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38.不登校

「一樹さーん」

「なんでしょうか」


 エレナがやってきて三日目。気がついたら彼女は名前で呼ぶようになっていた。

 まだ入部こそしていないけれど、すでに部内三位の強さを持っている彼女が来たのは、なかなかどうして潮時だ。部活動にあまり参加する気はなかったが、紅白を目当てに行くようになった。

 まあ、新チームを結成したら退部するだろうけど。


「今度いっしょに遊びに行きませんか?」

「メンバー見つかったらね」

「まーたそれですか」


 授業の合間にある休み時間、そのたびに彼女はおれの席までやってくる。他のみんなはエレナと喋りたがっていたのに、あまりにもおれにベタベタとしているからか人影は減っていった。

 嫌われていたり、人気がなくなったわけではないんだけどね。


「そんなに焦ってもいいことないですよ?」

「おれは早めにしたいの。あてを探してください」


 ネットでメンバーを募集したり、チームから引き抜きを試してみてはいるが、実際はそう簡単には見つからない。

 おれたちのチームは、メンバーの募集要項が国内の上位チーム並に厳しい。

 すでに大会で実績をあげている、もしくは国内大会での優勝ないしは準優勝程度の実力を持っている自信がある人。


 来るわけねえ。


 ああ……。時間をどんどん無駄にしていってる。

 美咲、まだ帰れなさそうだ。


「一樹さーん、遊びましょう」

「琴ちゃんに遊んでもらって」


 教室内、左上にいるおれたち。そして、そのすぐ右下――左から二列目の二つ目にいる琴音がぼやく。


「飛び火させんな」

「琴音ちゃんは本を読んでいるので、お邪魔できません」

「おれも勉強してんだけど」


 ゲームをやる時間を伸ばすために、できる限り家にいない時間は勉強をしている。なにもしていない時間を潰して、なにかをしている。

 それがおれの心を疲弊させている。

 疲れは徐々に溜まってきているが、美咲のことを思えばなんとか頑張れる。


「エレナ、スカート短くないか」


 おれと話しているときは常に笑顔な彼女の、真っ白な両足が目に余る。

 普通の生徒よりも短い。


「イヤー! エッチ!」

「うるせえばかしね」


 大きな声を出さないで。


「女の子のおしゃれですよ」

「スカート下げなさい。体育教師とかに見つかったらどやされるよ」


 注意をしても聞く気のなさそうな彼女はおどける。


「す、スカート下げなさい……? いくらなんでもパンイチで学校生活は……」

「うるせえばかしね」

「おい一条、セクハラで訴えられるぞ」


 琴音はにやにやとしながらそう言う。

 にぎやかだ。


 楽しい日々を、純粋には楽しめない。

 あー、悲しいな。

 こんなにも面白い世界なのに、なんで元の世界に自由に帰れないんだ。


「一樹さんって、表情にすぐに出ますね」

「え、なにが?」

「……いいえ、なんでも。ただ、疲れたら休憩してもいいのでは」


 休憩か。

 できないな。


 美咲は、なんて言うかな。

 また会えないかな、夢の世界で。


 負けるのはあんまり怖くなくなったよ。試合における覚悟は、大丈夫。

 でもさ、どうしても日常を衷心より楽しめないのが、苦しいよね。


「そいつさ、たまにふっと疲れた顔するでしょ。うざいよね」

「う、うざいかどうかは分かりませんが……。たまに心配になりますね」


 油断してるんだな。

 気を引き締めなきゃ。


「あ、一樹さん今なんて思いましたか?」

「え、気をつけようーって……」

「ちがーう! 疲れたら休憩するんですっ。なんでそんなことも分かんないですか!」


 いやいや、したいけどさ。

 前の世界じゃしてたよ、体調の管理は。だから世界八位まで行けたわけだし……。

 

 ん、そうか。身体を壊す前に休憩しないと、勝つ前に生きることすらつらくなるかもしれない。

 それはよくないな。


「はい、休みます」

「それでよろしい。ですから、私と遊びましょう?


 彼女は首をすこしだけ傾けて、問いかける。

 笑顔がまぶしかった。


「あ、次の休み時間は美咲ちゃんのところに行きましょうよ」

「いいよ」


 琴音を引き連れて、おれたちは向かうことになった。




 友人はいない、わけではないようだが、彼女は一人だった。

 休み時間は本を読むか勉強をしているのが、この学年の生活スタイルらしい。昼飯は一応、席をくっつけてはいるものの、会話をそれほどするわけでもないようだ。


「美咲ちゃーん、来ましたよ」

「……おはよう」

「おはようございます。雑談しにきました」


 そうだよ美咲。おれら雑談をしにきたんだ。

 適当に空いている席を二つ見繕い、琴音は遠慮なしに机へ座る。他人の机にお尻を乗せられる女の子はあんまりいないだろうな、彼女の年齢ぐらいでは。


「どの国が強いのか談義をしましょう」


 昔やったなあ、美咲と。この世界じゃまだだけどさ。師匠とか、zipp0とかともしたっけ。


 まずは美咲が意見を言う。


「今はスウェーデンじゃないかしら。Ginaticが圧倒的だもの」

「去年はSCgamingが一番強かったですけど、そこもスウェーデンですからね。一位は答えがすぐに出ちゃいましたね」


 琴音はあまり知らないこともあいまってか、おれへとたずねる。


「一条的には正しいの。スウェーデンが一番強いっての」


 そうだな。スウェーデンは昔から未来に至るまでずっと強い。本当にわけわからないぐらい。

 理由は、なんだろうな……。


「強いよ。昔、2003年ぐらいにさ、Not Aloneを代表する天才プレイヤーが数多く出てきたんだよ、スウェーデンって」

「へえ」

「んー、他の国にもいたんだけど、2003年から2006年ぐらいまでで偉大なプレイヤーランキングを作るとしたら、上位がほとんどスウェーデン人で埋まっちゃうかもしれないぐらい」


 理由は分からん。

 まぐれにしてはできすぎだから、なにかあるとは思うんだけど。


「スウェーデンはe-sportsに対する認知度とか、偏見がすくないってのは大きいんだけど、それにしても奇跡が起きたってぐらい天才プレイヤーが多く生まれたんだよね。そりゃ、後続のプレイヤーもうまくなるよね。彼らと練習できる機会が多いから。国内の大会もレベルが高くなるし」


 世界大会のほうがもちろんレベルは高いんだけど、世界大会の予選だとすると、スウェーデンの国内大会のほうが技術は高かったかもしれないな。

 そのぐらいあの国のプレイヤー層は分厚い。


「なるほどね、天才が重なったのか」

「言われてみればスウェーデン人のプロプレイヤーはたしかに多いかもしません」


 まあ、来年はポーランドのチームが世界を席巻していくんだけどね。


「一樹さんはどういう条件がそろった国が強いと思いますか? やっぱりプロゲーマーに対する処遇ですかね?」

「いや、そんなんどうでもいいよ。重要なのは人口」


 人口……。とエレナがこぼす。


「サッカーとか野球とか、なんでもいいんだけどさ、頭にスポーツを五種類ぐらい思い浮かべて」


 間違ってることもあるかもしれないけど、国の人口に対する比率で考えてみればまあ大体正解だと思う。


「そのスポーツが一番強い国は、そのスポーツ人口も比例して一番多いよ。正確に言えば、国の人口に対するプレイヤー人口の割合だね」

「人口って関係あるんですか? 相関はありそうですけど、そこまで?」


 そこまでって言うけど、それがすべてだと思うんだけどなあ。


「人種による向き不向きとかないよ。結局ね、誰かと競争するから他人よりもうまくなれるわけよ」

「ほほう」

「相手のいいところを真似するとかさ、なんでも他人と比較していくから技術ってのは上がっていくの」


 琴音はおおかた納得しているようだった。


「じゃあさ一条。絵とかは?」

「あれは他人と競争して書いている人ってあんまりいないでしょ? いたとしても、やっぱり競争相手の数が多いほうがうまくなっていくと思うよ」


 浮世絵から新しい絵の書き方を学んだ外国人がいるように、競争ってのは新たな知見を呼ぶし、新たな技術を生み出す。


「人口か……言われてみればそうかもな。Not Aloneはスウェーデン人が一番プレイしてんの?」

「さすがにアメリカ人のほうが多いとは思うけど、人口比率で言えばたぶんスウェーデンのほうが上だと思う」


 おなじ理由でブラジルとかも結構NAは強いんだよね。

 だったら中国は? っていう意見が絶対わくんだけどさ。それにも理由があって。


「……一樹。中国は、なんであまり強くないの」


 ほら美咲から来た。


「人口比率がたぶん少ないから。それと、あの国は海外のDEMOを取るのにたぶん苦労してるんじゃないかな。ネットも規制があるでしょ、強豪チームの技術を盗んで、下の人たちがうまくなりにくいんだと思う」

「わかった」


 そら結構なことで。


「なんか雑談のつもりが一樹さんの話を聞くだけになってしまいました」

「一条はこの手の話に強いからね。もっと変な話にしたら」

「変な話ですか? 最近おいしいマカロンのお店とかですか?」


 絶対についていけないですね、それは。


「琴ちゃんだってマカロンとか知らんだろ」

「レシピなら知ってるよ。食ったことはないけど」


 読書家ね、あなたは。レシピなら知ってんのが琴音らしい。


「じゃあ今度みなさんで行ってみましょうよ」


 おれは入ってないよね。


「おれは入ってないよね」

「入ってますよ」

「女の子三人と遊びになんていけるかよ……」


 だいたいこのグループが存在してること自体が結構すごいんだよね。なんでむさ苦しいゲームの世界に女の子が三人もいるんだ。


「一樹さんは甘いの好きじゃないんですか?」

「好きだよ」

「美咲ちゃんは?」


 美咲はなんでも好き。食べられるものなら。

 というのは冗談で、甘いのならプリンとぜんざいが好きだよね。

 

 前の世界で作った、雪見だいふくを入れたぜんざいは好評だったな。

 この世界でも遊びに行ったときに作ってあげようか。


「好き。でもマカロンはお菓子のなかだとあんまり」

「えー、おいしいのに」

「おれもあんまり好きじゃないな。砂糖菓子だからだと思う」


 残念そうにエレナはわざとらしく落ち込む。

 それを見て、美咲はマイペースにほんわかとした雰囲気で言う。


「でも、今度いってみましょう。一樹も」


 えー……。

 場違いなんだよな……。


「きっと楽しいわ」

「はあ……そうすか」

「……エレナはわからないけど、そんなに私たちって女の子っぽいトークしないわ」


 まあたしかに。琴音に至っては女じゃねえ。男っぽい会話内容でもないけど。

 美咲はぽわぽわしてるし、そもそもそんなに喋らん。

 エレナはやべえ。女の子、女の子してる。超女子。


「一樹さん同伴で下着屋さんとか入りたいですね」

「いじめないでください」

「きゃーっ、このブラ超かわいくなーい? みたいな。そんな感じで攻めたいですね」


 結婚してから美咲といっしょにそういうところに行ったのは全然困らなかったけど、友人程度の関係でそれはキツすぎる。


 チャイムが鳴り、休み時間が終わった。

 おれたちは椅子を戻して歩く途中で、教卓にある座席表を見た。


 とくに気に留めなかったおれだったが、やはり目ざといのが琴音だ。


「ん、席がひとつなくないか」


 座席表で見ると右下、つまり黒板から最も離れてかつ出入り口のドアに近い席が、ひとつなかった。

 この情報量から一瞬で違いに気づけるのは、さすが天才。


「ほんとうですね。あそこだけ一列すくない……というよりは、席が一つだけないですね。むしろバランスいいですけど」


 もし右下の席が一つだけあるとすれば、隣の机はないため一人だけはみ出る形になる。確かに席がないほうがちょうどいい。

 前の方の席にいる生徒が、その問いに答えてくれた。


「あ、それ不登校の人の席らしいですよ。一回も見たことないですけど」


 へえ、不登校の子なんていたのか。しらなかったな。

 一年生からいなかったのか? いや、それじゃ学年をあがれないな。おれらの先輩ってことかな。名前みたことないし。


「……一樹さん」

「んー、どうした」

「家に行ってみませんか」


 なにを言ってんだこいつ。


「なんで?」


 おれより先に琴音が言った。


「えー、学校って楽しいじゃないですか」


 楽観的だなあ……。

 この手のは触れないに越したことはないと思うんだが。

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