34.新人戦 肆 終
準決勝、トーナメント表では当たるはずだったエレナの高校は棄権した。
IRCと呼ばれる、2006年当時に使われていたネットの連絡手段をたどっても、開清高校はエレナとやり取りができなかった。
一樹たちのチームは本来、喜ばしいはずのことを良く思わなかった。正確に言えば、今田と山下の二人を除く、三人だけが。
「一樹、まだ連絡はとれないの」
「電話はつながらないし、IRCもログインしない。難しいね」
コンピュータ室でチームは練習と作戦会議を繰り返す。いつも、いつも、やっているのは”ゲーム”ではなく、反復作業だ。
楽しげな様子は、一樹の独裁政治によって徐々に減っていき、大会がはじまる頃には消えた。
ゲームは楽しむためのもの、その感覚は潰えていく。
「直電して見ればいいんじゃない?」
と、椅子に座っている琴音が言った。
一樹は面倒臭さと好奇心を天秤にかける。ホワイトボードの前に立っていた彼は手近な席に着くと、『筑葉大学附属高等学校』と検索エンジンに打ち込む。
そこからマウスを操作し、ウェブページを開いていく。
「どうしたんだろうな」
夏の大会からそれなりに交流を取って、彼らの仲は深まっていた。共通の趣味であるゲームを楽しみ、ボイスチャットで会話を楽しみ、顔は合わせずとも友人関係を築くには十分な時間があった。
そして、冬の大会で会おうと決めていた彼らが、出会うことはなかった。
一樹は公式ホームページに記載されている電話番号を入力し、電話をかける。
この時代はすでに個人情報に関する法律は定められていたものの、それほど厳格ではなかった。
生徒個人に対する電話もまだ受け取ってもらえた。
「もしもし、開清高校e-sports部ですが、そちらのe-sports部の部長に変わっていただけますか」
それから五分ほどで、電話主は交代する。
”もしもし、一条くんか”
「どうも、はじめまして」
”エレナから聞いてたよ。電話が来たら伝言をって”
一樹は携帯電話のスピーカーをオンにして、美咲と琴音をパソコン室の隅っこに連れて行く。
”彼女は親の仕事の都合でロシアに行ったんだ。日本に戻る予定はないらしい”
琴音は口元を隠すように右手で覆う。美咲は普段どおりだった。
それから、電話主の部長が伝言内容を言いはじめる。
”ごめんなさい。あなたたちと戦えなくて悔しくてたまりません。琴音ちゃん、あなたは才能があるのでぜひゲームをつづけてください。一条さんが認める天才ですよっ。美咲ちゃん、あなたは間違いなく世界に名前を轟かせるでしょう、あなたと夏の大会で戦った試合は、今でも覚えています。私のなかであなたはライバルだと思っていましたが、機会があれば一緒にお外で遊んでみたかったです。あ、琴音ちゃんも一緒ですよ”
電話をボーッと眺める三人は、どこか現実感のないその音声を右から左へ。
”一条さん、私が思うに――あなたは……。あなたは、この世の者とは思えない技術を持っています。あなたは、特別な能力がある。それほどまでに、あなたの努力と、勝負という概念の理解を評価しています。どうか、あなたと一緒にゲームがしてみたかった”
一樹は伝言が終わったと思い、喋ろうとした。
”もし、またどこかでお会いできたなら……。みなさんと、もっと遊んでみたかった。ゲームも、現実も……。”
心に、どこかぽっかりと穴が空いたような感覚が、三人に走る。
涙は流れない。そういう性格は誰も持ち合わせていない。
けれど、寂しい。
”以上だ”
「あざっす」
そして、電話を切る。
一樹たちの目標の一つが、消えた。
*
「どおりでだ」
「なにが?」
一樹と琴音は校内の自販機までおもむき、ジュースを買っていた。
「おれが彼女の存在を知らなかった理由だ。この時代からロシアに行ってるなら、おれが知るわけねえ」
「ああ、それか。確かに、合点がいく」
琴音は缶ジュースのプルトップを開けて、ぐびりと飲む。
「ライバル、消えちゃったな」
「お前そんなの思ってたの」
「私は別に。そんなこと思えるほど上手くないし」
謙遜する彼女であったが、すでに部内で真ん中ぐらいまでの実力は得てきている。とくに、味方を活かすための動きだけに限定するのなら、部内で四番手の位置にいるほどに。
「成長速度は化け物だけどな。お前」
「一条がいるからだ」
「言っても分からねえやつばっかだよ、世の中」
一樹はペットボトルのミルクティーを口につける。
「天王示高校はどうなの」
「取るに足らねえ。しいていうならmonolithってやつがまあまあセンスある」
「どのぐらい?」
「エレナさんよか強い。けど動きが個人主義すぎる」
琴音は首をかしげる。
「強いのに個人主義ってどういう感じなんだ?」
「monolithの行っている行動を元に、チームが動けない」
「……まーた難しいこと言うな、お前」
二人はコンピュータ室へ戻るため歩き出す。
運動場では他の部活の掛け声が響いていた。
玄関から階段を登る途中で、琴音が話す。
「次の試合で、ひとまず目標は終わりだっけ」
「いいや。世界大会は十八歳からじゃないと出れねえ無理だ。できても日本大会を総なめするぐらいだけど、それもこのチームじゃ無理」
「私がいたんじゃ夢のまた夢だな」
一樹はデコピンを彼女のひたいに打ち付ける。
「お前、自分が思ってるより強いぞ。相手を倒す能力は低いけど、味方のためになる動きと報告が上手い」
「報告は一条にしぼられたから。私なりに考えて自己修正してた」
「AIMは時間の問題だから、気にするな。そのうち上手くなる」
*
それから一週間後。一樹たちはなんの苦労もなく優勝した。




