31.新人戦 壱
『東京予選の開清高校の試合みたやつおるか? 現地でしか見れないんだけど』
『見た。aquaやばい』
『見てねえけどなにがやばい?』
某大型インターネット掲示板にて、全日本高校生大会の内容が、ちらほらと現れはじめた。予選のスタートは、地方でしか観戦できず、ネット上で放送などされない。
だからこそ、本来この時期に、新人の話題が挙げられるのはめずらしいことだった。
元来であれば、例年からうわさをされている強者の話か、中学生大会で優勝したロシアンハーフの話が出るところだったのが、そのスレッドは違った。
『強すぎる。zipp0並か、越えてる』
『年齢は? 開清って有名校じゃん。いきなり開花した的な?』
『二年生じゃない、あれ一年生だ。あと、もうひとりいたfloraってやつもやばすぎる。反射神経が早すぎて、L96持たせるとマジで止まらない』
予選のビデオが掲示板に貼られることもなく、やがて二月の初旬へ。
『おい。開清高校がやばすぎる。スレッドさかのぼってみれば、やっぱ書いてるやつがいた』
その書き込みは、別の人気な高校生の話題に消されていく。
しかし、たしかに認知している人は増えつつあった。
そして訪れる二回戦、このときになって、ようやく開清高校の試合がネット上で中継された。
また、そのとき掲示板では一人が配信される前から宣伝をしており、開清高校の根回し者と見られて気持ち悪がられていた。
『お前ら、マジで開清は見たほうがいい! 今年はやばい』
『万年四位がどうしたよ。キモすぎ』
『さっきちょっと見たけど、floraって子がめちゃくちゃかわいかったな』
『aquaってやつもクソイケメンだったな。あれならケツの穴を貸してもいい』
試合がはじまり、三ラウンドが終わった辺りで、スレッドの雰囲気は変わる。
『これやばくね? チーターだろ』
『さっきから1on3取り返しすぎ、どうなってんの?』
『一人でゲーム破壊してんじゃん。クソゲーじゃんwwwwwなにが世界一のゲーム性だよwwwww』
『こいつが強すぎるだけだろ。つうかfloraってやつのL96の反応速度がやばすぎる。d2のダブルドア何回ぬいてんの? スモークなければ全部当たってね?』
試合結果は、一回戦とおなじく十六ラウンド対二ラウンド。圧倒的大差をつけていた。
『まあ、でも相手も弱小校だし、こんなもんじゃね?』
『バカか、これは明らかにaquaが強すぎるからこうなってんだよ』
『は? なんだお前』
そして三回戦。開清高校の相手である、神奈川県の千里ヶ浜高等学校では、二回戦の終わったあと、チームのリーダーである海野が次の対戦校はどこかと調べていたその矢先、生放送に写っていたのは、aquaの視点だった。
「強い、この人」
餌を求める金魚のように口をパクパクと動かし、声にならない息づかいが空気をふるわす。
リーダーでありつつも二年生にして部長である彼女は、一人で明かりもつけずにコンピュータ室でそれを見ていた。研究家な彼女にとって、全国ベスト八位までのチームはすべてが観察対象だったが、このプレイヤーの名は知らなかった。
それもそのはず、彼は高校一年生にして大会へはじめて出たからだった。
「え、え? 意味わかんない。なんで今の当てられんの?」
部屋の空調はついておらず、海野の冷えた身体はときおりぶるりとふるえている。にもかかわらず、彼女はエアコンをつけようとはしない。
先に放送を見る準備をして、そこから空調をつける予定だったが、画面に映るそのプレイヤーの動きに目を奪われた。
彼女の知る、現日本最強とされているzipp0を、越えているかもしれないという事実に、彼女は身動き一つとれなかった。
三ラウンド目も開清高校が勝利し、その区切りでようやく気がついた。
海野はさっきわかれたばかりのチームメンバーを電話で急いで招集し、その十五分後に彼らは到着した。
試合はすでに十ラウンド目を迎えていた。
「どしたん海野」
「……間に合わない」
チームのエースかつ、某大型掲示板上で、最速の反応速度を持つと称されていた河口は聞き返す。
「なんて?」
「対策が、間に合わない……」
顔を床に向けていた海野は、ゆっくりと河口に向ける。
「な、なんで泣きそうになってんだよ」
「これ見てよ……」
一番遅れてきた河口は、他の三人の様子がおかしいことに気づく。”そういえば、コンピュータ室に入って、ずっとゲーム放送の音以外聞こえなかったな”っと。
肌は日焼けしていて、金髪に染めている河口は、見た目から軽薄な印象を受けやすい男だったが、その実、とても真面目だった。
そんな彼は、ゲームで二ラウンドほど観戦しているとようやく海野の言っていることがわかった。
「なにこいつ? 意味わからないぐらい強いんだけど」
普通であれば、大会の配信者はいろんなプレイヤーに視点を動かして、公平に、平等に注目をわけるべきであるのに、その放送は違った。
aquaだけが、そしてaquaにやられるプレイヤーばかりが、映っている。
理由は単純、その強さが圧倒的すぎるからだった。
「どんな指揮すれば勝てんのよ! こんなの、ただの無双じゃん! 読み合いもなにもないっての……」
そう嘆く海野だったが、aquaの強さは単純な個人技だけがもたらすものではない。
彼の指揮官としての能力と、ほか四人がもたらす動きが、彼の強さを支えている。
敵の居場所さえわかっていれば撃ち勝ってしまう実力は比類なきものだが、逆に言えばそのために動いている味方のおかげでもあるのだ。
しかし、彼女にその事実を見抜く力はない。
「いや、いくらこいつが強いって言っても他の四人は弱いんだろ? じゃあ他のやつらを狙って……」
「だから! このaquaってやつはその1on多数の状況を全部破壊してんのよ!」
わめく海野の理由は、どうしてもこの大会で勝ちたい理由があったからだ。
そして、その理由は他の四人にも共通している。
「河口、お前ならどうする? どうやって勝つよ」
チーム内の先陣を切るアタッカー、原田はどこか遠いところを見るような目つきだ。
「どうやってって言われてもよ……。俺のL96でなんとかするしかねえだろ。このaquaってやつ、見てる感じ反射神経がやばいわけじゃない。なら、俺がL96で置きAIMしとけば、さすがに勝てる」
「そんなのわかってるわよ! でも、このチームの指揮官、だれかしらないけど……。ちゃんとFB入れてから出てるよ。やっぱ全国四位なだけはあるもん。単純な置きAIMでなんともならないよ……」
河口の反応速度は全日本高校生大会のみならず、野良チームと称される社会人等も含まれるすべての国内チームにおいて、最速とされていた。
つまり、壁から出てくる相手がいるとして、L96A1と呼ばれるスナイパーライフルをそこへ照準を合わせておけば、あとは左クリックのみで勝ちが決するということだ。
なぜならL96は胴体に一発撃ち込むだけで敵を倒せる、最強の武器だからである。一般人は、反応が間に合わずに外してしまうか、そもそも撃たないことが多いが、単純な反射神経勝負であれば、彼には当てる自信があった。
「なら、俺がFBを避けて、もう一度出るさ。そうでなくとも、待ちの状況さえ作れれば、いくらでも倒しようはある。俺の反応速度を舐めんなって!」
だが、ことはそう簡単ではない。
壁から飛び出す側、つまり今回であれば開清側がFBを投げた場合、どうしても待ち側である千里ヶ浜は一度、壁に隠れなければいけない。そのままFBを喰らえば約二秒の間、画面が真っ白かつ音も爆裂音で聞こえなくなってしまうため、避ける必要があるのだ。
そして、例年の開清高校であれば、そのFBの扱い方は甘く、河口の見込みである相手のミスによる勝率は高いと言えた。
今年あらわれた超新星、aquaの場合は話が異なるが。
「うわ、この作戦うま」
言葉をこぼしたのは、チーム内でサポートをつとめている山田だった。
彼は海野の指揮を補佐することも多く、ゲーム内の知識には長けていた。なぜその作戦が成功したのかという理由を考察するのが得意だった。
「なにがうまかったんだ?」
河口は山田へ問う。
「いや、なんだろ。さっきまでAにばっか攻めてたから、今度はBにいくと思うじゃん? そこでBにちょっかいをかけて、やっぱりAに行くっていう、ダブルフェイク的な?」
山田の観察は正しく、aquaの考えた動きはまさしくその通りだった。
ただ、彼が三ラウンド目から十ラウンド目にかけて、この作戦を成功するために、B側の動きをいつも固定化させていたことまで見抜けていなかった。
aquaはチーム全体で、B側には情報収集だけをいつもさせていた。しかも、そのやり方はいつも同じ動き方で、むしろその固定化された動きのせいで敵にやられてしまってもいたが、最終的に十二ラウンド目において、B側での固定化された動きが相手チームに布石となる。
今回に限り、Bでのフェイクが、固定化された動きから外れたことをしたため、相手チームはそれに惑わされて、みんなが本命はBだと思って動いてしまう。
それがダブルフェイクとも気づかずに。
その総ラウンドをいかして取得した、この十二ラウンド目の真意をつかんだのは、この場にはいない。
「な、なんとかなるって。対策、なくてもさ」
「こんなプレイヤーがいるなんて、なんでいままで注目されてなかったの……?」
そして、眠れる獅子である、鳴宮美咲ことfloraの実情に気づく者もいない。
彼女は、河口よりも数段、反応速度が早かった。




