表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/70

29.歯車

「チーム、やめるわ。他のやつ誘って」


 上村先輩の発言に、おれら四人は静まる。そして、それと対比するように周囲の席のやつらはざわめく。それは水の波紋のように伝搬していき、一瞬で一年生と二年生の席すべてに届いた。


 そこまでいけば当然、三年生の方にも広がる。二年生の一人が、この喧騒の理由を三年生の一人に伝えている様子を、おれは眼球だけ動かして呆然と見ていた。

 予想はしていたが、結構くるものがある。


「じゃ、またどっかで。部長! 俺、きょう帰りますねー」

「お、おう」


 心は、傷まなかった。

 昔はこういうときに、心痛していた。他の三人に悪かったな、とか。おれ自身の体裁や、評価が悪くなったな、とか。

 そう考えると、思いやりとプライドが消えたのだろうか、自分じゃよくわからない。


「一樹、いいの」

「いい。おれのやり方でも、賛同してくれる人をさがそうと思う」


 負けは許さない。


 おれという存在が、絶対に。

 マズローの自己実現理論が、この感情を説明してくれている。自己実現的欲求が、おれの負けを絶対に、おれが認めない。


 妥協は許されない。


 世界で勝つために。

 自己満足のために。 

 もとの世界に戻るために。


「チームに一人、募集します。いろいろと課題はありますが、こなせば新人戦優勝は約束します」


 文句に、嘘はない。

 おれの言うことさえ聞けば、まず勝てるだろう。


「い、一条。あのさ、ちょっといいか?」


 小太り、かつ低身長の谷部長はおれの方に向かって近づきながら言う。

 なんですか、とおれは聞き返す。


「なにがあったのかしんないけど……。チームメンバーの提出はあと三日だから、早く決めないと」


 三日か、三日か――――。まあ、さすがにこれだけ部員がいるんだから、どうとでもなるだろ……。そう思って、おれは周りを見るが、だれも、目を合わせようとはしない。


 いつからこんな感じだった。


「一樹。もとのチームに戻すべきだと思う」


 美咲の勘はだいたい正しい。素直に従うか? いや、従いたいのはやまやまだが、負ける可能性が五十パー近くあるのはおれが耐えきれない、普段のチーム練習に支障がでる。ほぼないと思いたいが、声色をおさえてしゃべられないときが来るかもしれない。彼らメンバーに対する軽蔑、失望、嫌悪、なんなら美咲にだってこれらの感情は湧いている、最悪だ。


 美咲の選択肢を選びたい、彼女は正解だ。


 けれど、それはできない。


「だれもいないのか」


 なんでだ、急じゃないか? いや、もともとだったか?


 おれの部内の立ち位置ってどんなのだったっけ。


 四月ではなく、五月から急にあらわれた超新星、日本一の実力を持って、部内の覇権を握る。一年だけじゃない、三年にまで指導をする立場、そして今回がはじめての新人戦。

 振り返れば、チーム活動の反省会を部内で口頭に出していた。だが、おれは威圧的だったか? それについては注意を払っていたはずだし、心配はないと思う。


 なにがそこまでみんなの手を重くさせているんだ。

 いわゆる怯えではないはず、恐怖や嫌悪感ではない、とすると……畏怖みたいな感情か?


 おれって明らかに特殊なんだよな、高校一年生の立場で部長より強いとかそういう次元を超えて日本一の強さを持っているから。


 普通のスポーツで例えれば異常だ。甲子園球児の大エースだとしてもプロの野球選手には歯がたたねえし、高校サッカーで一試合に何十点も決めるスーパーストライカーさえも、プロじゃ使い物にならないやつが普通。十六歳のガキが世界レベルなんてそうそうない。


「一条、どうする。俺らはお前のやり方に合わせるよ」


 今田先輩は、山下先輩と顔を見合わせてそう言った。


「正直、ムカついたっちゃ、ムカついた。けど、言い分はわからなくもない。無理やりチームっぽい動きをするより、個人で動いたほうが楽だって言いたいんだろ?」

「楽とは違う。単純に強いのがそっちだから、そうしたいだけ」


 まあ、楽なんだけど。

 五人対五人で遊ぶNot Alone。五人で協力しなければ、強い相手は倒せない。けれど、相手がそこそこレベルなら、なんとでもなる。


 そして、味方が弱ければ協力しないほうが勝てるゲームでもある。

 非情で、残酷な世界だ。競争の世界ってのは。


「俺も今田と同じ意見だけど、もう一人はどうすんの? たぶん上村、戻ってこねーよ」

「どうしたもんかな……」

「い、一条。なにがあったんだ?」


 部長がホワイトボード前からこちらまでやってきた。心配というよりは、怪訝そうだった。


「なんていうか、そうですね……。おれと美咲のために動くチームスタイルになってほしい。って意味のことを言いましたね」

「あー、なるほど。いまなら冷静にそういう風に言えるけど、さっきはもっと悪い言い方をしたんだな」


 図星すぎる。

 なんて言ったっけな。


「美咲、おれさっきなんて言ってた?」

「敵の位置さえわかっていれば、おれ一人でなんとでもなるから」


 さすが完全記憶能力。そして垣間見えるおれのクズ感。


「んー……一条、微妙なラインだな」


 部長は渋い顔をしている。ラインってのは、おれが人として発言していい内容だったのかどうかってことだろう。


「抜ける可能性があるな、とは思ってましたけど、実際なると困りますね」

「はは、困る、かぁ。表現が独特だねえ……。一条らしいっちゃらしいけどね」


 罪悪感とか、謝罪の気持ちは、全然わいてこない。傲慢な雰囲気を出そうとしているうちに、心までそうなってしまっていたのか、それとも、もともとそういう嫌いがあったのか。


「そうまでして言った理由はなんなんだ? お前なら言わないほうが得策だとも思ってたんじゃないのか」

「どうしても勝ちたかったんで、それだけですよ」

「勝ちたいかあ……」


 この手の話題は、散々したな、前の世界で。


 勝つためなら手段を選ばない、努力も惜しまない。いわゆるガチ勢って呼ばれる分類と、楽しめればいい、努力なんてしたくないっていうエンジョイ勢。

 どっちの意見も世の中には存在していて、ガチ勢派閥のほうがすくない。そして、ガチ勢のなかにも段階が多数、存在する。


 すべてをかけるタイプと、そうではない派。おれは、むかし前者だった。


「いろいろあるよなあ……。一応、うちの部活はそういう方針だから、合ってんだけどね。まあ、上村の意見もわかるし、むずかしいね」


 味方を信用していませんし、チームとしての動きよりも個人での動きを優先します。そっちのほうが勝率が高いから。


 吐き出した文面だけ見れば、よろしくねえのはわかってる。


 それでも、勝ちが欲しかった。


 なんつうか、やっぱりおれは一般人とは違う考え方をしていて、人としてなにか足りないところがあるんだろうな。

 

 *


「じゃあ私が入ろうか?」

「おう、さすがだな琴さん」


 あの事件の一日後、体育の終わったあとの時間に、おれと琴音は教室で話している。


「私が休んでたときにそんなことがあったとは。というか、お前も気をつけろよ、いや、わかっててやったのか」

「やりました」


 説教ぽいことを受けたの、この世界に来てからはじめてだな。


 一種の全知全能みたいなもんだもんな、おれ。こまごまとした知識はもちろん、勉強だって二週目だから困ってねえし、運動はもともと得意だったし、これからなにが起こるのかって、曖昧ながらもわかってるわけで、こういう誰かにミスを怒られるのって、なんかなつかしい。


「お前らしくもない。しかもわかっててやってるのがまたダメだろ」

「はい」

「んで、私でもいいのか? 超初心者だけど」


 正直よくねえけど、他に選択肢もねえ。


「まあ、まあまあ。いいです、むしろお願いします」

「よくないんだな。お前、ほんと嘘へたすぎ」


 琴音か……。部内で下から二番目ぐらいの強さ。ポンコツをおいて足手まといなのは間違いねえ。

 が、成長力は美咲をも凌駕する。


 それがやべえ、ゲーム慣れしていない人間がここまでダントツのスピードでうまくなれるのか不思議なくらいだ。


 まず一回教えたことを忘れねえ記憶力、手先の器用さと、反応速度から来る危険回避能力が目立ってる。


 このまま進めば、あるいは……。


「ま。一条、どうせ大会に出られないぐらいなら私に任せろ。うまくはないが、本気でやってやるから」

「琴音、おれの言ったことをすべて忠実にこなせる自信はあるか?」


 この潜在能力の高さを、もしかしたら。


「言われてみなきゃわからないけど」


 チームがバラけた原因である動きを、こいつならなんとも思わずにやってくれる。いわゆるおれと美咲のために、自分を殺す動きをしてくれるはずだ。


「例えば、マネーシステムの関係上、おれや美咲が武器を買えないときがある。そういうとき、お前はおれと美咲のために武器を落とせるよな」

「は? それぐらい当たり前だろ。だってそっちのほうがいいじゃん」


 ここまでは、まあ上村先輩でも聞いてくれる。


「じゃあ、琴音の体力が十しか残ってなくて、おれの体力が百だったとする」


 おれが定義を伝えただけで、琴音はせせり笑いながら言った。


「私が先に飛び出すよ。だって、そっちのほうが強そうだし」 


 ああ、本当に、こいつは優秀なんだな。

 望む行動を忠実に取れるプレイヤー。どこのチームの指揮官も、喉から手が出るほどほしい存在。

 それがこんな近くにいやがった。


「夏の新人戦でこんな話したよな。体力の多いやつが先に出たほうが強いって」

「ああ、したよ」

「まあ、ケースバイケースってやつだろ。お前の方が強いんだから、お前を残すさ。だってそっちのほうが強いじゃん?」


 現状の強さは目も当てられないレベル。けれど、大会出場メンバーとして、おれが本気で指導すればどうなる?


 開清高校のほこる、おれらの学年のぶっちぎりの天才、鈴森琴音なら、おそらく化ける。


 もし、こいつが飽きて投げ出さなければ、日本上位層に食い込める。おれという最強の教科書が存在するから。


「詳しい話はまた今度やろう。琴音の動きについて」

「わかった。初心者なら初心者なりの、味方をいかす動きをさせるってことだろ」


 なんで言わなくても分かるんですかね……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ