27.部活チーム、始動
予選から二ヶ月たつと、美咲の新人戦は全国八位に終わり、おれの夏休みは膨大な量の宿題とゲームの研究に費やされた。嘘いつわりなく語って、外に出た日は一週間ぐらいしかない。
一般的な目線では、ゲームばかりしている自堕落な生活と呼ばれるかもしれないが、当の本人としては大真面目だ。それから学校がはじまって、テストをいつものように真ん中ぐらいの成績で収める。おれが自分に課した制約だ。
それから、エレナから連絡が入っては仲がよくなりはじめて、おれのチームと練習試合をすることもあった。ボイスチャットをつなげて、向こうの学校の五人とおれたちの学校の五人を混ぜて紅白もやった。紅白は、だいたいおれのいるチームが勝ったが、たまに負けたのが悔しくて、モチベーションのきっかけになったのは実にいい練習だった。
季節はすぐに流れて、十二月。おれは、この月にある強歩大会のため、いま美咲と走っている。
「はっ、はっ、はっ」
十一月からはじめたランニングだが、二人で走っているわけではない。おれたちの家はいっしょにランニングをするには不便な距離で、個人的な練習をしている。
今日は部活が休みになったため、体育に使った体操着を着て、学校の外周を走っている。
前の世界は、走る練習をしたのは高校三年生からだったが、今回はなぜか一年生からだ。
「エレナさんと連絡、とってる」
「はっ、はっ、最近は、とってない」
美咲はやっぱり普段から走っているだけあって、体力の差がいちじるしい。おれは一ヶ月前からはじめたってのに、いまだに体力が全然つかない。週に二回しか走ってないから当たり前とはいえ、女の子に負けるのはちょっと悔しいと思う。
「今度、また練習したい」
「メール、送ってみるけど、新人戦近いし、むずかしいかもよ」
近い実力を持った人たちが戦うのは、とても効率的に強くなれる。だがしかし、大会で使う作戦や、本番にまで取っておきたい秘策、テクニック、小技、それらをいかした”意外性のある動き”を隠しておくことを考えると、あまり大会前の練習試合に気乗りしないチームが多いのは事実だ。
それが理由で、その”意外性のある動き”ってのを練習したいがために、格下のチーム相手に実験するのはe-sportsでよくある光景だ。
エレナはそういうの奇策が得意そうだな。人の裏をかく戦術というか、作戦というか。逆に、琴音は全然やらなさそうだし、やられたらキレそう。
「そう、残念」
「まだ決まったわけじゃないから」
もう七週目だ。あと三周が遠い、というより面倒くさい。走るという競技は、なぜこんなにもつまらんのだ。
全国の長距離走者にたずねたい、なぜこんなにもおもしろくない競技に本気で時間を使えるんだ?
走る専門の陸上部員には悪いが、おれにはまったく理解できないぞ、楽しさが。
「こんどの練習、どうする」
「どっち、ゲームの話」
上下運動する彼女の頭が、どうにか縦に動いたのを確認すると答える。
「んー、そろそろチーム活動してもいいとは思ってるんだよね」
「そう、ようやくね」
夏休みがおわってから、夏の新人戦のチームは解散。ついにおれのチームは設立された。中身は、おれと美咲、そしてその他の烏合の衆が三人。ぶっちゃけ、他の三人はお世辞にもうまくはないが、残っている二年生のなかでは上から順に選んだと、部長が言っていた。おれのチームは優勝がかたいだろうという読みで、部長が取り計らってくれたのだ。
チーム結成。では早速、練習スタート! とはならんのが現実だ。
あまりにも四人が、おれの基準から見て弱すぎた。
おれの求める最低ラインにすら到達していない四人を引っ張っても、おれなりの予見では優勝確率は四十パーセント程度しかなかった。
それは許さない。
絶対にだ。
おれが試合に出るからには必勝でなければいけない。それ以外は認めない、ありえない。
邪智暴虐な言い分かもしれない。けれど、負けは許さない。負けたからといってなにが暴力行為に走るわけでも陰湿ないじめに走るわけでもない。
ただ、おれが負けを許さないだけだ。
それが、おれにとっても、周囲にとっても大きかった。
そういうわけで、おれはまず美咲たちに練習を求めたのだった。
具体的な内容で言うと、おれが五月からすこしづつ作っていた動画をすべて暗記してもらうことと、実行できるようにしてもらった。
まずはマップの知識の詰め込み。これはおれがパソコンの文書作成ソフトとゲームの動画をまじえて、直接かれらの目の前で講座をおこなった。
次に操作技術の向上。これはゲーム内に存在するテクニックの紹介と、それらのコツ、そして試合中にいつ使うのかの解説をした。
最後に、チームの連携について。例えば、トレードキルという概念が存在する。そばにいる味方が死んだなら、すぐにつづいて飛び出して、味方を殺したやつを代わりに殺す、という技術だ。このような、チームとして必須であり、知るべきである概念を一つひとつ動画にまとめている。
作成期間はだいたい四ヶ月ほどだったことから、わりとていねいで、かつ、まったりと作っていた。
すべては、おれが大会に出る以上は、必要なものだと思ったからだ。
負けは許さない。
それは、自分に対してだけじゃない。
味方に対してもだ。
ゲームを楽しむためにいるのなら、おれのチームからは抜けるべきだ。
あれから、かなりの時間がたったもんだ。最後に出た大会から数えて五年はたっている。人に指導するやり方は、まだ覚えているだろうか。
日本で一位になった、なるまでのおれは、お世辞にもコミュニケーションの上手な人間ではなかった。
単純に、人に対して攻撃的な口調だったんだ。
失敗は攻め立てるように、すべて相手に問いただすように、失敗を自己理解させるように。
効果的だと思っていた。いや、実際に効果的というか、失敗自体は減るわけだが、それよりも恐怖感と拒否感、そしてモチベーションの低下につながった。
気をつけなければいけない。
高みをめざす。その行為について、おれのやり方は賛同を得られづらい。
それほどまでに、おれのゲームの仕方は、特殊だ。
*
「んー、七ラウンド目でlilyはアグレッシブにいかなかったよね、なんでか覚えてる?」
「えー……覚えてない。どんなラウンドだったっけ?」
部内での練習試合のあと、反省会をする。できるだけ波風をたてないように、攻撃的にならないように、そう心がけているが、むずかしいもんだ。
弱小とは言わないまでも、ぶっちゃけ強豪クランと呼ばれる段階にないチームに共通していることは、反省会がすごく下手だということだ。
これは現実の仕事や勉強、すべての趣味に通じることだと思う。
なにかを極めたい、なにかの高みに登りつめたい。そんなふうに考えるなら、なにが悪かったのかを自覚しなければいけない。
それができなければ、復習、修正という作業に移れないわけだ。
なぜ失敗したのかを本当の意味で理解できる人間ってのは、それが分かるように努力しないと理解できないもんだと思う。
だからこそ、勉強をがんばることが、世間一般で評価されているんだと思う。学歴というフィルターが、すごく簡単にその人間が”努力の仕方”をしっているかどうかの指標になるわけだ。
「他のみんなが前に出ているのに、lilyだけ一人でAトンに残ってたシーン、覚えてない?」
lilyこと上村 啓太は、一つ上の先輩だ。おれが部長からチームを結成させてもらったときに作ったルールで、完全なため口で会話をするというものがある。
あの当時、部長からは学年の差によって起きるへだたりが消えていいルールだな。とか言われたけど、そういう意味で作ったわけじゃない。
単純にしゃべる量が減るからだ。
上村さん、おれの後ろについてきてください。lily、おれの後ろついてきて。どう考えても後者のほうがしゃべる量が少ない。
チーム内で仲がよくなりやすいみたいな思惑とは違う、すごく無機質で仕事っぽい考え方だ。
「あー……覚えてるような覚えてないような」
なぜこんなにも自分のやったことを記憶できないんだ?
自分のやったことを記憶できないやつって、自分のやったことに責任とか考えてないんだろうか。
本当に、強くなれない人の感覚ってのはわからない。話していてイライラしてくる。
「あのとき、もうみんながサイトに入ろうとしていて、その報告もしてた。だから合わせて動いたほうがいいんだよね、敵がいるならいるで、サイト内の敵人数の予測もできるし」
「あーはい。おっけ」
オッケーじゃねえんだろうな。
つきつめて完全に理解するまで話してもいいが、チーム内の雰囲気が悪くなっても困る。
どうしたもんかなあ……。脳みそだけ琴音に入れかわってくれないか。
「aquaの思う、死んででも得る価値ってどういう状況にあるの」
aquaは、おれのゲーム内ネーム。この質問は美咲からされたものだ。
NAは、死なずにラウンドを生き延びれば装備をそのまま引き継げるという仕様がある。
状況としては人数有利の状態でマネーの有利もあった。ということは、自分たちがひとり死んだところで痛くもかゆくもないから、相手が武器を持って次のラウンドに望もうとするのをつぶしたい。
「むずかしいこと言うね。基本的に人数が不利ならセーフティに、人数が有利ならアクティブに行く感じでイメージして」
「それはaquaが指揮だから」
「そう、これはおれの指揮スタイル。これだけは合わせてっていうお願い」
lilyに言った動きは、正直だれもがする当然の動きだが……。まあお願いってことにしておこう。
完成度はすこぶる悪い。が、高校生大会ぐらいなんとかなりそうな気もしてきた。今の予想だと、五十パーセントぐらいで優勝ってところかな。




