37.メンバー探し
賑やかな教室。
チャイムが鳴り、騒々しかった生徒たちは席につく。
静まりはじめると藤本先生が入ってくる。
「起立ーッ」
ホームルームがはじまる。
おれは立ち上がり、視線を黒板の右側に向ける。そこに書かれている日付は十月二日。衣替えの期間を終えて、冬服に変わったばかりだ。
「礼ッ。おはようございまーす」
おはようございます。
そう言って、席へと座る。
肌寒くなってきたこの頃、みんなは制服の下に色とりどりのベストを着るが、おれは紺色のカーディガンを羽織っている。
ブレザーとか、学ランとか、ちょっと堅い服装があまり好きじゃないおれは、上着を脱いでワイシャツとカーディガンで過ごしている。
左前の席、隣には琴音。席替えを自由におこなっているおれたちのクラスは、あまり人気のないここを五月から移動していない。
学校生活は好調だ。修学旅行と、また学年対抗リレーで一位になった体育祭は思い出深い。
まあ、それも十年経ったら忘れちゃうんだけどね。
日常生活の記憶ってなんでこんなに覚えてないんだろうか。
それが日常ってもんか。
学校での毎日を、それなりに楽しく過ごしているはずなのに、なんだかさみしいな。
おとなになったとき、あんなに思い出したかった学生生活なんて、学生のうちでも思い出せないよ。
「はーい、みなさん聞いてくださーい。転校生が来てます」
おお、マジか。おれの世界じゃなかったぞ、そんなの。
というか、転校生ってだいたい既に情報通とかクラスの中心人物が知ってて、もはやニュースじゃないっていう流れだろ。
おれの行動で変わったってことだよな。どういう人が来るんだろう。
教室は騒々しくなり、さっきまでの穏やかな雰囲気はどこへやら。
藤本先生が時計をちらちらと見て気にしている。これは察するに、廊下に連れてきているんじゃなくて、時間指定をして向かうように言ってるんだ。
窓際の前側にいるおれと琴音は、顔を見合わせる。
「あんまり興味なさそうだな琴音」
「……どうでもよくないか?」
そういうタイプよね、琴ちゃん。
おれはわりと楽しみだ。教室の扉へ顔を向けて、窓を見つめる。
「一条、これ知ってた情報か?」
「いや、知らない。新しい出来事」」
それから琴音は目を閉じながら首を軽く上に持ち上げる。
二秒ほどたってから、目をゆったりと開ける。
「私の予想が正しければメンバーの募集がいらなくなるかもしれない」
「……まあ、これが小説なら超強い助っ人が来てもおかしくはないな」
「おいおい。一条ともあろう者が、ここまで言ってわかんないのかよ」
琴ちゃんはおれの評価が高いようで。
扉の小さな窓に、転校生が映った。
目鼻立ちのくっきりした、日本人っぽくないパーツと白金色の長い髪。
おれの記憶には、あんな特徴的な髪色はあの人しかいない。
「はは、そうきたか」
わざとらしい笑いが、自然と出る。
「最強の助っ人だ。全国中学生大会、優勝チームのリーダー」
琴音のぼやきと同時に、扉がからからと音を鳴らしながらスライドされる。
ロシアンハーフの美少女が、バニラの香りを振る舞いながら壇上へと立つ。先生は脇へと移動し、主役の彼女へ教室中の視線が集まっていく。
女子からは黄色い声が飛んで、男子たちは高い声で冷やかす。
「はじめまして。ロシアから来ました、エレナ・マカロワ・ジュガーノフと申します。これから半年間、よろしくお願いいたします」
以前よりも大人っぽくなった彼女は、自信に満ち溢れた声色をそのままに、とても華やかな雰囲気を持っている。
壇上にいる彼女へ、おれは声を掛ける。
「エレナさん、久しぶり」
「えへへ。帰ってきちゃいました、一条さん。琴音ちゃんも、お久しぶりです」
藤本先生がおれらの方を向いてたずねると、エレナがすぐさま返した。
「知り合いなの?」
「はい、e-sports関係で!」
なるほど。といった様子でくちびるを尖らせながら何度も小刻みにうなずいている。
そうきたか、エレナがここで来るんだ。
一年前、夏の大会の当時は美咲よりうまかった。完全に、エレナのほうが上手だと思った。
冬の大会では戦うことがなかったけど、練習試合でやってる感じは美咲とあんまり変わらないぐらいに感じていた。
これで、四人目……。
真っ青で大きい瞳、バニラの香りのするプラチナブロンドの髪、感情豊かで、かつ整った容姿。ロシアンハーフならではの真っ白な肌と、長い手足。
美咲に負けず劣らずの存在感。
なつかしいな、この感じ。
一時間目の授業が終わり、休み時間になった瞬間に彼女の周りに人だかりができる。そりゃそうだ。
どのタイミングで話に行こうかな。
「すみません、みなさん。ちょっとお話したい方がいるので」
そう言った彼女は、おれの方へ向かってくる。
「まず先に、試合ができなくてごめんなさい」
「え、ああ。全然いいよ。美咲はちょっとショック受けてたから、あの子に言ったほうがいいかも」
「楽しみにしてたんですよー……」
クラス中の視線が突き刺さるのを感じる。
「ところでエレナさん、早速なんだけど」
「は、はあ。なんでしょう?」
「おれらのチームに入らない、いま三人しかいないんだよね」
豊満な胸の前で祈るように両手をかざすと、彼女は感激したのか目を輝かせる。
「ほんとですか、うれしいですっ! ぜひ、ご一緒しましょう!」
「エレナさん、あとで鳴宮のところ行こうよ。昼休みで」
「ええ、行きましょうっ」
笑みを浮かべながら応える彼女は、両の手のひらを合わせながら頬のそばまで近づけている。
感情だけじゃなくて、ジェスチャーも豊かな人だ。
*
「……」
「こんにちは、お久しぶりです美咲ちゃん!」
美咲は瞳を大きく開かせる。
廊下で待っている美咲と合流し、おれたちは昼食を片手に屋上へと向かう。
「日本に帰ってきました」
「……ロシアに行った理由はなくなったの」
階段を登るおれたち。エレナは左手を右の肘に置いて、右手を人差し指だけを伸ばし、頬に添える。
「そうですねえ、両親に無理を言って私だけ日本にいることになったんです。だから、いま一人暮らしなんですよ」
「へえ、大変そうだね」
と琴音が言った。
「なんで、日本に戻ってきたの」
美咲がつづけて問いかける。
「え、それは、色々ありますけど……一条さんに惚れちゃったから……とか?」
頬を赤く染めるエレナだった。
嘘くせー。
「へえ、おれのこと好きなんだ、エレナさん。好きな人がいるから断るけど」
「ええっ! えー、まあそうですよねえ。美咲ちゃんですか?」
「んー違う。”美咲”ではない」
嘘は、言ってない。この世界の美咲じゃないから。
「あれ、そうなんですか。恋敵になるとずっと思ってたんですけど。でも、まだ付き合ってないんですよね、好きな人がいるだけで」
いやあ、結婚してるんすよ。
「まあ、半分冗談なんですけどね」
「半分かよ」
琴音は鍵を取り出すと屋上の扉を開ける。
仄暗かった最上階の階段に、陽がさす。
「なんで屋上の鍵なんて持ってるんですか?」
「さあ、なんでだろう」
はぐらかす琴音は一番最初に屋上へ出た。
四人集団が屋上の端へとたどり着くと、美咲がスカートのポケットからレジャーシートを取り出して広げる。
「なんだかピクニックみたいですね」
「男一人に女三人か……」
おれだけ会話が弾まなさそう。
「一条、私は別に気にしてないじゃんか」
「お前は女っぽくない」
「なんだとこの野郎」
琴音を考えると男二人に換算してもいいや。
「えー……。せっかく日本に戻ってきたのに、一条さんは好きな人いるんですねえ」
スカートを膝裏に降りながら、彼女は正座をする。日本人っぽくない見た目と反してする行為が、情欲をそそる。
「では、頑張って奪っちゃいましょうかね。振り向かせてみせましょう」
「難しいよ、おれはその人が大好きだから」
「このプロポーションで誘惑してみせます」
この子、こんなにガツガツ来る子だったけか……。パソコンの前でしゃべった覚えしかないけど、もっと冷静沈着な性格だったような。
「浮気か一条」
「しないよ、断言はできないけど」
いてえ。太ももを美咲につねられた。
「悪い子ね」
「はい、すみません」
浮気ねえ。前の世界でも世界八位を取ったときとか、日本大会で優勝したときも色んな人から声をかけられたな。
当時から美咲と付き合ってたからあんまり意識してなかったけど、女遊びぐらいできたな。
「エレナさん」
「あ、一条さん。エレナでいいですよ」
「じゃあ、エレナ。もうひとり誰かいい人を知らないか?」
彼女は階段で見せた仕草をまたもや行う。左手を右肘に当て、右手を人差し指だけ立てて頬に当てる。
「校内って意味じゃないですよね。高校生大会は捨てるんですか?」
「捨てる。というかとりあえず国内大会が優勝できるメンツが欲しい」
これまた難しいことを……。とエレナが言った。
「正味、残りの一人をちゃんと選定すれば、おれは国内で一位を取るのはそんなに難しくないと思ってる」
「でしょうね。あなたの解説とか予想って聞いてて寒気がしますもん」
アヒル座りの美咲はすでにお弁当を広げて食べはじめた。横座りの琴音もコンビニのパンをかじっている。
二人はおとなしく聞いてるようだ。こういうときに隣で雑談を繰り広げないのが、うちのチームの変人集まりの象徴だ。
「えー……。国内で実力のある高校生は既に野良チームに入ってますからね」
やっぱそうだよな。
「エレナさん的には」
「琴音ちゃんも、エレナでいいですよ。美咲ちゃんもね」
「――正直、エレナ的には高校生大会ってどういう位置づけなの?」
エレナも持ってきたお弁当を広げてお箸を取り出す。
「そりゃあ……よく言えば、高校生の大会ですよ」
おれが口をはさむ。
「悪く言えば子どものままごとだ。野球とかと同じだよ、どんだけ甲子園ですげえ活躍してようが、いざプロの世界に登れば格が違う」
「そんなもんか……」
「挙げるならindex、monolithぐらいですかね。一条さんのお眼鏡に合うのは、多分この二人しかいません」
monolithはおれたちのチームが出てくるまでずっと高校生大会一位を取っていた天王示高校のプレイヤーだ。エレナよりもうまかった、ということは美咲よりもうまかった。いまはわからないが。
「indexってやつの詳細は」
「高校生大会でだいたいー……五位とか六位ぐらいにいる子なんですけど、その人だけの力でその順位にいるんです。他の四人はガチのド下手で」
「キャリータイプか、うーん」
どうしようかな。
野良から発掘するよりはマシなのは間違いない。基本的に若いやつを連れていきたいし、チームでのコミュニケーションをすでに取ったことのあるやつがいいし。
どっちを取るべきか。
「monolithは上手だった」
と、美咲は唐揚げを頬張る直前に言った。
「あれなあ、センスいいだろうけど個人主義なんだよな動き方」
「一条、私の勘だけどさ。お前の考えというか、プレイスタイルなんてそもそも高校生レベルは知らないと思うんだ」
……なるほどね。
「私はまだ一年半ぐらいしかやってないけど、すでに部内だと三番目に上手くなってる。分かるか、この意味」
そう、おれが現れるまで万年四位だった開清高校のe-sports部で、一番下からはじまった琴音の腕前は、すでにおれと美咲に次ぐレベルになっている。
一年半でそこまで行くのは、こいつの秀才さを示している。
「プレイ時間が短い、要するに本来ならまだ初心者――いっても中級者ぐらいだったはずの私が、ここまで強いのはお前のおかげだ」
「ほう」
「つまり、指導者がいないんだよ。日本には」
そのとおり。言われてみれば当たり前だけどそういやそうだった。
そうか、指導者がいねえから個人主義なのか。
どいつもこいつもレベルが低すぎて連携のレの字もねえ。おれは高校生大会に出ているやつらなんて全員雑魚扱いだったが、その認識は合っているようで間違っている。
そうか、そうだな。
教えてる人間がまだいねえのか。強いやつはなおさら野良チームにいるわけで、こんな狭い高校生大会なんて空間で上位をめざしているやつらが、教科書どおりのFPSを知っているわけがない。
「オーケー。monolithに連絡を入れよう」
才あるプレイヤーかもしれないのに、勝手な決めつけをしていたな。
よくない。
「これで五人ですか? aqua、flora、candy、Magic、monolithで」
「ああ、五人だ。とりあえずmonolithがチームに入ったら国内の大会には基本的に全部出るぞ」
「今日って活動あります? 部活」
美咲が答える。
「ある」
「じゃあ、そこでとりあえずIRCに連絡入れますね。私、彼とのコンタクト持ってるんで」
*
コンピュータ室で二年の列のホワイトボード側に座る。いつもの定位置だ。
エレナがパソコンを操作してボイスチャットを起動。それを通じてmonolithへとかける。
「monoさん、どうもお久しぶりでーす」
”おう。お前、去年と今年の春どうした。大会出てなかっただろ”
ヘッドセットをつけずにパソコンから音声で垂れ流し、周囲へ聞こえるようにしている。
男の低い声だ。
「ロシアに行ってまして。そんなことより、うちのチームに入りませんか?」
”……野良チームに参加ってことか。メンツは?”
「聞いて驚くことなかれ。aquaとflora、それとcandyです」
”どういう風の吹き回しだ? 流れが分からねえ。説明しろ”
それから事情の流れを伝えること六十秒。疑問を思わないで飲み込んでくれたようだ。
”目標はどこまで”
エレナはおれの方を向いて、代わりにヘッドセットのマイクへ向けてしゃべるように合図する。
「aquaです。世界大会優勝を狙います」
返事をした人が変わったのに驚いたのか、monolithからの返事は聞こえない。
「monoさん? おーい、生きてますか」
”お前らどこにいんの?”
「開清高校ですよ。私、転校したんですよ。ロシアから帰ったあと」
”……あっそう。世界優勝って正気かaqua。日本でできるわけねえだろ”
なれなれしいな。ほとんど初対面に近いと思うんだけど。
年齢はおなじだったかな、よく覚えてない。関わろうと思わない人に対する記憶があんまり定着しないんだよな。
「できるよ。おれがいればできる」
おれのおかげで勝てるレベルは日本国内で消える。そこから先はみんなの頑張りがものを言うようになっていく。
多大なる努力、それとセンスがなければ……難しい。
”嫌だ、世界までの興味はねえ。そこまでに必要な努力の量を考えるとやってらんねえよ”
うん、そう簡単にメンバーが見つかるとは思ってないよ。
2007年、この時代にゲームで世界大会を取りたいと思ってるやつなんて、そうそういなかった。
みんな、目標は国内一位ばかりだった。
それでいい、それが正しい。
現実は厳しいのだから。
おれが世界大会にはじめて出たのは2010年だ。それの一つ前の2009年は不参加。理由は国内で師匠のチームに勝てなかった。2008年、当時最強だったzipp0たちのチームにもおれたちは勝てなかった。
2008年と2009年――――あの人たちが世界へ飛び立ったとき、彼らは世界大会の予選を突破することすらできなかった。
それほどまでに、世界の壁は厚かった。
2007年現在、zipp0たちのSpeedStar以外に世界で優勝したいと思ってるようなチームはほとんどなかったし、彼らも自身も世界に手をかけることすらできなかった。
この時代で、おれはその壁を乗り越えさせられる。
けれど、そもそも世界をめざしているプレイヤーがほとんどいない。めざしている一部のプレイヤーは、すでにチームに所属している。
難しいもんだ……。




