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51.目指すは

 スマホを片手に、楓はスクールバッグを”よいしょ”っと背負うと、とっくに準備を終えたエレナよりも先に教室を出て、普通の人よりも少し早い速度で廊下を進んだ。廊下には彼女たち二人以外の誰もおらず、校庭では部活に勤しむ生徒たちの喧騒が轟いていた。

 道中で、黒髪に赤いリボンで結んだ美少女がくるりと振り返る。エレナは”何事か”と立ち止まった。彼女は口を開かずに低い声で唸る。


エレナ「なんですか」

楓「んー……。あの不登校児どう思う」

エレナ「入学式にも来てない人でしたっけ」


 楓は腕を組みながら首を傾げ、目を閉じる。

 

楓「普通さ、こういうのって人間関係がうまくいかなかった~とか言ってやめるもんじゃん」

エレナ「んー、高校から編入しといてやる気ない勢ってのはめずらしいとは思いますね」


 彼女は先へ行きながら、ポケットにしまったスマホを取り出す。起動したメッセージアプリで、連絡するのは生徒会の書紀だった。


エレナ「なんか悪いこと企んでませんか」

楓「べっつにー?」


 エレナは彼女の肩越しにひょいっと画面を覗き込む。

 すぐにげんなりした表情で軽く手で彼女の肩に手を乗せる。


エレナ「また生活指導に怒られますよ」

楓「知らなーい、聞こえなーい」


 意地悪そうに笑いながら加速していく少女を、エレナは”ふふっ”と頬を緩め小走りで追いかけた。


 *


 体育館にいくつものパソコンが設置され、床には機材のコードが所狭しと点在している。[Funny Games Works]が開発したNot Aloneの二年、三年生学内対抗戦がはじまるのだ。体育祭や学祭よりもずっとずっと活気に満ち溢れたそのイベントは、校外からの見学者が何人も訪れるほどであった。


 楓とエレナは一足遅れて大会の観戦をしようと、体育館の二階へ向かう。

 普通の学校のキャットウォークとは違い、二階には観覧席が設置されている。飲み物を置く用のホルダーまであり、本格的に時代背景へマッチした作りだ。


 屋上には吊るされた四面の巨大モニターがあり、そこにゲームのプレイ画面が映る。今は壇上で話し合っている解説者役の元プロゲーマーと、実況者役の生徒会の一人が映し出されている。


 楓たちのタイミングはベストで、ようやく大会が始まるところだった。


楓「やっぱ3dNが優勝するのかしらね」

エレナ「そりゃまあ、うちの高校で登場して以来、学年無差別で三連覇してるぐらいですからね」


 ほとんどのスポーツでは高校生たちのレベルとプロシーンでは比べるのもおこがましいほどに差がついているものだ。

 しかしNot Aloneだけは――――いや、この高校だけは別だった。伝説的三年生チーム3dNと、その第二世代と呼ばれる二年生チームSpeedStarは、プロシーンにも通用するほどの力を持っていた。当然、他の学生たちが彼らに勝てるはずもなく、学年対抗では二位を取ることが優勝扱いされるほどだった。


楓「私の直感だと、次の無差別はSpeedStarが勝つと思うんだけどね」

エレナ「正気ですか? だとしたら超革命ですよ!」

楓「いつの時代だって、最強で居続けるのは無理なもんよ。対策だって有名人は立てられやすいし」

エレナ「そう言われながらあの人たち、永遠にボコボコにし続けてますけどね」


 一回戦がはじまる直前で、一人の女性がやってきた。凛とした、和を感じさせる彼女は腰に当たるぐらいまで長い黒髪が特徴だった。


彩子「すまん、遅れた」

楓「ねえ彩子、不登校のやつの情報持ってない?」


 なんだ、藪から棒に。と椅子へ腰掛けながら言った。


彩子「気になるのか?」

楓「知ってると思うけど、夏に始まる学年対抗はとりあえず優勝したいのよね。でもメンバーが二人足りないわけで」

エレナ「楓が悪いんですよ。無理くり練習させようとするから」

楓「才能ないやつが悪いのよ。私は、ぜっっっったいに負けたくないんだから」


 話のいきさつから彩子はその不登校の生徒を思いかべる。


彩子「NAの成績がいいって判断はどこでしたんだ?」

楓「……え? そりゃ転入生だからっしょ、冷静に考えてみなさい。うちって中高一貫なわけで、普通ならまだesports学って大まかなくくりが精々のところをわざわざNA科ってまで明確にしてるわけ」

彩子「確定ではなくないか」

楓「まあね。でも、少なくともそこいらの雑魚がうちに転入すんのは無理。最低でも校内で上位五十パーセントにはいるはずっしょ」


 エレナは楓へ、先ほどLINEを送った相手が誰かを尋ねる。


楓「生徒会書紀の子。不登校のやつの個人情報取れないか探ってんの」

エレナ「無理に決まってるんじゃないですか」

楓「そこをなんとかすんのがコネよ、コネ。住所だけでも探り当てて、直接聞きに行くわ」

彩子「強引なやつめ」


 と、二人よりも一回り身長の高い彩子がぐりぐりと頭へこぶしを打ち付ける。


楓「奇妙ね。せっかく転入してきた――――しかもうちの高校を選んだぐらいだし、学力偏差値じゃなくて、NAの強さで選んでるはず。ここまで取り組んでる学校なんか他にないからね。それなのに不登校になる?」

エレナ「強いかどうかはまた別じゃないですか? それに、不登校の子を無理やり連れてくるとか嫌なんですけど」

楓「うっさいわねー。私の直感が外れたことあんの?」

エレナ「ありますよ」

彩子「エレナの方が普段から当たっているだろう?」


 素早い指摘を受けた楓は、二人をにらみながら鼻へデコピンを食らわせる。


楓「はい試合がはじまるから見まーす」

彩子「逃げたな」

エレナ「逃げましたね」


 楓が眉間にしわを寄せながら、隣に座っている彩子の頬を引っ張った。


楓「遅刻してきたんだから飲み物ぐらい買ってきなさーい」

彩子「い、いはいぞ! ほれにひこくってふうほどひこくしてない!」

楓「行ってきなさーい」


 しぶしぶ立ち上がって、頬を大切にそうに両手で撫で回しながら、彩子は外の自販機にまで向かう。


 体育館から出ると、強い春風が彼女の長い髪をなびかせる。普通の人よりも風の抵抗を受けやすい彼女は、手で抑えつけないと歩きづらかった。

 自販機の距離は近く、体育館の横に設置されている。エレナはロシア人ハーフに似合わず緑茶が好きで、まずはそれを一つ買う。彩子は同じく緑茶ながら、メーカーの違う商品を選んだ。


彩子「楓は……コーラだろうな」


 ”観戦と言えばポップコーンとコーラでしょ!”と脳内で彼女がわめく姿が用意に想像できた。

 彩子はしゃがんでコーラを取り出しながら、さすがに購買に行ってまでパンやお菓子を買いに行く気分にはなれないな、と憂いていた。


彩子「ん、あぁ、すまない。通せんぼしてしまった」


 つい最近まで中学三年生と上級学年だったのも相まって、顔も知らない背後にいた少女へフランクな口調で話してしまった。

 先輩であったらどうしよう、と悩む間もなく彼女はペコリと頭を下げた。


美咲「……」


 言葉はなく、彼女はあまーいプリン味のジュースを選ぶ。”あ、あれは甘すぎて誰も買わないと噂の……”と、彩子は眉を持ち上げ、驚いていた。

 美咲はもう一度、頭を深々と下げると、体育館の方へ角を曲がっていった。


 おとなしい子だったな。と彩子は両手に三本のジュースを抱えて、同じ道を追う。

 階段を登る途中で、その振動によりジュースが一本落ちてしまった。よりにもよって、それはコーラだった。


彩子「あ……。楓が……」


 コロコロと転がるペットボトルは、ごとっごとっ、ごとっ、っと鈍い音を立てながら階段を一段ずつ降りていく。

 彩子ができる限り急いで追いかけようと下ろうとした矢先に、階下から美咲が現れた。


美咲「……」


 コーラをひょいっと持ち上げ、彼女は胸元で握りしめていた。

 彩子の想定では、手の内に返してくれるはずだった。行為の理由が分からずに、困惑してしまう。


彩子「えーっと……」

美咲「……」


 彼女は喋らなかった。

 彩子にはすぐ意思疎通が苦手な子だと分かったが、コーラを返さないのにも理由があるんだ、と思惑を浮かべる。


彩子「運んで、くれるのか?」


 彼女からの返答はなかったが、代わりに小さくこくりっと頷いた。


彩子「ありがとう」


 彩子は抱きかかえていた緑茶を両手に一本ずつ掴んで、また階段を登った。

 ときおり振り返って、彼女がついてきているかを確認する。


 ”子猫のようだ。もし妹がいたら、こんな感じだろうか”


 自分よりも遥かに髪のボリュームが多く、ゆるやかなくせっ毛のついた彼女を彩子は見た覚えがなかった。

 やはり、上級生だろうか? と、自分の言葉遣いを後悔する。

 こんなに可愛らしい、目立つ容姿をしているのだから、さぞかしその学年では噂に耐えない人なのだろうな、などと思っているとすぐに観覧席へたどり着いた。


楓「おいーす。遅いわよ、もう始まっちゃった」

彩子「お前のせいだろう」


 楓は後ろ手に幽霊のように立っている女の子に気がついた。


楓「ん、鳴宮さんじゃない」

彩子「知ってるのか?」

楓「は? おんなじクラスじゃないの」


 えっ。と短く息を吐き出す。


エレナ「そういえば窓際にいたような……」

楓「あんたたち二人とも失礼よ……」


 美咲はあいも変わらず話さない。無口にコーラをそっと差し出して、楓へ渡した。


楓「え、あぁ、ありがと」


 それから三人から二つほど席を離して、彼女は座った。

 手に持ったプリン味のジュースを見て、楓とエレナはぎょっとする。


彩子「よく知ってたな」

楓「んー? まあ、気が利く女だからね、私は。将来いい嫁さんになるだろうなぁ」

エレナ「楓は亭主をお尻に敷いてそうですね」


 *


楓「やっぱ3dNつっよ」

彩子「圧倒的だな」


 エレナは、ちらりと美咲を見た。

 ”同じクラスだったのは気づきませんでしたが、確か中学から一緒のはずですね。なぜ、ここまで記憶に違和感があるのでしょう? まるで彼女の存在を封印していたかのような……”

 そして、さらに追随してなにか、ぼんやりした感情が現れる


 ”なんでしょう、この人を見ていると……。なにか、なんだろう。この言葉に出来ない感覚は……?”


美咲「……」


 美咲はエレナの視線に気がつくと、首を傾げて彼女へ視線を合わす。

 エレナは視線を外さず、熱い眼差しを送る。


エレナ「……あの、どこかで」

楓「エレナッ! 今の見た? 見た? Johnnyの4キル!」

エレナ「……見てないです」

楓「なにやってんのよポンコツ! 今のやっばぁ!」


 会場は一気に熱気を帯び、スーパープレイに一同が興奮していた。

 楓はそんな空気に感化され、うずうずと体が疼いていくる。


楓「いいわね、この感じ! これでこそNAよ!」

彩子「目指すは、校内一か?」


 にやりと笑って、目を輝かせる楓へそう語りかける。


楓「まずは日本一よ!」

エレナ「まずは?」

楓「目指すは世界!」


 エレナと彩子は互いの顔を見比べ、軽く息を吐いた。


彩子「どこまでもついていこうか、このお姫様に」

エレナ「まずはチームメンバー募集ですけどね。このお姫様、横柄すぎてみんなついていかないので」

楓「宛てならあるじゃないの! まずは、不登校君よ!」

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