25.新人戦予選 漆
「あー、これやっちゃうチーム、多いんだよね……」
おれは二ラウンド目の購入に対して、ぼそりと言う。
「なにがですか」
エレナは一ラウンド目の解説を聞いてからは、高飛車のように見えて物腰はていねい。という印象から、従順な柴犬のような印象へと変わった。
「ほら、DF側見てみて」
プロジェクターにはゲーム画面が映し出されているが、それは実際のゲームプレイではなくマップを頭上から見下ろしたような形で映っている。
そして、画面の左右端にはそれぞれ赤色と青色の縦幅三センチ程度の棒が横に五つ配置されていて、赤がAT側で青がDF側をあらわしている。
その青色の棒には、ハンドガンのなかで最強の武器と言われているデザートイーグルが二つ映っていた。他の三人は防具のみ装備している一人と投げ物を何種類か買っている人が二人だ。
「今回の二ラウンド目でDF側が無理買いをすることにしたみたいなんだけど、買うならDEは二つじゃなくて最低でも四つ買うべきだね」
「はあ。なんでですか? 作戦によっては攻めるための人と、後ろから投げ物を入れる人にわかれてもいいのでは」
んー、発想は悪くないが。
「まず第一に、DEを買うならみんな防具が欲しいんだよね。味方が殺されたとしても拾えばかなり強い武器だから、拾ったときに役目を果たせるように防具が買いたい」
このゲームにおけるデザートイーグルのもたらす価値はかなり特殊だ。
なぜなら、この武器の威力は、防具をつけていても身体撃ちで三発から四発、頭なら一発で敵を倒せるほどだ。ということは、一発の計算は約三十から四十ダメージもあるわけだが、これはAK47やM4A1とおなじ威力をしている。つまり敵を狙う能力さえ高ければ、狂ったポテンシャルを秘めているのさ。
AT側の主力武器であるAK47、これは2500$もかかり、DF側の主力武器であるM4A1も3100$かかってしまう。しかし、ハンドガンのデザートイーグルは、たったの650$で前者”二つの突撃銃と同等の威力”を持っていることになり、この低価格で生み出すワンチャンス性にしては破格すぎる。
もちろん、その分のデメリットはある。連射速度はハンドガンのなかで最低速度であることと、一発一発のハンドガンの反動が大きいことから一発外した状態から再度ヘッドショットを狙うのは、相当うまく使いこなさなければならない。
そんな、上級者向けかつ最強クラスのポテンシャルを持ったデザートイーグルだが、二ラウンド目で買うのなら、おれなりに考えた条件がある。
「防具ですか? それは敵の武器を拾うことも考えたら当然だと思いますよ。二ラウンド目で買うなら、勝つ気でいくわけですから」
まず二ラウンド目の収入は1400$と3250$にわかれる。敗者が1400$で勝者が3250$だ。
このとき、DEは650$も必要になってしまう。防具もおなじ値段の650$ということは、これだけで1300$だ。他に買えるものはない。
じゃあ他の人たちは? 例えば、投げ物を買うとしたら防具は大前提としてHEとFB二つとSGで1000$もかかってしまう。これでは買えないし、そんな装備が強いわけではない。
結局HEなんて、防具を着ているであろうAT側に対しては三十から四十ほどしか削れない上に、FBも食らうかどうかは相手次第だ。SGなんて、有効活用できるような状況は限られている。
「そう、じゃあ投げ物を買った人は投げ物を使うぐらいしか仕事がほぼないよね?」
「ま、まあ。防具とUSPだけでAKを持ったAT側を倒すのは、けっこうむずかしいです。固まればいけますが」
そう。固まらなきゃいけない。例えばDF側のAトン逆ラッシュ。これで五人固まれば、AT側を二人は殺せるだろう。じゃあ、このとき投げ物は必要か? ラッシュに投げ物はあってもいいが、それより全員がDEを勝ったほうがはるかに強い。
なぜなら、ダメージ計算的にDEが二発や三発を入れたとして、USPはそこへさらに二発以上は必要になるだろう。それぐらいならDEを五人で勝ったほうが、決まるかどうかわからない投げ物を投げるよりもはるかに強い。
「じゃあ投げ物を入れる係は固まらないの?」
「うーん、でもFBがきれいに決まれば、DEよりも価値があるのでは?」
「なら投げ物係は三人もいらない。一人でいいと思うし、二人じゃ過多だよ」
すこし不服そうな顔をしたかと思えば、それをすぐにやめる。
「たしかに、うまく決まらない可能性のあるものに200$、二つも買えば400$も払う価値はない、かもなー」
「HEが直撃して三十ぐらいなら、DEを一発だけでも身体に当てるほうがはるかにいいと思うし、FBは全部で六つも絶対にいらない。どうせ相手の武器を拾うと考えるなら、それこそFBなんて二つぐらいでいい」
エレナはくちびるを丸めこみ、考えこむ。
「そうですね。完全に一条さんの言う通りかも。作戦的な動きをしないなら、絶対そっちのほうが強いですね」
さらに、FBは扱いがむずかしい。ドッジボールで投げられて、それから逃げるぐらいの反射神経があれば、大抵は見てから避けられる。
猶予はだいたい一・五秒ってところだろう。うまいやつは避けられないような投げ方をしてくるが、この時代にそれをやってるのは日本最上位層だけだ。
それに、FBは味方も視界に入れてしまうと画面が真っ白になってしまうため、味方に被害が出ないように投げないといけない。
「だから、こんなDEを二人だけ買ってもしようがないんだよ。ヘッドショットできるかどうかなんてわからないわけだから、身体撃ちで安定させたいじゃん。なら、この二人は固まらせたほうがいいの。それこそ四人買えばいい」
おれはさらに早口でつづける。
「A側に二人とか、B側に二人とかのほうがまだいい。けれど、見てみな。AとBに一人づつ分布してるけど、これは最悪。ヘッドショットをしてくれるのを祈ってるよ」
「あー、私のチームでもこれやってます。A側とB側で強い人をわけて、強さを均等にさせるって考え方で……」
「言っちゃなんだけど、馬鹿だと思うよ。どうせ二ラウンド目なんて武器差があって勝つのむずかしいんだから、確率的にA側で二十パーセント、B側で二十パーセントとるよりも、A側で四十%、B側で十%とかにしたほうがいいと思うけどね」
「なるほど。期待値もそっちの方が高そう」
なんなら、指揮官の目線から言わせてみれば、そこでA側に敵が来やすくなるような作戦を使えば、十パーセントというデメリットを消してしまうことすらできるんだけどね。
「一条さんは優秀な方ですね」
「優秀、ではないと思う」
長くやってるだけだよ、センスはそんなにない。
そんなこと、日本のトップに立ってから何年も言いつづけてきたな。それと同時に、世間から幾度となく天才と評価されてきた。おれはbullsterの指揮官論を真面目に聞いて勉強しただけ。おれの力なんかじゃない。
おれに才能はない。
世界で負けたときに、ひどく痛感した。
それから、美咲のチームはロングラッシュを繰り広げた。これはおれが教えた戦法の一つで、武器差があるときにやると強い。
理由はハンドガンの距離減衰にある。USPが防具つきの身体で約十から二十ダメージ。この差は、DEを含めたすべてのハンドガンやサブマシンガンに共通して距離が伸びれば伸びるほどに威力が落ちるのが理由。
つまり、AT側はその武器差をもっとも単純にいかせるのがロング攻めというわけだ。初期武器で言えばグロックとUSPでは後者に遠距離戦の有利があるため、ロング攻めをおすすめしないと言った。それとおなじく、今回ならAK47を持つAT側がUSPかDEを持っているであろうDF側に負ける可能性はほとんどないというわけだ。
そして、美咲たちのチームはなんなくラウンドを勝利する。
残った人数は三人であることから、及第点だろう。二人までなら死んでもよい。
「一条には悪いけどよくわからなかった。つまりDF側は買い物のなにが悪かったの?」
「単純に言えば、ダメージ量の関係からUSPとDEは相性が悪いんだよ。DEがあと一発で殺せたのに! っていう状況のとき、USPだと身体撃ちで二発以上も必要なんだ。なら、効果的に使えるかどうかが不明瞭な投げ物なんかより、みんなでDEを買って撃ち合いを強くしたほうがいいよねってこと」
作戦があるなら別にいいんだけどね。今回、結局DF側はCATを三人で守って、あとは広場とBサイトっていう配置だったわけで、そんなのDEを買った意味がない。
彼らは最初にFBをCATから投げることで、CATからDE持ちにセンター勝負をお願いしたわけだけど、ちゃんと緑箱で待っていた人に殺されてるし。意味がなかった。
その後、DEをきちんとCATの二人が拾いなおしてたけど、どう考えても強い動きとは言えないだろう。
「三ラウンド目、DF側はなにも買ってないね。はい、琴ちゃん。これは正解でしょうか、不正解でしょうか」
おれの急な質問にも驚かず、琴音は唇をとがらせながら右斜め下を見る。
「えーと、1400$に500$足して、1900$。これが三ラウンド目の収入でしょ。次に2400$手に入るんでしょ。じゃあ、全部で4300$もらえるのか。ヘルメット防具が1000$でM4は3100$。つまりDF側の最低装備が4100$? 別にいいんじゃないの」
「そのとおり、彼らの買い方は正解」
こうやって、一つの一つの動きが正解か不正解か質問していくのは、本人の実力向上にかなり役に立つ。これは、いろんなことに言えると二十六歳の若造ながら思う。
いや、いまや二十七歳か……。
それを知るのは、この世界でたったの二人だけれど。
「んー、AT側はなにも買ってないってこと把握してるのかな」
「あ、そっか。一条が私に質問した内容、それを理解してたら買うわけないって自明なのか」
「普通にチーム活動してたら、一年ぐらいで気づくもんだけど。あいつらは部活の先輩がいるからなあ、把握しといてほしいけど」
椅子の上で、腕を組みながらぼやくように言うと、琴音から思いもよらない言葉が帰ってきた。
「そういえばさ、一条が前に教えてくれた何円でどんなのが買えるよって表あったじゃん」
「メモ帳に書いたやつ?」
「あれさ。計算できるのたぶん一条と三年生の大会出場メンバーぐらいだったよ」
計算できるのってどういう意味だろうか。
おれはそれについて聞き返す。
「みんないくらで買えるのかってのはちゃんとわかってたけど、その分どれだけ買っていいのかなってわかってないの」
なぜ、そうなる?
次にいくら入るか計算して、余剰分のお金を使うって逆算するだけなんだが。
例えば、AT側なら4500$あれば最強装備だから、次に負けて合計で5000$になるなら500$が余剰。
だから余ってる分だけ買えばいい……って単純な計算なんだけど。
「分かったか、私の説明で」
「そんなに下手じゃないよ、琴音は」
コツさえつかめば説明もゲームもすぐにうまくなるだろうな、この子は。
それにしてもだ。レベルが低すぎないか? 2006年の中堅に満たないところってそんなもんなの? こんなの覚えるだけじゃん。
「エレナさんのところは?」
おれはすかさず質問することにした。にわかには信じがたい。
「正直、一条さんのおっしゃったマネーの概念は、私たち筑葉大学附属も会得したばかりです。これのおかげで、中学生大会で優勝したんです」
すごいようなすごくないような。
「収入の得方から、相手がエコラウンドなのかバイラウンドなのかを突き止める方法。従来なら、相手の装備を目視で発見することか、感覚的に買うことができないだろうなって思うラウンドでエコかバイか判断していたんですよ」
それから、彼女は「一応この技術、知ってるの中高生なら私たちの学校だけだと思ってました」と言う。
えー……。日本のNAってこんなにレベル低くなかったような気がするんだけどなぁ。もはや十年前のNA界なんて覚えてないし、受け入れるしかないか……。
この時代はトップ層のチームが講座を開いたとしても、あまり公開してるレベルが高くなかったっけ。もう忘れちゃったよ。
「一条さんはどこで学んだんですか?」
「学んだって言われても……。普通にマネーシステムについてまとめたら三秒でわかりません?」
嫌味に聞こえるかもしれんが、めちゃくちゃ当たり前の話に感じているんだが。
琴音はすこし呆れ気味におれに言う。
「たぶんな、言われたら簡単なことだけど、実際に気づくのはむずかしいことなんだと思うよ」
「そんなもんなのかな、これ」
なんか、客観的に見て自分がすごくいやらしいやつに思えてきたから、もうこの話はやめよう。
「一条さん。みんな、わりと感覚的にゲームしてるんですよ。楽しいからゲームをやる、楽しいから大会に出るってもんです。理詰めで、ただ勝ちをめざしたのは……部内では一応、私と他に一人いますけど、そのぐらいです」
そのときのエレナの雰囲気は、出会ったときの冷たいものとそっくりだった。
「趣味において、真面目な人ってあんまりいませんよ」
ああ、そうか。
そういや、前の世界もそうだったな。
だから、日本で優勝するのすら、おれは苦労したんだっけ。
いわゆる、勝つためならなんでもするタイプのおれと美咲、そしてそれ以外の三人。
努力の種類も、時間も、全然違ったっけ。
あのときの優勝は、ひとしお嬉しかったな。自分なりの最高のメンバーを三人見つけられて、当然のように優勝できて……。
美咲が、微笑みじゃない、本当の笑顔を見せたのは、あのときがはじめてだった。




