表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/70

43.天才ってなんぞ

 ゲームは愛していても、そのゲームのコミュニティに属するのが嫌いになったのは――――なにも世界で優勝ができなかった2012年からじゃない。


 最初は、そうだな。


 2009年、師匠から指揮のやり方を教えてもらって間もないころ。おれなりに試合に勝つ方法ってのが分かってきて、それの紹介をした。どういう経緯でその紹介をしたのかは覚えていないけど、指揮についてというよりかはマップの考察と反省会のやり方、報告のやり方とかをIRCで書いたんだ。

 まだあのとき、おれは日本国内で三位しか取ってなかった。そんなおれの意見を、取り繕わない人が多かった。


 注目を浴びられなかったことが嫌だったわけじゃない。

 立場によって、言っていることを盲信したり、懐疑する。そんなのが嫌だったんだ。


 意見の内容なんて二の次で、その人の立場によって正しさを決めている。これがすごく不快だった。

 そりゃ、なんというか……。これがゲームに限った話じゃないことぐらい分かってる。おれは一般的な会社員とは違って、プロゲーマーから小説家という流れを辿ったから普通の感覚とズレているのかもしれないけれど、たぶんこれは世の中のどこにでも起きていることなんだろう。


 おれは愛したゲームでそれをされるのがすごく嫌だったんだ。

 そんなのじゃない、そういうのじゃないんだ。

 誰が正しいとか、間違っているとか、そんな話がしたかったわけじゃないのに。


 好きなゲームで、僕はこう思うんだ。って伝えたかっただけなのに。

 多くの人々は、意見の内容よりも、誰が言ったのかを気にしている。



 例えば、知らない人と一緒にやるときに、上位のレートだと驚かれたり仲間になって心強いという旨を伝えられる。そういうのに快感を覚えていたときがあったはずなんだ。そして、低いレートには人権がないような、閉鎖的な考えを持つコミュニティはすくなくなかった。


 なんだろうな、そういうのがすごく寂しい。


 みんな、強いとか弱いとか……ゲームって格付けのためにやってたはずじゃなかったのに。

 みんな、なんのためにゲームをしているんだろう。


 そういや、おれはなんのためにゲームをやっていたんだろう。

 Not Aloneだけは、真摯に世界で頂点に立ちたかった。自分の夢、ただ強くなりたいという思いの果て。そして、愛した人の夢でもあり、成功した暁には彼女のとびっきりの笑顔が見られるかもしれなかった。

 それが、おれの頑張っていた理由。


 すっげえ格好の良い文言ばかりを考えた。自分の夢だって? 愛した人の夢だって? いやいや、その気持ちに嘘はないかもしれないけどさ、やっぱり周りからの注目を集めたいとか、周りから尊敬されたいとか、そういう感情がなかったわけじゃない。


 なんで、みんな比べ合いをするためにゲームをしてるんだろう。おれを含めて。

 そういうのじゃなかったと思うんだけどな。純粋に、楽しむというだけの気持ちはいつから”隠れてしまった”んだろう。


 美咲は、ほんとうの意味で周囲の意見なんてなにも気にしていなかったし、今だってずっと楽しんでやっているだろう。

 彼女はおれの一番尊敬する女性だ。


 大切な人だ。

 

 *


「一条」

「なんだヤブからスティックに」


 ジト目でこちらを見てくる琴音。

 教室は昼時ということもあり、にぎやかだ。


「冬の大会が終わったらどうする」

「どうするってなにが」


 受験。と、琴音に言われた。


「え、ああ。そうだな……。考えてなかった」

「お前の成績って一応、普通ぐらいだっけ」


 そうすね。


「でも、あれだけゲームに時間かけてりゃ妥当か。どうすんの? 帰れるかどうかって確定じゃないんだ。なら大学ぐらい出たほうがいいんじゃないの」


 たしかに。

 それもそうだ。


「一条はどこの大学受かってたの」

「前に言っただろ。美咲と同じところ」

「……ああ、昔聞いた覚えがある。頑張ったんだな」


 そりゃまあ、美咲のためなら努力は惜しまないので。


「琴音は東大だろ?」

「親もそれを望んでるしね。行けるなかで一番高いのがあそこだから」


 かっけえ、惚れる。


「美咲も本当は東大に行けるはずなんだが」

「なんであの子は私立にしてるんだ」

「一応、勉強してる暇がないって言ってたけど、おれの学力に合わせたんだろ」


 美咲は、東大に行ける学力があったのに私立の学校へ行った。もちろん、私立のなかで最難関ではあったんだけど……。おれに合わせて学校を選んだと思っている。

 この世界ではそんなこと、して欲しくないな。


「一条ってさ、天才の定義についてどう思う」


 んー、天才か。

 この手の話はよく思考実験していたから、悩まずに答えられるよ。


「無意識の努力ができるやつ」

「……なんだそれ。想像してた答えと全然ちがうんだけど」


 まあ、みんなが想像する天才ってのは、短い期間で習得できてしまうみたいなもんだろう。

 もしくは、努力を半端なくずっとできる人。


 おれの言った言葉は、みんなが想像する定義を否定していない。


「琴ちゃんはどんなの」

「私か? 私は……よく分からん。だから聞いたんだよ」

「いいよいいよ適当でいいから、言ってみて」


 琴音は右斜め下へと視線を移動させ、唇を丸め込んだ。

 そうだな、とつぶやく。


「物事の本質に気づく力が優れてる感じ……かな。感覚が鋭い、みたいな。勉強とか運動とか、すぐにうまくなれたり、絵だって人の思いつかない発想ができるから描ける、とか?」

「琴ちゃんはなんでもできるタイプの天才について言ってるんだ」


 おれの追従に対して彼女は首を横にふる。


「あ、いや、そういうわけじゃない。一つのことに特化した人は……その特化したことにだけ気づく能力が高かったんじゃないかな。そう思えば辻褄が合う」


 うんうん、そういう考えもあるね。

 おれと琴音の会話に、エレナが弁当を持ってきてやってくる。


「なんのお話をされてるんですか?」


 琴音がそれについて答え、それが終わったらおれは話をつづける。


「世の中には努力型と天才型って言葉があるんだけど、琴音とエレナはどう思う」

「はあ、どう思うとおっしゃられましても。確かにそうなんじゃないんですか? 一樹さんは努力型だと思いますけど」

「それね、どうかな……。じゃあ天才って呼ばれてる人が努力してないのかって、なわけないし。でもさ、努力しても実らない人ってのはいるもんじゃん」


 俺の返答に、琴音がすこし寂しそうな顔をした。


「高校生大会がそうだったよ。一条の力がすごすぎてさ、私なんかが優勝して他の努力をしてた人たちに申し訳なかった。泣いてる人だっているほど、あの大会にかけてたんだ、みんな」

「まあ、時の運もありますからね。実らない人は運がなかったんですよ。一樹さんがイレギュラーすぎです」

「才能に運が含まれるってことか、それって」


 と、意地悪く言ってみた。

 おれは含まれないと思うけど。

 

 そうだなあ、世の中には自分たちなりに努力をしたと思い込んでる人がたくさんいるんだよね。

 それに対して可哀想と思える琴音は、かなり優しい性格だ。


「含まれるんじゃないですかね」

「話を戻そうか、琴音。才能ってのは無意識の努力ができる人って意味について」


 琴音と机をくっつけ合いながら言った。

 

「結果までのプロセスは素質プラス努力だ。掛け算じゃない、足し算ね。ここ重要」


 ふたりはおれの話に集中しているようだった。


「素質の話は置いておこう。じゃあ努力についてだけど、この努力を時間だけで考えてみる」

「時間、ですか。効率の良さとかは……」


 あとで話す。


「エレナが日本の大会に優勝できる実力が身につくまで、八千時間必要だったとしよう」

「はあ、長いですね」


 本当にそうだろうか。

 そこが今回の話の面白いところ。


「この八千時間、実はゲームをする時間だけで構成されていないんだよね」

「ほう、なにやら興味深くなってきました」

「例えばさ、こんな話を聞いたことがない? 数学の証明に頭を悩ませていた数学者が、ふと散歩をしていたらひらめいたって話」


 あー、聞いたことあります。と、彼女は言った。

 琴音もかわいらしくこまめに頷いている。


「これは数学をする時間に入っていない。けれど、努力のひとつに換算されているってこと」

「なるほど……?」

「他にも、おれは日本で最強の自信があるんだけどさ。Not Aloneだけやってたからうまくなったわけじゃないんだよね。別のゲームのトッププロの生放送を見てたら、そのゲームの技術を流用できたとか、本を読んでたら、そこに書いてあった内容のおかげで報告の質を向上できたとかあるわけさ」


 意識的努力と、無意識的努力の違い。

 これはとてつもなく大きい。


「エレナ、琴音。お前ら同じことを休憩無しで集中して何時間できる?」

「どんなことでも六時間はできますよ」

「私は無理だ。好きなことじゃないなら一時間もできん」

 

 好きなことなら? とたずねると、四時間ぐらいと答えた。


「琴音ちゃんbot撃ちやってるんですか」

「正直、あんまりやってない。集中力がつづかないんだよね。だからAIMがよくならないんだと思う」


 やってる時間を考えればAIMはかなりいいんだけどね。


「二人ともさ、それはなんで八時間とか三時間しかできないの?」

「そりゃ、集中できる時間って限界がありませんか?」

「私はふつうに飽きるから」


 うん、飽きるからだね。


「なんで限界があると思う?」

「疲れるから……ですか?」

「じゃあ、六時間集中したあと、エレナはなんにも集中できない?」


 肯定しようとしていたエレナだったが、それをやめた。


「言われてみれば、別のことになら集中できるかもしれません」

「でも、それを遊びじゃなくて努力したいと思うことで考えてね。例えば、ゲームを八時間やったら、テニスの練習を三時間できる?」

「それならたぶんできますよ。だって別のことですもん、楽しんでできます」


 楽しんで、いいワードだ。

 話をまとめよう。


「つまり、意識的な努力ってのはつづかないんだよね。なぜなら飽きるから。なぜ飽きるのか、それは脳が同じ刺激に慣れてしまって快感を覚えなくなっていくから」

「ほうほう。いつもの一条さんのおもしろい話シリーズですね」


 そんなしてるかな。


「ということは”一つのことに対する意識的努力”ってのは一日にあんまりできないんだよね。これは一日に努力できる量の限界があるって意味だ」

「そうですね!」

「じゃあ琴音、おれの話の最初は?」


 コンビニのパンを頬張っていた彼女は、きちんと咀嚼して飲み込んでから話す。


「無意識の努力ができるやつ」

「そのとおり。結果ってのは、絶対に努力が関係してくる。努力ってのをイコール時間と捉えていくとだな、意識していないところで努力している人が強いわけ」


 おー。と目を見開きながら感嘆としているエレナに対して、琴音は納得していることを示すように真剣な面持ちだった。


「エレナが八千時間努力をしたら、日本で優勝ができる。これを意識的努力だけで構成しようとするととんでもない日にちになるわけ。三年以上かかる」

「だんだん言いたいことが分かってきました」

「だけど、そこで登場するのが天才。こいつらは意識していないところで努力ができる。もはやインチキだぜ、飽きることなく努力できるんだ。努力はゲームに限らなくていいってのは、話をしたよね」


 天才ってのはどういうことか。

 それはつまり、こういうことだ。


「琴音。天才ってのは”その事象以外のことにかけた時間を、その事象につなげられる能力”を持ってる」

「……ああ、理解した」


 エレナは首をかしげながら、おれの言った遠回しな言葉を思い返しているようだった。

 かなり抽象的だったから分かりづらいかもね。


「エレナがギターを勉強したいとする。意識的なギターを引く練習や、メトロノームを使ってリズム感を覚えるとする。けど、意識していないところで音楽を聞いてて、それもリズム感を鍛える練習になっていました」

「へえ、その意識していないところでたくさん努力してる……もはや、”していた”みたいな人が天才ってことですか?」


 そうだね、正解。

 そして、もうひとつだけ付け加えることがある。


「万能型の天才ってのもいるわけだけど、これはどういうことだと思う」

「琴音ちゃんみたいなタイプですね」


 琴音は天才だ、おれの定義上は。


「もはや数学の勉強をしているのにギターの練習にしてしまえる人。それが天才の定義に則った、万能型の人の説明」

「ええ……意味わかりません」

「ま、それは言いすぎだけど。琴ちゃんは普段から本を読んでいたから、集中力を使い分ける練習をしていたり、散策が好きだから体力もあったりする。勉強も得意だけど、その理由は幼少期から親に教育をきちんと受けさせられていたり、勉強の効率が良いやり方を知ってるわけ。地頭が良いのもあるだろうけどね」


 まだ袋に入っていたコンビニパンが、おれの顔へと飛んでくる。


「恥ずかしいからやめろ。そんなんじゃない」

「琴音はゲームがうまくなるのも早かったけど、それは地頭が良いってだけじゃない。他で習得した技術というか、概念をゲームにも流用しているはずなんだ。それが、他の事象を、極めたい事象につなげていることを意味している」


 これで、天才の定義についての説明はおしまい。


 サッカー選手が野球をはじめました。頭の悪い人は「もともと運動してたから、そりゃすぐ上手くなるっしょ、基礎があるもん」って言ってしまう。

 それは違う。本質は努力のやり方を知っているからなんだ。どういうふうに練習をするのが効率がいいのかを知っているから上達の速度が早いんだ。


 おれのなかで、一つだけに特化した天才ってのは本来いないと思っている。

 なぜなら、その特化ができたのだから、そこで得た経験を他に流用できないとは思えないから。


 いるとしたら、それは脳障害によって得た特化だろうね。だから流用ができない。

 これを天才と呼ぶのは、おれはあまり好きじゃないな。


「だからさ、おれのなかの定義上、天才ってのは頂点に立てなくてもいいんだよね。ま、無意識努力ができる以上は頂点に立ちやすい傾向にあるけど」

「あー、天才だから頂点にいるのではなくて、天才が頂点にいやすい傾向にあるって考え方なんですね」


 そうだな。


 黒人は足が早いって? 筋肉の質が違うって?

 舐めんな、そんな単純なものか。仮にそうだとしても、それだけが要因なわけあるかよ。


 走るという行為を、意識的にやっているのか、無意識的にやっているか。

 オリンピックで上位を取っている国の人たちは裕福か? おれたち日本人と比べて走る機会が多いとは思わないのか? 電車は、バスは、車はどれだけ走ってる? リアカーで物を運んだりしていないか? 何十キロ先の水源を素足で運んだりしていないか?


 天才は無意識的行動の結果。

 努力は意識的行動そのもの。


 努力を努力と思わない、超人的な努力量に気づかないから天才なのだ。

 天才ってのは、自分を普通だと思う馬鹿野郎じゃなきゃ、なれねーのさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この43話凄い心に響いた。もし時間があれば、この天才の定義についてを短編に書いてほしい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ