表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/70

34.新人戦 肆 終

 準決勝、トーナメント表では当たるはずだったエレナの高校は棄権した。

 IRCと呼ばれる、2006年当時に使われていたネットの連絡手段をたどっても、開清高校はエレナとやり取りができなかった。

 一樹たちのチームは本来、喜ばしいはずのことを良く思わなかった。正確に言えば、今田と山下の二人を除く、三人だけが。


「一樹、まだ連絡はとれないの」

「電話はつながらないし、IRCもログインしない。難しいね」


 コンピュータ室でチームは練習と作戦会議を繰り返す。いつも、いつも、やっているのは”ゲーム”ではなく、反復作業だ。

 楽しげな様子は、一樹の独裁政治によって徐々に減っていき、大会がはじまる頃には消えた。

 ゲームは楽しむためのもの、その感覚は潰えていく。


「直電して見ればいいんじゃない?」


 と、椅子に座っている琴音が言った。


 一樹は面倒臭さと好奇心を天秤にかける。ホワイトボードの前に立っていた彼は手近な席に着くと、『筑葉大学附属高等学校』と検索エンジンに打ち込む。

 そこからマウスを操作し、ウェブページを開いていく。


「どうしたんだろうな」


 夏の大会からそれなりに交流を取って、彼らの仲は深まっていた。共通の趣味であるゲームを楽しみ、ボイスチャットで会話を楽しみ、顔は合わせずとも友人関係を築くには十分な時間があった。

 そして、冬の大会で会おうと決めていた彼らが、出会うことはなかった。


 一樹は公式ホームページに記載されている電話番号を入力し、電話をかける。

 この時代はすでに個人情報に関する法律は定められていたものの、それほど厳格ではなかった。

 生徒個人に対する電話もまだ受け取ってもらえた。


「もしもし、開清高校e-sports部ですが、そちらのe-sports部の部長に変わっていただけますか」


 それから五分ほどで、電話主は交代する。


”もしもし、一条くんか”


「どうも、はじめまして」


”エレナから聞いてたよ。電話が来たら伝言をって”


 一樹は携帯電話のスピーカーをオンにして、美咲と琴音をパソコン室の隅っこに連れて行く。


”彼女は親の仕事の都合でロシアに行ったんだ。日本に戻る予定はないらしい”


 琴音は口元を隠すように右手で覆う。美咲は普段どおりだった。

 それから、電話主の部長が伝言内容を言いはじめる。


”ごめんなさい。あなたたちと戦えなくて悔しくてたまりません。琴音ちゃん、あなたは才能があるのでぜひゲームをつづけてください。一条さんが認める天才ですよっ。美咲ちゃん、あなたは間違いなく世界に名前を轟かせるでしょう、あなたと夏の大会で戦った試合は、今でも覚えています。私のなかであなたはライバルだと思っていましたが、機会があれば一緒にお外で遊んでみたかったです。あ、琴音ちゃんも一緒ですよ”


 電話をボーッと眺める三人は、どこか現実感のないその音声を右から左へ。


”一条さん、私が思うに――あなたは……。あなたは、この世の者とは思えない技術を持っています。あなたは、特別な能力がある。それほどまでに、あなたの努力と、勝負という概念の理解を評価しています。どうか、あなたと一緒にゲームがしてみたかった”


 一樹は伝言が終わったと思い、喋ろうとした。


”もし、またどこかでお会いできたなら……。みなさんと、もっと遊んでみたかった。ゲームも、現実も……。”


 心に、どこかぽっかりと穴が空いたような感覚が、三人に走る。

 涙は流れない。そういう性格は誰も持ち合わせていない。

 けれど、寂しい。


”以上だ”

「あざっす」


 そして、電話を切る。

 一樹たちの目標の一つが、消えた。


 *


「どおりでだ」

「なにが?」


 一樹と琴音は校内の自販機までおもむき、ジュースを買っていた。


「おれが彼女の存在を知らなかった理由だ。この時代からロシアに行ってるなら、おれが知るわけねえ」

「ああ、それか。確かに、合点がいく」


 琴音は缶ジュースのプルトップを開けて、ぐびりと飲む。


「ライバル、消えちゃったな」

「お前そんなの思ってたの」

「私は別に。そんなこと思えるほど上手くないし」


 謙遜する彼女であったが、すでに部内で真ん中ぐらいまでの実力は得てきている。とくに、味方を活かすための動きだけに限定するのなら、部内で四番手の位置にいるほどに。


「成長速度は化け物だけどな。お前」

「一条がいるからだ」

「言っても分からねえやつばっかだよ、世の中」


 一樹はペットボトルのミルクティーを口につける。


「天王示高校はどうなの」

「取るに足らねえ。しいていうならmonolithってやつがまあまあセンスある」

「どのぐらい?」

「エレナさんよか強い。けど動きが個人主義すぎる」


 琴音は首をかしげる。


「強いのに個人主義ってどういう感じなんだ?」

「monolithの行っている行動を元に、チームが動けない」

「……まーた難しいこと言うな、お前」


 二人はコンピュータ室へ戻るため歩き出す。

 運動場では他の部活の掛け声が響いていた。


 玄関から階段を登る途中で、琴音が話す。


「次の試合で、ひとまず目標は終わりだっけ」

「いいや。世界大会は十八歳からじゃないと出れねえ無理だ。できても日本大会を総なめするぐらいだけど、それもこのチームじゃ無理」

「私がいたんじゃ夢のまた夢だな」


 一樹はデコピンを彼女のひたいに打ち付ける。


「お前、自分が思ってるより強いぞ。相手を倒す能力は低いけど、味方のためになる動きと報告が上手い」

「報告は一条にしぼられたから。私なりに考えて自己修正してた」

「AIMは時間の問題だから、気にするな。そのうち上手くなる」


 *


 それから一週間後。一樹たちはなんの苦労もなく優勝した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ