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44.これぞ天才よ

「一日に一歩、三日で三歩。三歩すすんで、二歩下がる」

「あの野郎、後ろ向きで二歩下がりやがった」


 休み時間の教室、軽い足取りと歌を歌いながら彼女は満面の笑みでこちらまでやってきた。

 いつでも楽しそうですね。


「こっちのほうが効率良いです」

「そういう歌じゃねえ」

 

 地道に頑張ろうって歌で合計五歩も進むやつがいるか。


「今度、一緒に遊びに行きませんか?」

「唐突だな、いいけど」


 眉を持ち上げ、口をU字にする。

 色づきのよい頬が、白い肌のせいで目立っていた。


「いぇーい。引っ越ししてきてまだそんなに散策してないので、色々と地理を教えてください」

「荒川区なんて大したもんないぞ」


 えーっと、学生のときは美咲とどこに遊びに行ったっけな。


 そうだそうだ、日暮里繊維街とか面白かった。あそこで買った生地でマフラーとか手袋を作ってもらったのが懐かしい。

 あとは、谷中銀座で食べ歩きをしてたな。美咲が食べるの好きだったから、あいつが食べてるのを一生観察していた。

 騒がしいところはあの子がそんなに得意じゃないから、適当に公園に行ったりもしたな。映画とか、銭湯とか、色々あった。


 あー、やばい……学校で思い出すべきじゃない……。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。思い返すと結構あったわ、回るところ」


 元の世界に帰ったら、美咲とどこに行こうかな。

 秋葉原でぶらつくか、浅草で買い物をするか、それとも懐かしの谷中銀座で学生気分でも味わうか。

 ――――帰りてえなあ。


 *


「で、結局みんなで遊びに来ましたね」


 谷中銀座という商店街へ向かう途中、気づけば琴音と美咲、それと四葉まで一緒だ。

 エレナはおれらの真ん中に立って天真爛漫だ。


「ふたりだけで遊ばれるのは、なんとなく気に入らなかった」


 と美咲が無表情に言う。どうやら嫉妬しているようだ。

 その隣に琴音と優也も。


「私は鳴宮に連れてこられた」

「僕も」

「どこで聞いてきたんですか美咲は?」


 おれだよ。


「唐揚げでも食うか、ここの角を曲がると美味しい店あるんだよね」


 えーっと、記憶通りなら――――ああ、あったあった。木製の看板に、まだ新しいショーウィンドウ。カレー味と塩コショウ味がうまいんだ。

 美咲とよく食べたなあ。


 あとなにがあったっけ。すっげえ昔だからもう覚えてないけど、なんかメンチカツとかあったような。

 魚介の串焼き屋もあったな、物珍しかったし安かったからよく食べた。


 やっべえ、懐かしすぎて泣きそう。思い出の地だ。


「琴音ってこういうところ来んの?」

「いいや? この手の人混みが多いところはキツい」

「今日は楽しめそうか」


 まあね。と彼女は言った。


「友だちと来るなら別にいい」

「かわいいなお前」

「うるさいな」


 この世界でもあの世界でも、会ったばかりの頃はあれだけ無愛想だったってのに、ずいぶんと愛嬌が出たもんだ。前の世界よりも感情豊かな印象を受ける。

 おれら以外のクラスメイトたちにも、喋りかけられただけで睨んでいたり、仏頂面な低い声で”なに?”ということもなくなった。いい傾向である。


「パン屋のパンってなんであんなうまいんだろうな」


 と、おれは言った。商店街の一角にあるその店は、この商店街を利用している客馴染みのパン屋のようで、古ぼけていながらいつも誰かが店内にいる。


「あー分かります分かります。パン屋さんのパンって全然違いますよね」

「へえ、そういえば……まだ食べたことないかもな」


 琴音はわりと世間知らずな面がある。知識人がゆえか、知っていても経験がないという頭でっかちな図だ。

 どうせだし入ってみようか。


「美咲は逆にいつもパン屋さんの食べてそうですね」

「……そんなことない」


 おーこれこれ。この芳醇な小麦の香り。パン屋の匂いって感じだ。

 トレーとトングを手にとって、店内を見て回る。


「このメンツだと鳴宮家が一番お金持ちですよね。普段なに食べてるんですか? ステーキと寿司?」

「ふつう」


 どういう偏見だよ。

 まあ、おれも美咲の家へはじめて訪れたときは似たようなこと思ったけど。


「まだ優也さんも連れて美咲の家に行ってませんね。今度みんなでいいですか?」

「うん」

「鳴宮さんの家か、まだ行ったことないね。一条くんからとっても広いってのは聞いてるけど」


 おう、面白いぐらいでかいぞ。マジで。


「でも女の子の家って緊張するな……」


 その気持ちは超分かる。琴音ならギリ緊張しなさそうだけど、エレナの家とか入りづらいだろうなあ。


「えー、いいじゃないですか四葉さん。美咲の家でスマブラとかしましょうよ、持ってます?」


 と、四葉と話していた彼女は美咲のいる方へ振り向く。

 美咲の家は大体みんなが知ってる対戦ゲーは完備だ。


 対戦する相手いねえのに。

 いや、いなかったのに、だな。


「うん、もってる。四葉君もおいで」

「うーん……うん。分かった」

「いえーい。一樹さんもですよ?」


 はいはい。いきます行きます。

 俺は適当にうなずきながら、明太フランスを選んだ。


「一樹、これとって」

「これ?」


 美咲が指しているチョコクロワッサンとあんぱんを取ると、レジへと向かう。

 この二つでも足りないからまだ食べるんだろうな、おそるべし胃袋……。


 彼女は店員の定型文へ首を振ったり、小さな会釈を繰り返して意思疎通を取る。声は発さず、目も伏せがちに。


「はい」

「ん」


 代わりに支払った分のお金を受け取り、店の外で琴音たちを待ちながら買ったあんぱんを手渡し、おれも自分で買ったパンを頬張る。

 紙袋から小麦のいい匂いがただよう。


「今度、家に遊びに行ったときにぜんざいの中に雪見だいふく入れたの作るよ」

「……おいしそう」

「好評だったよ、美咲からは」


 異世界転移したことを学校の屋上で伝えているから、意味は伝わっている。


「……そう、楽しみね」

「でしょ?」

「あんこ、好き」

「おれも好きだよ」


 空が茜色を帯びていく。細長い雲が何段にも重なって、キャンバスを埋める。

 外気のせいで耳と頬が冷たい。


 そういや、昔はチームなんて学校で組むもんじゃなかったけど、この世界に来てからそうでもなくなったな。


 パン屋の自動扉が開くと、琴音だけ先に出てきた。

 なにやら思いつめた様子だった。


「一条、鳴宮、ちょっと話がある」


 急だな。

 でも、こいつのことだ。きちんとした理由があるはず。


「二人にはちょっと待ってもらうから、こっちこい」


 と、琴音はおれたちを連れて暗がりの路地に入った。

 青色の大きなポリバケツが三連続で並んでいて、奥には古ぼけた自転車が停まっている。あれは動きそうにないな。


 そんな詳細な情報を取り入れる前に、彼女の本題ははじまった。


「いま、思いついたんだ、一条。ここで話さないと、いつタイミングがなくなるか分からないから、エレナたちは置いてきた」

「なんだよ、そんな改まって」


 転移についてのことか。


「ずっと考えてた、お前のことについて」

「愛の告白みたいだな」

「茶化すな……。それなりに洋書とか含めて色んなファンタジー本を読んでさ、自分なりに考察してたんだ」


 やっぱり、転移の話だ。

 真面目に聞くよ。


「まず、考えなくていいパターン。神様的なポジションのやつが転移させたとするだろ、そうしたらそれはどうでもいい、考えるだけ無駄だ」


 話が急すぎて分かりづらいけど、大人しく聞こう。


「次だ、こっちが重要。誰かが人為的にお前を転移させたパターン」


 ……人為的?

 つまり……?


「もし、これから先に違和感があったら教えてくれ。これからのお前の人生にだ。なにか理由があって、お前を転移させたはずなんだ。本当のランダムに選ばれるはずない! だって、お前はFPSの天才だ。それがこの世界にたまたまやってくるはずがないんだ!」

「違和感ってのは、どういう意味だよ」

「いいか、一条。これから先、お前の知らないなにかが、決定的に前の世界と違うなにかが現れるはずだ」


 違う、なにか?


「なにか、って……なん――」

「人だ。人為的にお前を連れてきた犯人が、この世界にいるかもしれないんだ。神様視点なら考えても仕様がないけど……。でも、そうじゃなかったときの話だ!」


 美咲が、切り出す。


「琴音……。それは、一樹が知らない人だという確証はないのね」

「あ、あぁ、そうだ。一条が知らない人かもしれないし、知っている人かもしれない。ただ、違和感があるはずなんだ」

「それはなぜ、そうおもったの」


 ……。


「転移させるのに選んだのは一条だ。賢くて、気が利いて、行動力があって、優しくて……。私を授業に戻して、友達にしてくれて、鳴宮だって、学校を楽しくさせてくれたんだろ? こんな良いやつを転移させた”なにか”が、物語に絡まないはずがない」


 うれしいけど、はずっ。


「だからこそ一条の知っている、前の世界の進行とは違う、なにか違和感が生まれる……はずなんだ。ただの直感だけど……間違ってそうなところは見つからなかった」


 はは、大丈夫だ琴音。おれはお前を信頼してる。

 ずっと、ずっと。前の世界で友達になったときから、ずっと信用してる。


「分かった、気をつける」

「……そんだけ。悪いな、なんかいきなり。パン選んでたら急にポッと出てきたから」


 彼女はきっと、買い物しながら思考していたわけじゃない。

 無意識に、彼女が脳を回転させていないところでそれは生み出されていたんだと思う。


 これぞ天才よ。


「もどりましょう、ふたりとも。エレナたちが待ってるわ」


 おれたちは頷いて、裏路地を出た。

 それから五人でまた歩き出して、仲良くパンを頬張った。



 

 違和感か。

 誰かは分からないが、転移させたはずのなにかがいるはず……。


 こういう予測は、たぶん琴音よりおれの方が適任だろうな。それは、おれがやって来た張本人だからって意味ではなくて、単純に性格上の問題だ。 

 前の世界で小説家をやっていたわけだし、なんとなく察しはつく。


 おれと戦いたかった、だれか。

 おれと戦ってきた、だれか。


 どっちかだ。


 前者なら、おれが引退したから戦えなくなったせい。

 後者なら、おれが引退したせいでリベンジできなくなったせい。


 まぁ、どっちでも関係ないんだけどさ。

 何年かかってでも、倒してやるよ。

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