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55.無味無臭

 俺にとってあなたは最愛の人なのに、あなたにとって俺はそうではない。俺はあなたのことをなんでも知っているのに、あなたは俺のことをなにも知らない。前の世界でも同じような考えを浮かべていたのを、思い出した。


 あまり、仲良くするつもりはないが。

 これから先、どうなるだろうか。


 もし失敗したら、もし負けたら。

 それを思うと、誰とも関係を深めたくない。

 成功しても、勝っても、同じだ。

 別れは唐突に訪れ、人の心をずたずたに切り裂いていく。


一樹「もう、お昼は食べた?」

美咲「……」


 彼女は無言でうなずいた。


一樹「おいで」


 広げていた包みと弁当箱を、彼女は急いでしまい込む。

 俺はそれを待って、右手をつかんで連れて行く。


楓「あんた。結構、強引ね……」


 そうか、そうだな。

 初対面の女の子を引っ張っていくのって、変だ。

 なにを焦ってるんだろうか、俺は。


 さあ、どう説明しようか。


 やはりずっと引きずっていたせいか、頭がまわらない。

 いつもより比べ物にならないぐらい頭が悪い。


 どこで美咲が強いと知ったのか、その説明ができない。

 

 こんなとき……琴音がいたらな。

 琴音なら、気が動転して狂った状態の俺を静止してくれていただろう、あいつは気が利くからな。様子がいつもと違うとか、そういう些細な気遣いが得意だった。


一樹「美咲、俺たち四人のチームに一時的でもいいから入ってくれないか」

美咲「……」


 彼女は首を横に振るった。


一樹「なぜ?」

美咲「……」


 目を何度か、しばたいている。

 そうそう、最初に出会った美咲はこんなんだったな。

 一番最初の、高校三年生の頃だ。


一樹「迷惑をかけるから、って?」


 返事は無言だった。

 肯定の意、になる。


一樹「いいよ、最初は。ゆっくり話せるようになればいい。乱暴というか荒っぽい奴はいるけど、それは表面的なところだけだと思うから」

美咲「……」


 彼女は、首を傾けた。

 なぜ、言葉が分かるのだろう、という意味か。


一樹「やってみて、ダメならやめればいい。一緒に、ゲームをやらないか」


 しばらく、十秒に達するかどうかというところで、ゆっくりと顎を引いてくれた。

 大きく、ゆったりとした、肯定だった。


 この世界でも、お前は誰かと一緒にゲームをしたかったんだろう。

 まあ色々と礼儀だとか、手順だとか、そういうもんはすっ飛ばしたけどさ。あんまりそういうのを気にする人でもないってのは、知ってたから。

 ちょっと見栄えは悪いけどさ、すまん。もっとステップを踏んだほうが、緊張しづらかったよね。


エレナ「……一条さん。えーっと、一人で会話をしてるようにしか思えませんが……」

一樹「エレナ。今度から一樹さんって呼んでくれ」

エレナ「えっ。あっ、はい。いいですけど」


 楓が俺の首に手を回してきた。


楓「ちなみに荒っぽいって誰よ」

一樹「おまえ」

楓「なんだとこのヤロー」


 じゃれ合うふりをしながら、耳打ちをしてくる。


楓「あんたちゃんと意思疎通、取れてんの? すっごい一方的に見えたけど」

一樹「大丈夫」


 心配ない。

 誰よりも美咲のことは知ってるつもりだ。


 それに……。

 どうせ、この世界は俺以外の意思が存分に含まれている。

 誰かが勝手に決めた運命が、登場人物たちに定められている。


 どう工程を踏もうが、やがて曲がった道は矯正されるのだろう。

 それが物語だ。


一樹「行くぞ、美咲。まずは校内一からだ」


 申し訳ない気分になるよ。表情には出てないけど、戸惑っているから。

 前と違って好きになってもらう努力をするつもりはないから、きっと困ることにはならないだろう。


 そう祈っている。


彩子「一樹、ほんとうにコミュニケーションは取れているのか……?」

一樹「嫌なことは”やだ”って言うから。美咲は」

楓「あんたたち、知り合いなの?」


 美咲は小さく、小刻みに顔を震わせる。

 かわいらしい否定表現だ。


一樹「いいや、初対面だよ」

楓「……理屈が通ってないことだらけなんだけど?」

一樹「いつか説明するよ。いつかな」


 *


 この学校には一学年ごとに一つ、パソコン室がある。場所はどれも中央階段のそばで、利用は自由だ。今までと違ってパソコン自体なくてもNAをプレイできるが、大人数で接続するとなると話は別だ。

 学校では普通の部活動よりもこのパソコン室でゲームをする人の方が多いらしい。


 esportsが浸透しているなんてもんじゃない、侵食されている。

 野球やサッカーでもここまでにはならない。一学年で200人ぐらいだが、NAのプレイヤーだけで構成されているってのが規格外だ。


 まあ、この学校が特殊っていうのもあるっぽいけど。

 だいたいのesports科の学校は三から四種類ぐらいのゲームタイトルを○○専攻という形で生徒たちを割り振るようだ。

 同じクラスでもゲームの授業になるとクラスを移動して、別ゲーをやり合う。そうじゃない学校ならクラスごとにゲームタイトルを分ける……そんな感じだとか。


一樹「ん、どうかしたか」


 業後に早速、パソコン室へ向かおうと思っていた矢先だった。

 楓たち三人は先に出発していて、美咲は俺の席までやってきていた。


美咲「名前……なんで、知ってたんですか……」

一樹「”前世”とか、どう。納得するか?」


 彼女からは、声も身振りも返ってこなかった。

 俺は荷物をまとめると、彼女を連れて廊下へ出る。


一樹「あやしい者じゃない。ストーカーとか、無理やり情報を調べたとか……怖い人じゃないってだけ」


 なるべくゆっくりと、文言を述べた。変に早口で喋れば、それこそ気持ちの悪い人ってレッテルを貼られる。

 ――――いや、美咲が下手に偏見を持つとも思えないな。


美咲「……なぜ、私を?」

一樹「お前が世界最高峰のNAプレイヤーになると確信しているから」

美咲「それはなぜ」


 なぜ。


一樹「それも、前世で知った」

美咲「……そう」


 納得するんかい。

 いや、してるわけねーよ。納得しないまま、受け入れたんだ。


 理解と納得は別物だ。


美咲「……いつか、理由……教えてくれますか」

一樹「いつか、な」


 一人きりであろう美咲を救いたいとは思ったが、仲良くするつもりはないのって、ちぐはぐだな。

 どういう距離感で居続けるのか、皆目見当がつかない。


 それから、俺たちは楓を追った。

 廊下を小走りで駆けてみたが、見つからない。出るのが遅かったようだ。もうパソコン室に入っているだろう。


 そういや、前の世界もこんなふうに美咲と一緒に部活へ向かっていたっけか。

 あれは高二でやめたけど、今度の世界ではどのぐらい続くだろう。


 モチベーションが存続してくれさえすればいいんだが。


 ……。

 もう遅いか。


 とうにモチベーションはゼロになっている。

 俺を動かし続けているのは、美咲への思いだけだ。


 教室の扉を開けると、たくさんの生徒とパソコンの熱を下げるためだろうか、エアコンの音がやけにうるさく聞こえた。

 

楓「はよ、はよ来い」


 手招きをする右手は異常なまでに早い。

 楓は少し人と変わった仕草をする。今までに見た覚えのない、突拍子ないことが好きなんだろう。


一樹「はいはい」


 チームが結成したのなら、まずは目標をどこか決める。

 さらに全員の知識の共有。

 それから俺の指揮について、どんなのを目指すか、求めるのか。

 そのために必要な練習量は、どんな練習をしてほしいか、なにができるようになってほしいのか。


 チームの決め事をいくつか設定したら、試合をして、PDCAサイクルを回し続ける。

 

 また、いつもの流れだ。

 飽き飽きしている。それが自分以外の誰かの手によって水の泡と化してしまうのかもしれないと思うと、なおさらだ。




 つまらない――――地獄だ。



 三度目の学校生活は、ひどく興奮のしない忌まわしいものだった。

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