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40.運命

 十月六日。この寒いなか、おれたちは駅で電車を待っている。目的地は、四葉 優也(よつば ゆうや)君の家だ。

 美咲とエレナは黒タイツを履いているが、琴音はそういうのを履きたがらない。寒くないんだろうか。


 気になったおれは、それを聞いてみた。


「寒いけど、邪魔くさいじゃん。お前タイツ履いたことあるか?」

「あるわけねーだろ」

「なんか肌に張り付くんだよ。気をつけないとすぐ破けるし」


 ああ、ちょっと気持ちが分かるかもしれない。

 おれも家に帰ったら靴下はすぐに脱ぐんだよね。


「あーそれそれ。私も靴下はムリだ、帰ったら履いてられない」

「へえ、お二人ともそんな趣向があるんですね」


 自由さを求めたいのかな。親は寝るときに靴下つけてたりするし。


「お前ら靴下はきながら寝られる?」

「私は絶対ムリだ。なんか気持ち悪い」

「ええ、暖かいのに。なんでですか?」


 理由は説明できないんだよなぁ。なあ琴音。


「私は履けると思う。家は暖かいから履かないけど、この季節は寒いわ」


 美咲は冷え性ってわけじゃないけど、寒がりなんだよな。

 だから家を買ったときは床暖房があるところにした。


「あ、電車きましたよ」


 それから揺られること十五分。おれたちは隣町までやってくると、駅から見える大きなマンションへと向かう。いいところに住んでんだな。

 そういや、琴音とは一緒に美咲の家まで遊びに行ったけど、エレナはまだだな。


「エレナ、美咲の家に今度遊びに行こうぜ」

「美咲ちゃんの家ですか? いいですね、行ってみたいです」


 クソでかいからマジで驚くぞ。あ、でもエレナは外国出身なのかな、だとしたら広さには慣れてるかもしれない。


「歓迎する。一緒にゲームして遊びましょう」

「あはは、やっぱりゲームなんですね」

「そう。一樹と一年生のときに仲良くなってから、ボードゲームとか買いはじめた」


 ちょっと古めかしい町並み。エレナを先頭についていく。


「エレナってロシア出身なの」

「はい、三歳ぐらいまでしか住んでなかったですけど。以降はたまにおばあちゃんちに行ったりするぐらいです」

「じゃあ読み書きは?」


 うーん、と彼女は考えあぐねる。


「話すのはできますけど、読んだり書いたりは……。まあ旅行に困らないぐらいですよ」


 へえ、やっぱり子どものころに覚える言語ってのは大きいんだな。


「父と母もロシア語で喋ったりしますから、それも大きいですかね」

「そのときの気分で変えてんの?」

「どうなんでしょう。忘れないためにじゃないですかね。理由はわかりません」


 ゲームで上位をめざすときに、外国語ができるのはかなり大きいんだよね。

 例えばスウェーデン語や中国語、韓国語、それと当たり前だが英語。この辺は覚えてるとFPS関係が強い。海外の動画を見て勉強できるからな。


 チームの募集で外国語ができるのを条件にしているのは見たことないけど、わりと重視してもいいことだとは思う。

 本当にチームにいて損がないからな。


「みなさん、あんまり外では遊ばないんですか?」


 おれと美咲はマジで外出しないな。誘われない限り一人でぶらついたりとか全然しない。

 琴音はそうでもないだろうけど。


「おれは出ないけど身体を動かすのは嫌いじゃないよ」

「……走り込みとか、鍛えることはするけど。遊ぶのはほとんどない」


 そういや美咲のやつ走ってたな。


「私は家にずっといると気が滅入るから、あんまり引きこもり体質ではないかな。でも店を回ったりするのはそんなに興味ない」

「へえ、散歩とかですか?」

「そうだよ。エレナは街でウィンドウショッピングとか好きそうだね」


 たしかに、めちゃくちゃ分かる。


「たのしいですよ。お洋服みたり、かわいい下着屋さん行ってみたり、新しいタピオカティー屋さんとか探してみたり」


 この時代にはもうタピオカドリンクなんてあったのか。

 そりゃそうか。おれのいた頃にブームが来てたってことはその前からあるって証明だもんな。


「タピオカ……。飲みたい」


 美咲も好きだったな。よく一緒に買った覚えがある、懐かしいな。

 帰ったらデートでも行って、買ってみようか。


「この辺りにあるんですかね、四葉さんの家へ行ってみたら探してみましょうか」


 まだGoogleマップを使ってる人がいないのもこの時代ならではだ。それとも、まだないのか?


「ここ?」


 琴音が指をさすと、エレナがうなずく。おれたちはエントランスへ入り、部屋番号を彼女が打つのを眺めていた。

 それから待つこと数秒、昨日は無視をされたらしいが……。


「はい」


 女性の声だ。おそらく四葉優也の母親だろう。

 すこし緊張感が高まる。が、エレナは気にしてないようだ。


「はじめまして、開清高校二年生のエレナと申します。四葉さんのご自宅でお間違いないでしょうか」


 声色ひとつ変えることなく、平然と言ってのけた。

 肝っ玉があるね、この人は。


「そうですけど」

「学校へいらしていないとのことで――――」


 ……ここで『お話だけでも伺えませんか』なんて言ったら、断られそうだ。親にも、息子にも。

 どうたずねる、エレナ。


「お友だちになれないかなぁと思って来ました。優也君を連れて遊びに行ってもいいですか?」


 半端ねえこいつ!

 頭がぶっ飛んでやがる。


「は、はあ……。ちょっと待っててください」


 それから二分ほどでドアが開き、中へ招かれた。

 エレナは振り返ってほこらしげに鼻を高くしている。


「ふふんっ。どうですか」

「あんただけだよ、そんなことできんの」


 と、あきれた素振りを見せる琴音。その実は褒め称えているんだろう。


 *


 おれたちは彼の母親に連れられて、部屋の前まで来た。

 それから、扉がゆっくりと開く。


 のぞかせた彼の顔は、驚いていたようだった。

 それもそうか、いきなり四人で来られて驚かないほうがめずらしい。


 高校生一人が過ごすのにちょうどいいぐらいの広さで、ベッドとパソコン、本棚にはたくさんの漫画や小説がある。使い込んで汚れたのであろう参考書も収められている。バスケットボールも部屋の隅に転がっていて、至って普通の高校生の部屋だ。

 四人が部屋に入るにはかなり狭い。


「……えーと、はじめまして」


 開口一番、彼は気まずそうにそう言った。あざやかな黄色の髪が目立っていて、とても優しそうな雰囲気を持っているのが印象的だった。

 極端にデブやガリというわけではなく、細身でそこそこ身長は高い。170ちょっとぐらいだろうか。

 こう言っちゃなんだが、不登校になるような人には見えない。


 それこそ、髪をいじって遊べるようなやつが不登校になるかな、もうちょっとザ・陰キャラみたいなやつが学校に来ないと思っていたけど。不良路線でもなさそうだし、どういう経緯で不登校になったんだ。


「はじめましてっ。エレナ・マカロワ・ジュガーノフと申します。ロシアと日本のハーフです」

「はあ……。して、なんで僕の家に来たんですか」


 当然の疑問だ。


「お友だちになりにきました」

「それは母から聞きましたが……」


 敬語で距離を取っているこの感じ、壊すのは琴音だろうな。先の展開が読める。


「このなかで同じクラスなのは美咲なんですけど、ああ、この人です。かわいいでしょ?」

「はあ、そうですね……」

「はじめまして」


 美咲の状態が読み取れる。まだこの時代は人見知りだからね。


「美咲のクラスに遊びに行って、たまたま名簿を見たら四葉さんのお名前を見たんです。それでお友だちになろうかなって」

「え……。どうしてそんな発展に……」


 困るよな……ははっ……。

 正直、エレナ以外のおれたちは干渉するのに対してまだ抵抗感がある。

 それが伝わると不味いな……。


「まあ単刀直入に聞きますよ。なぜ学校に行かなくなったんですか?」

「え、行きたくなくなったから……だけど……」

「そうなんですね。学校に来いとは言わないので、私たちとお友だちになりましょう。それで私たちに会いに来てください」


 こんな破天荒な人って現実にいるんすね。漫画か小説のなかだけだと思ってましたわ。


「ええ……」


 ずーっと困ってるよ。


「外に出るのに抵抗ってありますか?」

「い、いや。別にいいけど……」


 カーペットに座っているエレナと美咲、ベッドに座っている四葉。それと椅子に座っている琴音。

 対しておれは部屋の端っこに座って話を聞いていた。悪いとは思いつつも、部屋を見ていると、あることに気づいた。


「あ、IE3.0だ」


 つい、言葉をもらしてしまった。

 それが決していけないことではないんだが、部屋の観察をしていることを吐露するようですこし嫌だった。


 話は戻り、IE3.0ってのはゲーマー間のなかで大人気を博したマウスのことだ。ゲーミングマウスというわけではないが、その品質の高さと形の良さ、そしてボタンの数が、ゲーマー界である種の伝説的な位置づけになったほどだ。


 おれの飛んだ2016年にも、IE3.0クローンと呼ばれる、その形を模したゲーミングマウスがたくさん発売された。

 

 そんなマウスが、パソコンのモニターの隣にあった。


「え、IE3.0ですか?」


 エレナも立ち上がり、確認している。


「四葉さんもゲーマーだったりするんですか?」

「う、うん。エレナさんと、一条くんもそう……?.」


 ほほう、ゲーマーか。

 しかもパソコンゲーマー。そういやこの部屋にはゲーム機がない。パソコン派だったか。


 待てよ。おれって名前いったっけか。

 まだ教えてない気がするんだけど。


「私たちe-sports部に所属しているんです」

「あ、ああ。そうなんだ……」


 彼は微妙な反応をしている。

 おれが突っ込む間もなく、エレナは続々と話していく。


「四葉さんはどんなゲームをしているんですか?」

「え、一応、Not Aloneだよ……」


 んん……。じゃあ、四葉が最初、おれたちに出会って驚いた理由は……人数じゃねえのか。

 そりゃそうか、人数なんて一番最初に親が伝えるはずだよな。


 こいつはまさか。


「じゃあおれたちのこと知ってんじゃねえの?」

「う、うん……。一条一樹、ゲーム名はaqua。僕の知る限り、いま日本で最強の人です」


 NA民か、すっげえ奇遇だ!

 こりゃエレナのお友だち計画はすぐに成功するんじゃないか。一緒にゲームとかやって。


「それと、エレナ・マカロワ・ジュガーノフ。Magicって名前で、全国中学生大会で優勝してて、高校生大会は……突然消えてしまいましたけど」

「ああ、ロシアに行ってたんです。よくご存知で!」

「あと、鳴宮美咲……。僕、世界のプレイヤーたちの動画も見るけどfloraより反応速度が早い人は見たことないんだ」


 こいつ、けっこう分析力あるな。


「それと、長門琴音。candyはあんまりネットじゃ話題にあがらないけど、状況判断の速度が早くて、頭がいいんだなって感じました」

「そりゃどうも。別に頭はよくないけどね。ていうか、同学年だからタメ語でいいだろ。なんならそっちが先輩なんじゃないの?」


 なんでこの子はちょっと半ギレっぽく話すんだろう。


「ああ、うん……」

「NA、結構やってるんですか?」

「やってる。自信あるよ……」


 自信がある。この発言ができるやつはそうそういない。

 自分のことを弱いと称する人に、大した奴はいない。自分のことを強いというやつも、口ばかりだ。


 だが、自分のことを普通とか、そこそことか言うやつはだいたい上手い。

 そして、自信があるって言う奴はまれだ。


 当たりか……?


「一樹さん」


 わかってる。


「四葉。今度いっしょにゲームをしてみないか、うちの部活まで来て」

「え、学校まで……?」

「今は俺が部長だし、いくらでも部活だけやりに来いよ」


 四葉はうわ言のように、口ずさむ。

 僕が、チームに、と。


「……うん。行ってみるよ、部活。コンピュータ室でしょ?」

「そうですよー」

「でも、怖いな……」


 こわいよな。ずっと行ってなかったら、自分の居場所がないように感じるよな。


「学年変わってんじゃないの? 別にいまさら顔見知りと会うわけでもないだろ」


 と、あっけらかんに言うのは琴音だ。


「つうか、四葉って何年遅れなの?」

「い、一年だけど……」

「あー、三年生か。まあ学校にはいるかもしんないけどさ、そんな確率的に高くないから気にしなければ?」


 他人にあんまり興味なさそうな琴ちゃんが、ここまで言うんだ。


「気にしない、か……」

「クラスで友人がいなくても私らと話してりゃいいんじゃないの? 昼飯とかとくにそうでしょ」


 へえ、以外だ。

 こんなにアドバイスしたりするんだ。


「……琴音がやさしい」

「まあ、私も一条には世話になったしな。恩返しみたいなもん」


 恩返し……。そんな手助けをした覚えはないぞ。むしろ助けられてるほうが多いぐらいだ。

 どんなことをしたっけ。と、おれは問いかける。


「そりゃあ一条。私と友だちになってくれただろ」

「琴音って友だちが欲しかったのか」

「いや? 欲しかったわけじゃないけど。できたらできたで悪くはないな、と思ったよ」


 琴音は恥ずかしそうに言った。

 自分の言ったことで恥じらう彼女はなかなか見られない。


「男一人と女三人で……仲いいんだね」


 おれもそう思うぞ四葉。

 よくもまあ凸凹ぞろいでこの四人で遊んでるもんだ。お前も一般人枠兼男二人目として採用したい。




 考えないようにはしてたが、変な予感はしている。

 ここまで上手くいくことってあるか?

 物事がきれいに進みすぎている。ここまでうまくできてんだ、世界は回るんだろ。


 なあ四葉、お前は一体どれだけ上手いんだ……?

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