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42.叡智の結晶

 そもそも爆破ルールというのはなにか。

 AT側とDF側に分かれて、それぞれの勝利条件のもとに五人対五人で戦う。

 

 AT側は爆弾を設置ポイントで爆破させるか、DF側を全員殺すこと。

 DF側は爆弾を解除するか、AT側を全員殺す、もしくは一分四十五秒というラウンド時間を耐えきること。


 シンプルなルールに見えて、奥が深い。


 AT側が爆弾を設置すると、それは三十五秒後に爆破する。これはAT側に二つの選択肢があることを意味している。

 敵を殺してもいいし、爆弾を設置したあとに耐えきってもいい。


 そしてDF側。彼らの場合は、ラウンド時間を耐えきるというのは、それはつまり相手が攻めてこなければ勝ちという、主導権を握られた条件であるため、狙ってやる行為ではない。

 爆弾解除も同様。相手が設置してくるという前提でなければいけない上に、そもそも設置されたら不利だ。

 だから、DF側が狙う勝利条件ってのは『爆弾を設置させない』か、AT側を全員殺すこと、になってしまう。敵を殺すことが爆弾解除やラウンドを耐えきるのに繋がっているわけだから、殺そうと作戦を立てるのは正しい動きである。


 つまり、AT側の方が勝利条件的には有利なわけだ。敵を殺しても、爆弾設置をしてもいい。

 DF側が狙える勝利条件は、そもそものルールに基づくのなら敵を殺すことだけ。勝利につながるプレイに『爆弾を設置させない』ってのがあっても、これは受け身の姿勢だから狙ってできるもんじゃないんだ。


 それを理解したおれは説明ができる。

 爆破型FPSの必勝法を。




 ……久しぶりに、真面目に語ろう。アジア最強の指揮官と呼ばれる要因になった、おれの指揮について。

 この理論はものすごく単純で、ものすごく当たり前のことなのに、それを理解している人は、あまりいない。


 師匠に教わって、それを改良――行き着いた極地。

 おれの、おれだけの『指揮構成』。


 これで、世界へ届かせてみせよう。


「エレナ。じゃなくてMagic」


 ”はーい。もはや身内だからゲーム名じゃなくてもいいんですけどねー”


「お前さ、AT側とDF側の有利不利ってどう思う」


 ”はあ、マップによって変わるんじゃないですか?”


 正解。

 現実的には、戦争は守りのほうが有利とされている。

 しかしこれはゲーム、マップによって攻めと守りの有利不利は変わる。


 ”頻度的には守り有利が多いと思います。攻め有利マップはdust2ぐらいじゃないですか?”


 それも正解。理由は敵を迎え撃つ際に、攻め側が基本的に固まりたいのに対して、守り側は色んな所に散らばって挟み込むように攻撃ができるから。

 infeはAT側の方が有利だって判明するのは未来の話だからな。彼女の意見は正解でいい。


 つまり、基本的には敵の居所へ侵入する際に『攻め側のほうが見る場所が多い』わけだ。クリアリングをする量が多い。

 その意識する量の差が、有利不利を生んでいる。


「じゃあ、人数が減っていくとどうなる」


 ”絶対にAT側が有利です”


 それはなぜ?


 ”えーっと、そうですね……。DF側が三人、AT側が三人になったとします。DFはAとBに一人ずつ。もうひとりは中間ぐらいに配置しますよね。ATは固まって同じところに攻められますから”


 人数がすくないと、DF側ってのは不利になっていく。

 それは、固まって動けるAT側に対して、DF側は爆弾設置地点を守る必要があるからバラける。それが人数差を生んでしまう。


 と、今まで言われてきた。

 これは半分が正解で、半分は不正解。

 おれの生きていた2016年でも、この理論は爆破ルールをやっている中堅以上のプレイヤーたちに伝わっている。


 さあ、ここで本当の問題だ。


「Magic。理由はそれだけか」


 ”え、それだけじゃないんですか? 人数差が理由で十分だと思いますけど……”


 定義が甘いんだ。


「candyはそう思うか」


 ”……思う”


「cloverはさ、人数差が生まれるから不利だと思うか」


 ”うん。だって、さっきMagicが言ったとおり3on3の状況でも、DFはバラけないといけないから、撃ち合いの時点で3on1になってしまう。そこから一人づつ交換して2on2になったとしてもさ、AT側は爆弾を設置できる。設置さえすればAT側が有利。これが理由だよ”


 そうか。

 まあ、おれの問いの出し方が悪いってのもあるのかな。

 やはり、この理論を最初から思いつける人間ってのはすくない。琴音ですらも、これはゲームの仕様の話だからな。


「このゲームはマップによって攻めと守りの有利不利が変わる。しいていうなら守りが有利。だが人数が減っていくと、守りが不利になっていく」


 おれはいままでの前提を繰り返す。


「問いは、人数が減っていくと、なぜ守りが不利になるのか、だ」


 そして、答えへと向かおう。


「守りが不利になる。その理由は人数差が本質じゃないんだ」


 ”……本質じゃない、ですか?”


 それまで喋らなかった美咲が口火を切る。


 ”なにかしら、思いつかないわ……”


「正解は、爆弾を設置したあとのAT側が、理論上で1on1を絶対に勝てるからだ」


 それから静寂が、ボイスチャットに流れる。

 だれも話さない。

 みんな、頭の中で繰り返しているんだろうか。おれの言葉の意味を。


 ”aquaさん、絶対に勝てるは盛り過ぎですよ”


「まぐれ勝ちはそりゃあるよ。じゃあMagic。おれが先に『爆弾を設置してから1on1をはじめる』としよう。十回勝負して、八回勝てなかったら、お前と結婚してもいい」


 ”お、マジですか?”


 この言葉を聞いて驚いたのは他の三人もだった。


 ”……あまり聞いてて面白くない冗談ね”


 美咲様がお怒りになっておられる。


「Magic、部屋を建てるから入れ。お前ら三人も観戦しろ。なんで勝てるのか見せてやるから」


 おれはマップをinferno。そして爆弾の設置場所をA側とルール付けした。


 そして、おれは見事に九回勝ってみせた。


 ”いやいや、そりゃA側じゃ難しいですよ。だって見るところ多すぎですし、aquaさんが設置してからスタートではどこから来るのか分かりませんよ。設置場所も、絶対に有利取れる場所じゃないですか”


 そのとおり。おれが言いたいことをこいつは全部いってくれた。


「誰がB側でやるって言った? 誰が設置してからどこに行くって言った? 誰か設置場所を弱いところにするって言った?」


 そう、このゲームは設置場所をある程度まで決められる。例えばinfernoのCAT設置と呼ばれる箇所はかなり極悪な設置ポイントで、多種多様な方向から見られることになる。これを『勝ち確設置』と、世界八位を取ったときのおれのチームはそう呼んでいた。


挿絵(By みてみん)


 ショート、砂場、Aサイトにある箱の裏や、CAT内部……。


 DF側が『解除をする前に見なければならないポジションが大量にありすぎる』設置方法。

 これが勝ち確設置だ。


 要するに『無防備な解除状態にさせて、一方的かつ先に弾丸を撃ち込める』状態を強制させられるんだ。

 これが、1on1時にAT側が設置後に絶対勝てる理由だ。


 これは、Not Aloneに限らずすべての爆破系FPSに通じる最強の理屈……いや、最強の当たり前(・・・・)だ。


 ”ずるいですよぉ”


「ずるいけど、実際にやってみてどうだった。お前、勝てる気しなかっただろ」


 ”だってあんなの絶対にAT側が先手取れるんですもん。私だって勝てますよ」


「この状況があるから、攻めってのは人数が少なくなっても強いんだよ。守りは人数が減ると不利なんだ。なぜかっていうと、この設置からはじまる1on1に絶対に勝利することができないから。仮に設置ポイントが勝ち確設置じゃなくても、相手は解除をしなくちゃいけないんだ。そこをつけばいい」


 爆弾を設置するとAT側が有利。その理由は、相手が『爆弾を解除しないと勝てない』からだ。ATが爆弾を設置すると、DFの勝利条件は爆弾の解除になる。つまり、敵を殺しても勝利にはならない。これが1on1に活かされる。


 爆弾を設置したAT側は、敵を殺さなくていい。

 狙うのは、解除をしようとして無防備になっているDFを殺すか、解除しづらい状況を与えつづけること。

 そうすれば、相手は『解除ができないから負ける』


 1on1における爆弾を設置したAT側の有利性……その本質を理解しているプレイヤーは、少ない。


 この説明をみんなにすると、ふーん。と琴音が得意げに鼻を鳴らした。


「んで、この話の論点は、例えSpeedStarのメンバーが相手だとしても撃ち合いで勝てる……ってことだろ?」


 この質問を、まだプレイして間もない彼女ができるのがすごい。

 これだから琴音が好きだ。


 ”……それで、aquaの思う私たちがやるべきことってのはなに”


「まずおれがやってみせた1on1のやり方を極めること。先に設置をして、自分の位置がバレていないなら絶対に勝てるようにすること、それとバレていても爆弾設置の優位性を使って勝利して欲しい。そしてそれが完成したのなら、今度はおれの指揮官としての考えをすべてこれに執着させる。つまり最終的な1on1で絶対に勝てると踏み込んで、作戦や指揮を『勝ち確設置をする』ことにつなげる」



 これで前提の説明は終わりだ。

 おれの、世界で通じた理論――指揮構想。



「おれの指揮は二つの武器がある。ラウンド全体を通して作り上げる、後半のための勝ち確ラウンドの作り方。それは高校生大会でやってみせたよな」


 ”はい。この前、高校生大会の動画をfloraちゃんに教えてもらいながら見てましたけど、序盤と中盤で相手に前提を作らせるんですよね。だけど後半でその期待を裏切る”


「そう、それによって意表を突かれたチームは、後半の勝ち確ラウンドの動きについて来られない」


 弱いチームのラウンド構成ってのはこの通りだ。

 いつも同じ攻め方をしていたAT側が、なぜかいきなり動きを変えた。当然、変な作戦をしているとバレる。


 なら、おれの場合は?

 いつも同じ攻め方をしていたAT側が、いつものような動きをしていると見せかけて、裏で作戦行動を取っていた。


 これが、人の心理をつく指揮官の技量。まあ、この技術自体は師匠から譲り受けたものだが。


「そして、高校生大会では見せなかったもう一つの武器。今さっき伝えた勝ち確設置という概念だ」


 先に先手を絶対に取ることができて、なおかつ多方向に注意を向けなければいけない設置箇所。

 infernoならAのCAT設置。dust2ならAのlong設置、CAT設置。

 これらの箇所を、真の意味で有利に活かすことで、理論上は絶対に勝つことができる。


「この勝ち確設置を活かした1on1の勝利方法は、撃ち合いに頼っていない。つまり、SpeedStar相手にですら、1on1でならcandyでも勝てる」


 ”それはありがたいね”


「だからこそ、この設置を狙う作戦と、この設置を相手に意識させた勝ち確ラウンドの作り方。そしてzipp0の弱点と、その弱点を相手に意識させた次の作戦。これでSpeedStarを相手にする武器は四つ……これだけあれば勝てるだろ?」


 ”あはは……。さすがaquaさんですね……”


 と、啖呵を切ったのはいいが……。おれの予想する勝率じゃ――――実は三十パーセント程度しかない。全部、机上の空論だ。この勝ち確設置をするための作戦、それがどうしても成功しないと思っている。


 圧倒的な力量差、撃ち合いの強さ。

 こればっかりは、みんなに強くなってもらうしかない。


 FPSは、指揮だけで勝てるほど甘くないのさ。

 おれは、世界でそれを思い知った。

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