39.きっかけ
昼飯時、いつものように男友だちの席へとつなげようとしたら、エレナがやってきた。
「一樹さん、やっぱり不登校な人を放っておくのできないんですけど」
気持ちは分からんでもないが、そっとしておくべき派です。
それを伝えても、彼女の固い意思は変わらない。
どうやらエレナは頑固者みたいだ。
「嫌なんだが」
「だめでーす、あきらめてくださーい」
この野郎、ほんとうに聞かねえ気か?
おれは席をつなげてから、琴音のところまで彼女を連れて行く。
「おい琴音も手伝え」
「……エレナ、あのね。私の直感だけど不登校の人ってのは、自分から出てくるまで置いておくのがいいよ」
「なんでですかぁー」
棒読みで彼女は言った。まったく聞く耳を持たない様子だった。
琴音も困った様子で眉間にしわをよせる。
「なんていうかな。彼らが戻ってくる、戻ってきやすい場所を用意しておいて、あとは自然に来るまで待つほうがいいんだよ。だって、人や環境が嫌でひきこもってるんだから、こっちから干渉しないほうが……」
「ははあ、なるほど。でも放っておけませーん」
驚いた表情で琴音がおれを見てくる。
「わりい琴音。おれ腹減ったから弁当食うわ」
「待て、逃がすか」
離れるおれの服の袖を彼女がつかむと、勢いづいていたためバネの反動のようになって戻される。
付き合ってられるか。
「一樹さん、だめなんですか?」
「いや、だめじゃないけど……。ぶっちゃけ面倒くさい。知らん人だし」
僕は嘘がつけません。
「ひどい。見損なった。あなたへの思いが超、超、超大好きから、超、超大好きぐらいになりました」
「そうすか。じゃあ」
「待て、逃がすか」
再度、琴音に引っ張られて戻される。
「離せ琴音」
「こんなの置いてくな」
エレナってこういう感じの性格なのね。初対面から印象がだいぶん変わったな……。
よく言えばおせっかい。悪く言えば面倒くさい子だ。
そんなことを考えていると、男友だちから声がかかる。
「一条、先に食っとくぞー」
「モテモテだな」
うるせえ、冷やかしてるつもりなんだろうけど、こっちはマジで参ってんだよ。
「なんでそんなに興味あんの?」
「困ってる人は見逃せないたちなので」
マジでお前……。
「エレナちゃまだけでがんばって」
「ぶーっ。いいですよ、そこまで嫌がるなら私一人でやりますよ。もうっ」
なんでおれが怒られてるんだ、ふてくされおって。
仏頂面の顔がまたかわいいし。
*
それから次の日の朝。早速エレナはおれの席までやってくる。
「一樹さぁん」
「なんじゃい」
「ガン無視を決め込まれたんですけど」
話を聞くに、先生から住所を聞いてマンションまで行っては見たものの誰もインターフォンに反応しなかったようだ。
「どんまい」
「ドンマイじゃないですよぉ」
さすがに運が悪かっただけだと思うけど。親が反応しないわけないだろうし。
「どうすればいいでしょう」
「あきらめなさい」
「嫌だ嫌だぁ」
駄々っ子すぎる。はじめて出会った頃の気高さというか、気品のあるエレナはどこへ行った。
もともとがこういう気質だったのか。
「学校に行きたくないかもしれないのに、エレナは無理やり連れて行こうとしてるんだぞ」
「うーん、そういうつもりではないんですけど……。学校って、もしかしたら楽しいかもしれないよ。ってことを伝えたいなあって」
放っておくべきだと思うけどなあ。
「エレナのせいで思い出したくないことを思い出させるかもよ」
「なーんでそんな悲観的なんですか!」
悲観的というか、最悪のケースを考えているだけなんだけど。
思考の違いだね、これは。
「いいんですっ。嫌なことを思い出させても、嫌なことをさせてでも、もっと楽しいことを提供するからいいんですっ!」
もっと楽しいこと、か。明るいな、エレナは。
おれも見習おうか。
「一樹さんも行ってみませんか?」
「んー……」
「やったぁ。うれしいです」
返事してないんですけど。
「いやー、まさか了承してくれるなんて」
「なにも言ってないが」
貴重な時間を無駄にしているような気もするが、そんな考えばかり持っていたら疲れそうだしな。
美咲は、こういうのって参加する方だったかな。おれと似ている考え方だから参加しなさそうだけど。
「気が乗らない」
ですよね。
エレナが理由をたずねると彼女はいつものように抑揚のない声で答えてくれた。
「私はすべての可能性を考慮したい。だから、学校に行っていないのを触れられたくない人もいるかもしれないから、あまり行きたくない」
「むむむ……」
それから彼女は畳み掛ける。
「成功したら、たしかにうれしいかもしれない。けれど、失敗したときのこと考えたら、相手をより傷つけるだけよ。それって、本当に相手のことを思っているのかしら。成功したときの喜びを自分が味わいたいだけに思える」
「うえーん。一樹さん、美咲がいじめてきますぅ」
ド正論すぎてなにも言えねえ。
「一樹も行くの」
「なんとなくな。おれも否定派だけど、エレナなら期待値が高いかなとは思った」
真顔な表層に反して、怒っているのが分かる。
それを読み取れるのは、きっとおれと彼女の親ぐらいだ。
「期待値で人の心を動かそうとしないほうがいい。人はおもちゃじゃない」
こわい。
美咲が腹をたてることはめずらしいけど、そのかわり一度でもスイッチが入ると平生に戻るのにとても時間がかかる。ずっと無視してくる美咲はけっこうな圧迫感がある。
この辺りでエレナに止めてもらいたいが。
「おもちゃにしてませんよ。かといって見なかったことにして放置するのが正しいとは思えません」
「正しいかどうかは重要じゃない。その人のことを思っていたとしても、彼の意思とは関係なしに行動するのは間違っているとおもう」
彼……男なのか。そういや男性名だったっけ。
まー美咲に口で勝つのは難しいぞ。
一生、正論をぶっ放してくるからな。
「行くったら行くんですっ!」
「強情なのはよくない。だめ」
「行くんですー」
「だめ」
ヒートアップしてきたな、おい。この世界に来てからはじめて見たぞ、美咲がイライラしてんの。
「なぜ、そんなにも不躾になれるの」
「デリカシーがないわけではありません。だいたいですよ、このまま見過ごして彼がおとなになってから後悔したら、それこそより傷つくじゃないですか」
ここらでおれが仲裁に入らないとまずい気がする。琴音を連れてこればよかった。
「いつか彼が復帰して、何事もなかったかのようになるのを、美咲だって期待値にかけて望んでいるってことですよね、放置するってのは! そんなの相手を傷つけた原因に自分が加わりたくないってだけですよ! 自分かわいさに逃げてるだけです! 美咲のばーか。ばーかばーか!」
めっちゃ止めたいけど、なぜか身体が動かん。
あるあるだけどこれはタイミングが悪い、仲直りさせないと……。
「馬鹿はあなたよ。最悪の可能性を考えるべき」
「最悪の可能性はこのまま放っておいて、親以外の誰からも忘れられることでしょ!」
そのフレーズが、やけにおれの心に響いた。
たぶん、美咲にもだと思う。
その理由は、おれたちなら簡単に分かることだ。
おれが、美咲に話しかけたときと一緒だったから。
ずっとさびしかったと、彼女は言っていた。中学も、高校二年間も、一人きりだったと。それがなんだか悲しくて、それを知った卒業式のとき、涙がこぼれた。
だれからも知られない、覚えられない人生に、意味はないと思う。
そういや、そうだったな。
形が違えば、美咲も不登校になっていてもおかしくはなかったし、境遇だけ見るなら近しいものがあった。
おれは、美咲をちらりと見やる。
「美咲、やっぱり行ってみないか。自分たちが触れてしまうことで、悪い結果を招くことになってしまうかもしれない。けどさ、改善できる可能性を増やせるのは、思い立った人だけなのもまた事実だ。それこそ、おれたちが嫌う運ゲーとおなじだろ」
Not Aloneでも、味方が良いプレイをすると祈って、孤立した動きをするのをおれは嫌った。それをみんなに伝えることで、実際にチームプレイの力は上がり、高校生大会で優勝した。
それと似たようなもんだ。
「でも、その人に与える影響が、どうなるか想像がつかない。きらわれるのは嫌だし、その人が悲しむのも嫌よ……」
人間は、そう簡単にだれかを嫌いになったりなんてしない。嫌いになったと思い込んだり、嫌われた、と勝手に思ったりするだけだ。
もし、その人がおれたちのことを不快に思ったのなら、そのときは潔く諦めればいい。
おれは、ありのままに思ったことを伝えた。
「……一樹は、これがいいことだと思うの」
美咲もエレナも、かなり頑固者だ。
おれは、いいこととは思わない。
「これはおれの感覚だけど……不登校の人に対してするべき本当の対応ってのはさ、復学を目的としない別のなにかだと思うんだよね」
ゲームで昔、不登校の人と話をしたことがある。
その人は、先生や親からも『学校へ行く』ことに関しては触れてほしくなかったと言っていた。
だが、それだけだった。話しかけられる事自体に、嫌悪感はさほど抱いていなかったと言っていた。会話をすると緊張や不安は覚えるらしいけれど、それはズル休みをしているのが申し訳ない気持ちからくるものであって、会話をするのが嫌というわけではなかった、と。
すべての人にそれが当てはまるかは、違っているとは思う。
ただ、その言い分はすごく納得できた。
「だから、エレナ……。おれと約束してほしいことが一つあるんだけど」
「なんでしょう」
「学校に来させることを目的として行かないって。ただ、友だちになりに行こう」
これなら、どうかな。
美咲に気付かれないように横目で見ると、どうやら了承してくれたようだ。
「……分かった。それなら、いいわ」
そうだよな。おれも一年生のとき、美咲へ友だちを作れよ。とは言わなかった。人に話しかけて友だち作ればいいじゃん。なんて、そんな言い方はあり得なかった。まずはおれから友だちになって、気づけば美咲は琴音やエレナと自然に話せるようになった。一年のときのグループの奴らだってそう。それが、美咲のきっかけだ。
前の世界の美咲はおれと出会い、ゲームを一緒にやりだした。日本一をめざして、世界をめざして……。過程で得た経験が、彼女のコミュニケーション能力をあげた。
それじゃあ、学校が終わったら行ってみようか。




