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26.新人戦予選 捌 終

 話に夢中で、気づけば三ラウンド目は終わっていた。なにも買っていないDF側と、最強装備に近いAT側の戦いは、後者の勝ちに決まっている。


「エレナさんってさ。美咲のチーム……開清高校とは戦うの?」

「いいえ、シード校は強制的に離されますね。それが理由で毎回、私たち二校が全国大会の東京代表になってます」


 んー、まあ妥当か。

 つぶしあったほうが毎回別の高校が出ておもしろそうだけど、弱小校が表に出てきてボコボコにされるのも、ネット上でくだらない批判を浴びそうだしな。


 そういや、エレナと美咲が、こんな狭いところで二人そろってるのか。

 そりゃ観戦者も多いよな。美少女ゲーマーなんて、めったにお目にかかれないもんが、二人もいるんだもんな。

 おれも学生のときなら行くわ、暇なら。


 いや、いま学生だったか。


「あ、一条。Aばさみしてるぞ」


 なにも見てなかった。

 やばい怒られる。


「特に感想ない」

「お前見てなかっただろ」


 なんで秒でバレんだよ。


「声色が変だったし、なぜか半笑いだった」

「すみませんでした琴音様」

「気をつけろ」


 はい。


「あ、一条さん。DF側でこれだけ負けてるときってどうすればいいと思います?」


 途中経過は、九ラウンド対四ラウンドでAT側が優勢だ。あと二ラウンドで陣営交代になる。

 だてに全国四位の高校を名乗ってるわけじゃない。漠然とした評価をすると、作戦が強いのと個人の技術が長けてる。あんまり脳みそ使ってゲームしてる感じは、美咲たちからしない。


「あー、そうね。なんとも言えない」

「そこをなんとかお願いします」


 負けてる原因が個人技だからな……。


「えっとね、撃ち合いとか操作技術で負けてるときに、勝つ方法はない。マジで」

「一条さんなら勝たせてあげられるのでは。知識をいかして」

「無理だね、絶対無理。指揮ってのは弱い人たちを強くするものじゃないから」


 この説明、前の世界で何回やったのか覚えてないな。

 あれだけ天才、天才って持てはやされていた時期に、たくさん生放送で言った気がする。


「なぜですか?」

「指揮のレベルについてこられる人がいないから」

「かっこいいようなナルシズムのような」


 わざとらしく首と視線を上に向ける彼女。


「指揮ってさ。レベルがあるんだよ。うまいとか下手とか、そういう意味じゃなくて、単純にむずかしいのか簡単な指揮なのかって」


 おれの語りに対して、彼女は「はい」と真面目な口調で返す。


「むずかしい指揮を理解できる能力があるなら、おれは勝たせてあげられるよ、たぶんね」


 今度は相槌を言わなかった。


「けどさ。むずかしい指揮を理解できる能力がある人って、まず撃ち合いが弱いから負けるって状況にならないんだよね。むずかしい指揮を理解できない”知識量”だから、撃ち合いのせいで負けちゃうの」

「ははあ、なるほど。やり方さえ知っていれば、撃ち合い以外の勝ち筋があると」

「おれだって簡単な指揮もできるよ。でも、それって撃ち合いや操作技術にすごく頼る指揮になっちゃうから、おれが指揮しても技術があまり反映されないの」


 前の世界での説明をそのまま言えた気がする。

 まだ覚えてるもんだな。


「例えば、Bラッシュが決まりやすいタイミングで使うとかね? でも、それって結局撃ち合い頼みなわけだから。いくら決まりやすいって言っても撃ち合いの能力で負けてるから、理屈上は決まりやすいタイミングでも単純にプレイヤーの差で負けちゃうの」

「勝率を安定させるものであって、逆転させられるものではないんですね」


 そういうこと。

 戦国時代の武将たちだって、最強の戦術は相手よりも人数を用意することって言っちゃうぐらいだしな。



 陣営は交代して、美咲たちはDF側に移る。

 そのとき、なぜか琴音がおれに耳打ちしはじめた。くすぐったくて、最初は拒否したけれど、なぜか琴音が真剣な表情をしていたから、おれは真摯に聞くことにした。


「お前さ。敵に塩おくってない?」


 あ。エレナって美咲の敵になるじゃん。やば、馬鹿じゃんおれ。


「いま気づいたわ」

「私も、いま気づいた」


 エレナは不思議そうに、目をパチクリとさせながらこちらを見る。大きく、青い瞳が美しい。


「どうかされましたか?」


 どんなふうにごまかそう……嘘がつけない。琴音、たのんだ。


 そういう意味合いをこめて、彼女にアイコンタクトをするがどうやら意図を汲んではもらえなかったようだ。

 首をかしげて、どういう意味かと問うようにジト目になる。

 かわいい表情だ。いや、違うよ。そういうことじゃなくて。


「エレナさんにいろいろと教えてたのまずかったなって」

「あ、気づいちゃいました? 私が質問したこと、律義に一条さんが教えてくれるものですから、つい、たくさんのお尋ねをしていました」


 策士。エレナのほうがよっぽど優秀だ。

 美咲に悪いことしちゃったな、ごめんってあやまれば許してくれるだろうか。その答えを、自分で楽観的に想像しているのが嫌だ。


「一条さん、DF側で大事なことってなんですか?」

「バリバリに聞くね」

「ふふ。私の勝手な推察ですが、一条さんって人からのお願いは断れないタイプですよね」


 はい、正解です。


「一条いいの?」


 よくない。けど、お願いをむげにするのは苦手だ。一種の精神病だろうな、これ。


「うーーん、ごめんなエレナさん。身内が新人戦に出てるし、ちょっと言えないかな」

「あれ、想定外です。よほど大切な身内でもいなければ、おっしゃっていただけそうに思っていました」


 未来の嫁がいます。


 *


 エレナのおかげで琴音への解説はどうしてもできなくなり、ただの感想戦になってしまった。

 試合は十六ラウンド対六ラウンドで、開清の圧勝だった。次はエレナの試合らしい。


「では、私はこのへんで」

「よく観戦できてたね。チームとの最終確認とかはいらなかったの」

「まあ、これでも全国二位ですからね。うちの高校。この予選程度で負けるような強さではありませんから」


 そう言って、彼女はこの場から離れていく。


 試合の終わった美咲がこちらに来るかと思ったが、そんなこともなく、彼女は体育館のすみの方でチームメンバーと話をしているようだった。会話の内容は、ここからじゃ聞き取れない。


「中学は優勝らしいけど、高校は全国二位なんだな」

「雑誌で読んだのだと、たしか一位は大阪の高校だったかな。天王示高校だっけ」


 どこかの学校に、おれらの世代の有名なプレイヤーとか出場してたりするのかな。野良チームとか呼ばれている場所で戦うつもりだったけど、もしかしたら師匠や、zipp0とかと戦う可能性はゼロじゃないかも。


 まあ、レジェンドたちが高校の大会に出てるとも想像できないな。師匠なんて高校やめてたし、zipp0がこの予選にいない時点で、もう野良チームでバリバリに出場してるだろう。たしか2007年には日本最強とか呼ばれてたしな、あの人。


 やっぱり、この新人戦は前座だ。おれの知っている世界をめざしたあの人たちは、こんな高校生の大会に出てないだろう。

 おれたちが戦ってきたのは、日本一のためじゃない。世界一のためなんだ。あの、日本一をめざすチームと世界一をめざすチームの差は、形容しがたい圧倒的なものがあった。


 あの頃がなつかしい、熾烈な戦いだった。


「どう一条、エレナさんは」

「美咲よりも強い」


 観戦してて驚いた。あの人、おれをのぞけば高校生最強と呼んでも過言じゃない。


 才能がある。間違いない、なんでこんな人がおれの世界で有名じゃなかったんだ? どういう理由でおれの世界から……。


 そうだ。いまなら琴音に言える。


「なあ、エレナさんについてだけど」

「なに」

「おれの世界で、あの人は名前が通っていなかった。おれの知らない人が、あそこまでの実力があるのは考えづらい」


 実況席が大きな声が聞こえてきた。エレナがクラッチプレイをしたらしい。

 一人対四人を撃破したとのことだが、おれは見ていなかった。


「あ、一条のせいで見逃したじゃんか」


 すまん。


「そんでさ、この世界においておれの知らない人がいる可能性、どれぐらいあると思う」

「しるかそんなもん。お前の知らない人が学校に一人もいないとしたら、可能性は限りなく低いんじゃないの」


 だよなあ。だとしたら、なんでエレナのことをおれは認知していないんだ?


 試合結果はエレナのチームの圧勝。十六ラウンド対三ラウンドで終わった。


 評議としては、美咲のチームじゃ逆立ちしても勝てないぐらいの強さだと感じた。とりあえず指揮官をやってるエレナがうまい。個人技はもちろん、チームの動きもできている。コミュニケーションの取り方もだ。逆に言えば、チーム内でエレナだけがよくできていて、他の四人はさほど突出していない。まあ、うちの高校の二年生よりは優れているが。


 こりゃ美咲が勝つのは万に一つもないだろう。これが全国二位なら優勝は遠い。


 それから四回戦、美咲もエレナも勝ち上がり、東京の予選は妥当に終わった。


 そういえば、応援と呼べる行為はあまりしていなかった気がする。


 もう夕方三時か。大会が終わったあとの、片付けをしている人たちのすがたがどうも寂しい。

 椅子をたたみ、パソコンをどこかへと運んでいく。この時代のパソコンはまだまだ大型で、特にブラウン管のモニターが重そうだった。


「一条さーん。連絡先、交換いたしませんか?」


 四回戦がおわったあとでもチーム内で会議をしている美咲を待っていると、エレナがぱたぱたと足音をたてるかのようにやってきた。

 断る理由もないし、受けよう。


「いいよ。はい」


 おれは携帯電話を取り出すと、アドレスを表示してから彼女に向ける。


「鈴森さんも!」

「ごめん、私は携帯もってないんだ」


 まだこの時代は琴音のほうが多数派かな。学校内で持ってるのは三割ぐらいな気がする。


「では、買っていただいたときにぜひ教えてくださいね」

「うん。エレナさんはもう行くんだよね」

「ええ、このあとメンバーとご飯に行くので」


 おれはエレナを待っている四人の方へ顔を向ける。


 なんというか、オタクな感じだ。ノッポ、チビ、デブ、ガリ、そんな簡単に四要素も取り入れられるんだろうか。

 あのなかにエレナがいるって考えると、不思議なもんだ。


 おっ、美咲がこっちを見ている。

 おれの視線に気づくと、彼女はすぐに顔をそむけた。


 ふと気になったが、この美咲はおれのことをどう思っているんだろう。


 おれと美咲が付き合いはじめたのは高校三年生から。いつから好きになったとか、そういう話はしたことないな。

 なにがきっかけで、美咲はおれを好きになったのかな。

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