮官のスタイルを理解させる? そうじゃない。みんなの役割を見つけて、それを自分の指揮に落とし込む。それが最短なのさ」


 ――――ダメだ。言ってることのレベルが高すぎる。

 こんなの真似できるわけない。

 あぁ、だから最初に言っていたのか……。


 誰が聞いても真似できない。


 まず人を見る目を養って、その人に向いた役割を発見する。

 さらに自分の指揮スタイルを彼ら専用の物に素早く変更、模索。


 負担の量が違うとは言っていましたが、それこそ自分ひとりにかかる負担の量が四倍になるのでは? こんなの、日本でこの人だけしかできないんじゃ……。


一樹「そして最後に……。誰よりも強い奴が一人いること」


 強い、やつ……?


一樹「名前、なんていうんだっけ。ユイカちゃんだっけ」

唯花「はい、そうですよ。どう呼んでもらっても構いません」

一樹「ユイカのチームは誰が一番強い?」


 誰が、一番強い……ですか。

 難しい質問ですね。


唯花「それぞれ部門ごとに異なるとは思いますが、総合的には健太が一番強いかと」

一樹「そっか」


 その表情は、なにか懐かしむような顔つきでした。

 昔話に思いを馳せる老人のような、そんな優しいものです。


 健太とも知り合いなのでしょうか。


一樹「んー……。bullsterと話したことないから分かんないけど、指揮とL96、1on1の立ち回りなら多分、あの人が一番強いんでしょ?」


 ――――よく分かりましたね。

 なぜ、そこまで……。他人のチームのことも分析できるのでしょうか? 神がかった才能では?


一樹「俺は、チームのなかで一番強いんだ。指揮も、1on1も、アサルトライフルやL96、ハンドガン、武器全部の使い方、クラッチでも、予測でも、なんでもできる」

唯花「……はあ」

一樹「そうなったらね、あとは俺の考えをトレースさせるだけでいいんだ。他人の尊重はもちろんするよ、他人の現在の技術から最善の選択肢は変わるから。でも、彼女たちには常に教科書の正解がついてるんだ」


 あぁ、そうですか……。

 たしかに、その存在は……。


一樹「なにがあろうと、うちのチームは俺が答えとして存在している。どんな問題も、どんな提案も、俺がすべて答えを添えて回答できる。もちろん、ただ教えるだけじゃ本人たちの学習能力が落ちるから、それすらも考えて完璧な指導をする」


 真似、できるはずがない……。


一樹「ねっ。意味ない質問でしょ」

唯花「そうですね。失礼しました」


 話の区切りがついたことを知らせるように、彼は両手を合わせて音をたてる。そして、私の顔を優しくほほえみながらじっと見つめだしました。


一樹「意地悪だったね、じゃ指揮について教えてあげようか」

唯花「……一応、ダメ元で尋ねてみたのですが、宜しいのですか?」

一樹「いいよ。みんなが強くなれば、日本が強くなる。日本が強くなれば、日本から世界へ刃を向けるチームが現れる。それは喜ばしいことだから」


 ……ふふっ。

 視野が、広すぎる。


 私たちは、稚児の戯れにでも思われているのでしょう。

 彼にとって、私たちはレベルが違いすぎる。


 知識を自分のためだけに利用するのではなく、コミュニティ全体へ向けるのは引退を決意したプレイヤー並の発想だ。

 秘蔵のテクニックや技術をおいそれとライバルへ渡すことなんて、ありえない。


 この人は――――格が違いすぎる。


 なにを、してきたのですか。

 あなたは、今までどのような努力をして、どのような経験を経て、そこにいるのですか。

 なぜ、そこまで誰か想う行動ができるのですか。


 あなたは、いったい。


一樹「じゃあ、まずは指揮のスタイルの違いについてね。だいたい三種類あって……」

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