54.素晴らしき異世界生活
一限が終わると、周囲の生徒たちから一斉に話しかけられた。
それら全てを無視して、俺は後ろの奴との会話を選択する。
一樹「楓、ここの校内で一番を取るってのはどのぐらいの栄光がある?」
楓「なんだその質問。知らないけど、一応うちはesportsに関しては名門だからね。甲子園優勝ぐらいじゃない?」
一樹「高校生大会的なのより、校内制覇の方が価値あるか?」
楓「はぁ? だって今、高校生大会を三連覇してんのうちの3dNじゃん。実質、同じようなもんでしょ」
3dN――――俺の知っている世界では2004年から2006年まで活動し、日本最強の栄光を取り続けた人たちだ。世界大会もベスト16まで行っていて、過去伝説のチームだった。
つうことは、ここは2006年ぐらいまでの技術レベルってことか? いや、まだ確定じゃないな。
一樹「お前を含めた三人は3dNにどこまで通用する?」
楓「……ムカつくけど歯が立たないわね」
一樹「才能の面はどうだ、追いつく自信は?」
楓「あるわよっ」
よし。とりあえず、まずはお前らのチームからスタートする。
家に帰ったらNAの情報を片っ端から収集していくか。現状の最強のチーム、攻め方守り方の特徴に、技術レベル、日本と世界の差、日本国内の現状……やることは山積みだ。
実績を作らんと強豪チームに入ることもできねえ。校内で一位を取ればそれなりに認められるならそれでいい。前の世界と同じだ。順番に経歴を積み立てていき、日本一位だか世界何位だかを目指す。倒すのはRoseだからな、世界一位を狙わなくてもいい、っていうのは心の負担をかなり減らしてくれる。
前の世界か……。そういや、琴音はこの学校にいるんだろうか。
人間性に変化がないなら、ゲームにあまり興味のなかったあいつがこの学校にいるとは思えないな。
エレナ「こんにちは」
一樹「……ッこんにちは」
ダメだ、まだ眼が合わせられない。
胸が痛くなってきた。
彩子「楓、本当に彼を入れるのか」
楓「いや、まだ決めてない。ねえあんた、5on5のDEMOとかないわけ?」
あるのかもしれないけど、渡し方が分からない。
下手に喋って素人呼ばわりされると、校内でチームを探すのが面倒になるかもしれない。
一樹「ない。楓たちは俺に見せれるもんあるか」
楓「あるけど、そんなんより私らのこと知らないの?」
どういう意味か、とたずねるとどうやら中学三年生のときに中等部で校内一位を取ったみたいだ。
それだけ聞ければ十分だ。
一樹「そのときの二人はどこに行った?」
楓「音楽性の違いで解散した」
一樹「お前についていけなかったか」
楓「ん、よく分かったわね」
俺も散々経験があるよ。高みを目指す者と、現状維持を望む者の齟齬、衝突を。
一樹「そこら辺は心配しなくていい。問題のラスト一人だけど」
楓「あ、そうよ! それが聞きたかったんだって」
俺は楓たちを廊下へ連れ出すと、話を聞かれないように移動した。
中庭の、人気がない静かな場所にまでやってくると話をはじめる。
一樹「鳴宮美咲ってもうチームに入ってるか?」
入ってねえと思うけど。
楓「……入ってないんじゃない? 鳴宮さんは」
彩子「だろうな。あまりコミュニケーションが得意なタイプではないだろうし、中等部から一緒だが大会に出ている様子は見たことがないな」
エレナ「それが最後の一人になにか関係が?」
だよなぁ……。美咲がチームに入ってるとは思えんかった。
授業中に横目で見てて思う、あれは俺の知っている最初の美咲だ。
二つ目の世界の方がまだ話せるやつだったが、この世界はどっちだろうか。俺のいた元の世界の方か、それとも二つ目か。はたまた、俺の知らない新たな彼女か。
一樹「美咲がめちゃくちゃ強いはずだ。あと一人選ぶなら選択の余地はない」
楓「へぇ……。でもさ、そんなこと言われても確証がないのよね」
一樹「俺がどのぐらいの強さを持っているのか、それと美咲がどれぐらい強いのかって話か」
よく分からんがこの学校はゲーム科目のテストもあるんだろ、美咲の成績が悪いとは思えないがどういう了見だ。
一樹「昼飯の時間でいい、1on1をやろう。美咲も誘うぞ、それでいいか?」
楓「あんた偉い自信あるわね。学校外でチームに所属してたりすんの?」
一樹「まあな。美咲が強いかどうかは自信あんまりないけど」
さっきと言ってることチグハグじゃない。と言われてしまう。
仕様がないだろ、俺の知ってる世界じゃねえんだから。
昼になって俺たちは窓際の後ろ側――――いわゆる学生が席替えで待ち望むポジションへ集まる。ここはエレナの席らしい。
一樹「俺たち以外にもゲーム結構してるやつ多いんだな」
楓「1on1ならすぐ終わるし、そろそろ定期考査だもん、当たり前っしょ」
当たり前が当たり前じゃねえんだ。
角から教室を眺めてみて、目を閉じた状態でゲームをプレイしている奴らがちらほらといる。
普通の学校のテスト期間、休み時間に勉強をしている奴らと同じぐらいの人数かな。
一樹「三人のなかで一番強いのは?」
楓「1on1ならエレナじゃない?」
いい機会だ。結局、前の世界でエレナと戦うことはなかったし、前世界のエレナと、現世界の彼女との差を見れる。
それだけで、だいたい校内の技術レベルも把握できるだろう。
二つの棒に見える形状のゲーム機にLANで四人通信をはじめる。俺とエレナの対戦に、二人が観戦って形だ。
一樹「ルールは」
エレナ「普通に9本先取で」
はい9-0です。
一樹「はい、よゆー」
エレナ「うおー、楓! これ一年でダントツ最強かもです!」
舐めんじゃねえ。と、これでもかと見せつけるように偉ぶってはみたものの、それどころじゃなさそうだ。
楓「……あんた、どこでやってたの」
一樹「さあ、どこだろうな」
エレナの強さはSpeedStar戦以前――要するに俺が二回目の転移をする三ヶ月前ぐらいの強さだった。
うん、まあ物語の続きならそんなもんだろう。
Roseの発言を信じると、俺やあいつをどこかで観戦してる能力を渡した奴がいるはずだから……下手に初期化はしないよな。退屈だろうから。3dNが2006年の強さで留まっているわけないし……もし、あの人たちが引退していなかったら。みたいなifストーリー仕立てか。
一樹「そんじゃ、美咲を呼んでくるよ」
どこまでも、作られた世界だ。
いや、都合の良い世界を見つけられた――――というべきか。
演出に必要な役者を提供され、楽しげなシナリオを用意され、それ相応の努力をすれば、やがては願いにたどり着く。
ああ、本当に仕様もない。
なんてくだらない―――――最高の理想の世界じゃないか。
美咲の元まで歩く途中で、ふと思う。今までよりもずっと気が楽だな、と。
彼女の人生を変えるのが、前の世界では嫌だったけれど……。このゲームが世間に浸透された世界では、ゲームに没頭したからと言って世間の目がどう、とか。先行きがどう、とか。なにも思わなくていい。
それにすごく苛立ちを覚える。
俺は、お前らのおもちゃじゃない。




