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35.二年生

 季節は春。おれの知っている高校二年生のクラス割り振りは、美咲とも琴音とも別のクラスになる。


 教室に入って名簿へざっと目を通す。どうやら結果は、琴音と一緒のようだ。

 ……あいつめ、見当たらねえ。この初日にサボりやがったか?


 それから先生がやってくると、おれたちは自己紹介をすることになった。

 去年がなつかしいな。


 おれはア行の名前ということで、すぐにやることになる。慣れたもんだ。

 順番も進み、真ん中ぐらいまで来たところで教室の後ろの扉が開く。


「ども」


 ほほう、琴音のやつ、よく来たな。

 マイペースに、橙色に染まったショートのボブカットを揺らし、彼女は空いた席に着く。


 琴音の自己紹介はすでに順番が飛ばされていたが、先生の指示により強制された。

 座っていた彼女は立ち上がり、ひとつ深呼吸をしてから口火を切る。


「鈴森琴音。出身中学は開清中」


 ああ、そういやこんな淡白な感じだったな。


「……e-sports部に入ってます。趣味は読書と、ゲーム。かな」


 ――くくっ、なんか面白いな。

 あの琴音様がねえ……。変わったなあ。


「鈴森さんは一条くんと一緒に新人戦で優勝したのよね」


 と、今回の担任、藤本先生が聞く。若い女の先生だ。


「はあ……。そうですね」

「ゲームは昔からやってたの?」

「いや、一条に教えてもらってからはじめたんで、まだ一年も経ってないですけど」


 その言葉がきっかけとなって、教室はすこしざわついた。


 内容は、短い期間でこなしてしまう彼女の天才さを謳うものだった。


「やっぱり優秀なのねえ……」


 嫌だな、それ。

 ……うざいよ、先生。


「先生。あいつは人一倍、練習したからできるようになっただけですぐに上手くなったわけじゃないすよ」


 おれが取った表情を、よく覚えていない。

 ただ、気に食わなかった。


「そ、そうよね。頑張ったからできるようになったんだもんね」


 琴音は無表情におれをちらりと見ると、座り直した。

 おれも気にせず、次の自己紹介を聞きはじめた。


 *


「日常パートってやつか?」


 昼休みになり、琴音はおれの席までやってくる。左上から二つ目がおれの席だ。


「なに言ってんだお前」

「大会も終わり、次の高校生大会まで暇だろ」

「暇ではねえ。二年からは新人戦と普通の大会、二種類あんだぞ」


 左上の席に座っていた生徒がどこかへと消えると、琴音は勝手に座る。

 

「正直な感想を言えよ。練習は必要だけど、対戦チームの対策とかする必要あるのか?」


 んー……。まあ、言われてみればそれは必要ない。

 対策とか以前に知識レベルが低すぎて相手にならない。おれが教えている小技、テクニックで十分に差が出ている。


「ないけど、だとしても暇ではねえ。日本の大会に出たっていいからな」

「メンバーは」

「新人戦優勝メンバーがあるだろ」

「勝てんの?」


 無理です。

 美咲の実力で日本大会優勝を狙うならちょっと腕不足なぐらいだ。


「ほら、暇だろ」

「うなずこうと思えばうなずける」


 メンバー探しをしてもいいんだよな。もう新人戦で圧倒的優勝を果たしたわけだし、募集すればそこそこのやつらが来てもおかしくはないけど……けど、だな。


 そこそこじゃだめだ。


 日本大会優勝を狙うにしても、どうせおれが知っているプレイヤーが結局チームに入るに決まってる。いくらなんでも中堅どころの人間をつれて優勝できるほどNot Aloneってゲームは簡単じゃねえ。高校生大会だって、結局は美咲が十八歳以下のなかならトップクラスで、先輩たちも全国四位の部員程度には強かったからできたこと。


「メンツでも探すかなぁ」

「あてはあんの?」


 ない。師匠は2008年から覚醒するし、美咲が現れるまで日本最強と言われていたzipp0も2007年からスウェーデンにゲーム留学しちまう。

 ああ、そういやそうだった。


 日本のNA界は2006年から2007年の終わりまで一時的に停止するんだ。


 理由はすげえ悲しいけど、当時の日本最強だったチームが2006年に解散するからだ。

 日本のチームにしては世界十二位とかなり好成績を出してたんだが、モチベーションの低下とメンバーの就職もあいまって、彼らは解散する。


 それから、日本のNA界はかなり下火になる。

 おれの師匠であるbullsterたち、第二世代があらわれるまでは、かなり静かになる。


「琴ちゃん昼飯は」

「持ってくる」


 2006年までを第一世代。そこから次の2010年までを第二世代。それから2012年を第三世代。

 第二世代はおれの師匠、zipp0たち、zipp0の弟であるpoppyの三つ巴だった。

 つっても2009年までは当時日本最強のチームSpeedStarが圧倒的すぎて、他の二チームは優勝できなかったけど。


 おれは、2010年、第二世代の終わりからだ。それから三年間、国内を制覇しつづける。そして、2012年には世界八位を取って……表舞台から消える。


 コンタクトを取りたい人はいても、タイミングが今じゃないと思うんだよな。


「一条さ、最終的に世界戦で欲しい人って誰なの。聞いてもわかんないから説明して」


 難しい質問するな、こいつは……。

 考えてはいたから答えられっけど。


「とりあえず美咲。あいつは最強だから」

「それ以外」


 うちの嫁をそれ扱いだと。


「とりあえずzipp0」

「名前は聞いたことある。あんたを除けば、今の日本最強でしょ」

「そのとおり。すべてのパラメーターがぶっちぎって強い。おれが思うに、日本で世界に通じたプレイヤーはおれと美咲を含めて六人。そのうちの一人だ」


 ふーん。と琴音は鼻を鳴らす。コンビニの袋をがさがさとあさり、なかからサンドイッチを取り出す。


「お前が世界に出たとき、その六人は何人チームにいたんだ?」

「おれと美咲しかいねえ。他の四人とは一緒に国際大会に出たことがねえ」


 目をぱちくりとさせる琴音。


「……なんで?」


「おれが馬鹿だったから。自分たちのチームを作って、自分たちなりに頑張ったんだよ。強い人を引き抜くとか、考えても実行しなかった」

「よくそれで世界八位までいけたな」


 たしかに。


「んで、zipp0の特徴は半端じゃないAIMの強さ。敵を殺す能力が高い。それと判断速度がめちゃくちゃ早い。あと、予測もうめえ」

「全部強いじゃん」

「だからパラメータぶっちぎりなんだって。だてに現日本最強じゃねえし、この人だけは格が違った」


 まあ、それをおれの指揮能力で突破したんだけどな。あと美咲のL96で。


「次、その弟のpoppy」

「弟がいるんだ」

「poppyはかなり特殊。一言であらわすなら天才型。もちろん努力もしてんだけど、センスが異常。この人はオフライン大会に出てなくて、ずっとチーターの疑いがかけられてた」


 へえ、と感嘆の声をあげる琴音。


「けど、2012年の日本予選でようやくオフラインに出てきた。そのときのチーム構成がzipp0、poppy、caffe、chiffon、bullster。今まで戦ってきた日本チームのなかで、間違いなく最強だった」

「poppyと戦ったのははじめてだったの?」

「いいや、オンラインなら何度か。けど、やっぱマジであの人も化け物だった。NAには壁抜きがあるだろ」


 壁抜き。その名の通り、薄い壁をアサルトライフルやDE(デザートイーグル)の弾で貫通させて、壁の奥にいる敵にダメージを与えるテクニックだ。


「この壁抜きのセンスが、日本国内ダントツ最強。つうか、世界で見てもpoppyを超えられる壁抜きセンスは、たぶん片手ぐらいしかいねえ」

「よくそんな人が日本に生まれたな」

「マジで生まれる場所を間違えてる。特徴はzipp0並か、それ以上のAIM。異次元なまでの読み能力、圧倒的シックスセンス」


 今でも思い出せる。2012年の国内大会はマジで絶望的だった。それまでバラバラだった、敵対していた選手たちがおれらMyGenerationを潰すためだけに結成されたんだからな。本当に強かった。


「そんで、zipp0とpoppyは兄弟だからか知らねえけどすげえ面白い性質がある」

「早く言って」

「zipp0は1on多数が得意。poppyは1on1が得意」


 これ、対比してて面白いとか、シミュレーションゲームみたいとか言われるけど対戦する立場からするとたまったもんじゃねえ。

 poppyを潰すための作戦を使ったらzipp0がいてお陀仏とかザラだ。本当にコンビで組んでほしくない組み合わせだ。


「強そうだね」

「強いなんてもんじゃねえよ。この二人だけは日本で規格外だった」


 おれも1on1にはかなりの自信がある。もちろん1on多数だって、クラッチシーンになればおれの強さは跳ね上がる。そんなおれの特殊能力を持ってして言える。

 そういう『特殊状況下じゃない限り』poppyはおれよりも1on1が強かったし、zipp0もおれよりも1on多数が強かった。


 まさしく、日本最強にふさわしかった二人だった。

 美咲があらわれるまでは。


「んで、ここまで二人だろ。あとチームに入れたいのが三人。次はcaffe」

「さっき言ってた人だね」

「この人はわりと新規プレイヤー。つっても、NAに新しくやってきたってだけで、それまでFPS自体はやってたらしい。特徴はpoppyも認める1on1の強さ。まあ、さすがにpoppyほどじゃねえけど、この人も強かった」


 べた褒めだね。と琴音が言う。そりゃ、おれがチームに入れたい人を挙げてるんだから当たり前だ。


「poppyはどっちかって言うと最後まで生き残らせたいタイプなんだよ。でも、おれ的にcaffeは先陣を突破させたいタイプ。アタッカー枠だけど、最後に残って1on1も強いっていうオールラウンダーのアタッカーよりだな」

「へえ」


 zippoたちに比べれば入れる優先順位は低いけど、caffeもマジで強かった。


「おれの思うチーム構成は、どんな状況でも勝ちが拾いに行けるチーム。要するにクラッチが得意なプレイヤーが集まったチームだ」

「お前はzipp0やpoppyと比べるとクラッチはどうなの」

「状況による」


 基本あの人たちのほうが撃ち合いは強いんだけど、やっぱピンチになれば強くなるっていうおれの性質は特殊だ。


「けど、なんつうかな。おれが一番嫌いな思い込みなんだけど、本当に勝たなきゃいけない場面だと、おれはほぼ負けた記憶がない」

「中盤ぐらいでラウンドが拮抗しているときは負けちゃうってことか」

「逆に言えば十四対十四とかなら負ける気しねえけどな」


 チーム構成の話をすると、出てくるのが師匠だ。


「そんで、さっきの話を踏まえると、bullsterって人がチームに適任なんだ」

「どんな人?」

「おれの師匠。おれにNot Aloneの指揮を教えてくれた人」

 

 なつかしい。2012年の日本大会――あれほど戦いづらかった人は、今までの試合上でもあんまりいなかった。


「役割かぶってんじゃん」

「指揮官をやらせるわけじゃない。あの人の最大の特徴は、目の前にどれだけたくさんの敵がいても、絶対に一人持っていけるところ」


 琴音は目を閉じながら考えているようだった。

 ちょっと言葉が長かったな、口頭じゃ分かりづらい。


「んー、それって……。眼の前に敵が五人いたとしても、一人は殺せるみたいな?」

「そういうこと。日本トップクラスのアタッカーで、zipp0がブルドーザーならbullsterは仕事人って感じ」


 あれ敵チームにいるとマジで困るんだよな。5on5状態においては美咲以外にあの人との1on1で自信を持って勝てる人がいなかった。

 おれもあの人が来ると、基本引いてた。味方からのカバーがなければ、勝率三十五%ぐらいしかなかったし。


「へえ、指揮もできてアタッカー能力も高い……」

「世間的にはpoppyとかzipp0が格好いいところを持っていくけど、師匠は本当の意味で必要な仕事をこなしていく。あれは指揮官目線で、いられるとマジでうざい」

「作戦の潰しが上手いのか」


 おれも弁当を広げ、食べはじめる。

 潰しが上手いとかそういうのじゃないんだけど、なんつうかな。試合の最初の流れを作るのが上手いんだよね。ファーストキルが取れる人って。

 そういう意味でいられるとウザいんだよ。


「あと、報告の技術が高い」

「あー、指揮官やってる人だからか?」

「たぶんね。報告の仕方はかなりでかいよ。例えばさ、死んだら味方のプレイ画面が見れるだろ。代わりに報告とかめちゃくちゃしてくれる」


 助かるんだよなあ、あれ。今、この部活でもやらせてはいるけどやっぱり報告のレベルは低いんだよな、どれだけ教えても。


「琴音がレベル10だとしたら、師匠はレベル70ぐらい報告の質が違う」

「マジかよ……。結構、報告は自信あるんだけどな」


 上級者たちのそれは、自分の予測を交えて相手の居場所を伝えたり、相手の狙いや自分たちのやっていることの穴を見つけられる。

 つまり、戦闘が起きる前に、負けるときの状況がすでに見えているんだ。

 こればっかりは長年の勘がないと難しい。


「最後、poppyのチームメイトだったcube。とりあえずAIMだけ見るならzipp0たちと変わらないレベルで強い。この人はNAの次回作で日本一のアサルターって呼ばれてた。アタッカーもサポートも両方できる、単純な強キャラ」

「なんか最後はシンプルだな、説明」

「いや、強いんだぜ? それこそ単純計算ならbullsterはチームに入れるほどの実力はないんだよ。AIMとかで見るとね」


 けど、あの人は指揮の補助ができるし、報告の技術が高いからチームに入れるとみんなの強さが跳ね上がる。そういう観点を持ってチームを作らなくちゃいけないのさ。


「それでも入れたいと思うわけよ、ゲーム内の強さだけがすべてじゃないから」

「……歴史を見てきたんだな。それを辿ってきたんだ」


 ああ、あの頃は楽しかった。

 いまでも、思い出せる。2012年に引退してから、五年がたった。それでも、戦ってきた奴らの特徴は覚えてる。


 最高の思い出だった。


 ――――勝たなきゃならない。

 世界で、優勝して……。

 帰りたい。

 元の世界へ。


 もし、世界大会の優勝が、元の世界へ帰る鍵でなかったのなら……。


 おれはどうなるんだろうか。

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