24.新人戦予選 陸
counter-strikeシリーズのde_dust2よりマップを引用。
「はい、では三回戦からは三マップからランダムにマップを選んでいきたいと思います」
体育館前の巨大プロジェクターには、カメラで実況者席が映し出されている。そこには実況者と、その前に箱がおかれていて、その上部には穴が空いている。
いつものやつだな。
「なにあれ」
初心者には当然の疑問だ。
「箱の中にボールが入っててさ。ボールにマップが書いてあんだよ」
「あれでマップ決めるんだ」
dust2、inferno、cache。はたしてどれかな? 二回戦でinfernoは解説したし、できればcacheが来てほしいところだが。まあ、新しいマップだと情報量が増えて琴音が困るか。
「おれ的にはcacheがいいんだけど、琴音はどう」
「ぶっちゃけどこでもいい。一条の解説を聞いとけばとりあえず楽しめるからな」
エレナはおれらの会話を耳にして不思議に思ったのか、おれに問いかける。
「一条さんは開清高校でどのぐらいの位置なんですか? 新人戦に出るとおっしゃられてたので、一年生か二年生だと思っていますが、部内で一番だったり?」
「一年ですよ。一番ですね」
「へえ、私も一年生なんです。本当に、冬の大会で手合わせをさせていただくかもしれません」
自信ありげな表情が、彼女の性格をあらわしているように感じた。自己評価が高く、自分を信頼している、そして俯瞰的にものが見えている。
魅力的な女の子だ。まだ出会って間もないが、彼女が優秀な人であるのはわかった。
きっと、これから大きく関わってくる人だろう。そう思うのは、おれが転生した主人公もどきだからだ。
「えー、こちら! はいっ、dust2です。四回戦ではこちらのdust2のボールを抜いて、二種類から取り出したいと思います」
「いやあ、またですか。いいんですけどね?」
うーん、正直dust2ってのは大会採用マップのなかでトップクラスにむずかしいマップだからなぁ……。解説するにしても指揮官の趣向が大きくわかれるマップなんだ。
おもしろい解説をするなら、どう考えてもゲーム中のこまかい動きやテクニックを言うべきじゃないし、ゲーム全体の動きを話すのがおもしろいんだけど……。
どうしたもんかな。
そんなことを考えていると、右側から声が聞こえてくる。
「あの、一条さんはどこのマップが好きなんですか?」
「infernoと、mirage、overpassですね」
エレナは神妙な面持ちをした後、くちびるを丸め込む。表情に出やすい子だ。
「野良チーム出身ですか」
「そうですよ。よくわかりましたね」
自分では普段どおりに話したつもりだったが、どうやらエレナの癇には障ったらしい。
「当たり前です。infeはともかく、mirageとoverpassが好きなんておっしゃる方は、部活動からゲームをはじめた子にいませんよ。部活の大会で、その二マップは出ませんから」
え、マジ? 大会にねえの?
嘘でしょ。おれの大会計画が狂うんだが。
「新人戦はdust2とinfe、そしてcacheです。全日高大会は、それにnukeとtrainが入ってきて、その二つはFNLとか、JEL、WCG予選みたいな社会人の大会で出てくるものですから」
やべえ、動揺するわけにはいかねえのもまた面倒くせえ。
マジかよ。おれの得意マップが二つも消えんのか。
「おいふたりとも。はじまったぞ」
ああ、はいはい。解説ね解説。
くそう、マップBANだけで圧倒的有利を得るつもりが、とんだハンデになったもんだ。
初動は美咲たちのロングのスロー攻めからはじまった。固まって四人でデルタまで取りに行き、残った一人はヤシでセンターの逆詰めを見ている。
おれの感覚だとめずらしくもない作戦だけど、エレナの反応はどうだろう。そう思い、おれは視線を動かしたが、特に変化はないようだ。
「一条はこういうのやんの?」
「やるよ。無難に強いから」
買い物の仕方が違うけど、もっとみんなでベストかハンドガンを買わないと攻めないな。
この買い方からして予想した感じ、おそらくロング攻めはフェイクで、本命はCATだろうな。
「でもさ、前にAT側のほうが最初に持ってる拳銃が弱いから、ロング攻めはないって言ってなかった?」
エレナはピクッと反応する。
「だから、こいつらはCATに攻めかえると思うよ。こいつらの買ってるものって、防具が四人とHEが一人なんだよね。防具買ってるやつは650$だから他に買うものないけど、HEは300$だろ? だからHEを持ってるやつはUSPを美咲に落としたんだけども、この装備じゃロングは博打なの」
「鳴宮がUSPを持ってるのはそういう理由か」
「そう、800$スタートだから、USPを落とす人はグレの三種類のうち一つだけならどれでも買える。んで、話を戻すけど、USP一人でロング攻めは悪くないけどよくもない。だから、たぶんCAT攻めにする」
おれが言い終わったのと同時に、エレナはおれの方を向くと話す。
「私もそう思います。ロングはフェイクでしょうね。このHEはおそらくCATに入るときに、センター坂からCAT階段に向かって投げますね」
「んー、まあそうだろうな。おれなら使わねーんだけど」
否定的な意見をのべると、琴音が追従する。
「なんで?」
「見ときゃ分かるよ」
エレナはまばたきを数回すると、視線をプロジェクターへ戻した。
まあ、この最初に使わないってのはおれの指揮スタイルの話だから、最初にCATに向かって投げるのが弱いわけではないんだけどな。
それからの展開は、予想していたとおりのロングフェイクだった。まずロングに様子見に行ったDF側が即死、とはいっても、一人交換したのはすごくナイスなプレイだった。
「おお、本当にCATへ行ってる。よくわかるな」
「半年もやればこのぐらいはわかるようになるぞ」
まだ二週間ぐらいなのに相当うまくなってるし、この調子でいくと琴音が冬の新人戦に出る可能性ぐらいあるんじゃないか。
「あ、HE投げた」
うむ、見事にCATの二人に爆風を当てた。残りのライフは七十か、防具を着てることを加味すると相当きれいに当たったな。防具をつけているときのHEダメージの減少率は高いから。
「エレナさんの言ったとおりになったね」
「一条さんもおなじ見解だったようですが、なぜ投げるべきではなかったとおっしゃったんですか。CATにだれもいない可能性があるからでしょうか」
それもある。例えば、トン下からジャンプでCATを見ようとすると、いま現在DF側がやっている”CAT二段”というテクニックの、箱上の人だけが見える。そうやって情報の確定をしてから投げるのは問題ないが、今回のは完全にフェイクとバレないように速度を意識しているためか、確認作業はおこたっている。
けれど、それだけでは理由が足りない。
「んー、AT側の勝ちかなあ。美咲いるし」
CAT内での撃ち合いは三人対二人で互いに削り合い、AT側がひとり残るのみだった。つまり、最終結果は、二人対二人になっている。
CATで残っていた美咲と、センターでHEを投げた防具なしのプレイヤー、この二人がAT側の生存者だ。DF側はB側の二人が生き残っている。
やはり、ライフが七十も残っていれば、そんな成果だろう。
現在のDF側の位置は、DFベースに一人と、Bサイトにいたため寄りが遅くなった人がセンターを回ってCATの裏取りに動いている。
「設置したあとの動きが、どうもみんな甘いんだよね」
おれや美咲の場合は少数戦がかなり得意だから、なんであんな下手な動きができるのか正直よくわからないんだよな、甘い動きをしてしまう理由が。
「あ、ここ。エレナさんも琴音も」
プロジェクターに映っているのは、CATの裏取りをしているDF側のすがただった。AT側はすでにAサイトへ爆弾の設置を終えて、L96ポジとAサイトで待ち構えている。
「CATにFBを入れてるでしょ。DFの人が」
「うん」
「それがなにか」
んー、エレナはここまで言ってわからないのか。センスありそうだと思ったんだけど。
「FBを入れてるからさ、CATに一人いるって確定してる。こいつに向かってHE入れるほうが確実だよね。しかもFB入れてるってことは防具ないのもわかったね。HE入れたときの価値が高いよね、防具ないから」
「なるほどね」
謎が解けたように快活な表情をする琴音とは裏腹に、エレナは目を見開き、美しい青い瞳でおれを見る。
「そこまで予測してるんですか?」
まあ、一応もと世界八位なんで。
「さっきのエレナさんの言ってることは半分正解なんだよ。CATに攻めたとき、いない可能性もあるから博打でHEを入れるのはよくないって話ね。けど、理由は他にもあって」
一瞬にして、エレナの顔つきが変わったのがわかった。この顔には見覚えがある。
琴音が興味のあることを聞いてるときと、美咲がおれの説明を聞いてるときの顔だ。研究者が、自分の研究に没頭しているときとおなじ、とても集中しているのが見て取れる。
「まず、CATにいるやつが防具をつけている可能性があった」
おれはプロジェクターを見ながら、身ぶり手ぶりを使って解説をしていく。
「エレナさん、AT側の初期武器であるグロック。これのHSダメージは大体いくつかわかる?」
「もちろん、六十ぐらいです」
「そのとおり、つまり、AT側はヘッドショットを二回もしなけれりゃ敵を殺せないわけよ。じゃあさ、そこでね、CATにいないかもしれない可能性プラス防具をつけている可能性があるときにCATにHEを入れる利点ってなに?」
琴音は、あご先を指でつまむようにして首をすこし下げながら悩んだようにうなる。それとおなじくしてエレナは、目線を上に持ち上げて、考える仕草をしている。
「結局さ、HEで防具をつけた相手に当てても三十から四十しか削れないわけよ。きれいに当たってね。このときヘッドショットをする回数は減る?」
橙色の髪をしたボブカット娘こと、琴音は楽しげな顔をして首を持ち上げるのに対して、エレナは焦燥したかのように、顔を下へと向ける。
左にいる彼女は、そんなエレナへの視線がおもしろいものを見るかのようだった。
「回数は変わらないね、一条」
「そう。つまり、HEが当たったとしても、理屈上ヘッドショットをする回数は変わらないわけよ」
おれはいつもの早口でつづける。
「けれど、今回の、FBを投げたおかげで防具を着ていないと判明したCATの人。この人にHEをもろ当てすればHSはたぶん一発で済むぐらいに削れる。つまり、”無意味なダメージ量”じゃないってこと」
防具をつけた相手に、一回だけHEを当てるってのはあまり大きな価値がない。これは現代NAの常識だが、この知識が日本に浸透したのはおそらく2010年ぐらい。この時代では四年も先取りの技術だ。
「どこまで……」
試合はどうやら美咲が最終的な1on1に勝って、AT側の勝利に終わったようだ。まだ解説が完了していないんだけど。
「まだ話すよ? それだけじゃなくて、撃ち合いの指針にもなったりすんのね」
これは琴音が聞いてもまだわからなそうだけど、中学チャンプをびっくりさせるって名目を果たそうか。
「もしHEをまだ持ってて、CATに向かって投げるとするよ? するとCATのライフが削れるでしょ? このとき二人の相手のライフが想像できるよね、琴ちゃん答えて」
「え、そりゃCATの人が半分ぐらいで、もうひとりはまだ撃ち合ってないから百でしょ。あのときDFベースにいた人」
「そのとおり、じゃあここで質問です。琴ちゃんはさ、『いまから戦争だ! 攻めるぞ! このとき、自分の体力が二十で味方が百でした』どっちを先に前に行かせる?」
エレナの顔は、もはやひきつっていた。
「百の人。だって体力ないのに先に行かせる理由ないだろ。死んじゃうじゃん」
「そのとおり。ということは、さっきのHEをもし、センターからCATに向かって投げなかったら、そしておれのやったほうがいいなー。と思ったようにAサイトからCATへ向かって投げていたなら?」
これが、アジア最強の指揮官様の慧眼だ。
三手先は読んでんのよね、おれ。
「残りのDFベースのやつが先に攻めるしかなくなる。つまり、CATに画面を合わせなくていいの」
攻め側はCATに敵がいるって確定してるのに、CATを見なくていい。なぜかって? DF側がHEによりライフが削れていて、瀕死である自分より先に味方を攻めさせるに決まってるから。
つまり、L96ポジとAサイトにいる攻め側は、実質的にCATを見なくてもいいことになるって寸法よ。
二人の同時視認が引き起こす強さは、”CAT二段”と同等だ。
たった一つのHEをどのタイミングで投げるかによって、ここまで未来予測が可能になる。
これが、”戦術”ってもんだ。
「二人でいるときに、一人はCATを見て、一人はロングを見るなんて弱いでしょ? おなじ方向を見れるようになるから、HEは持ってほうがよくねー。って思ったわけ」
一番最初の買い物から、ロングスローを四人で攻めた瞬間に、そこまでの未来が見えた。
まあ、もと世界八位なんでね、これでもさ。
「どうせCATを守ってる奴らを殺すときに死ぬ人数は変わらないだろうしね。防具つけてなかったらそんなことはないけど、確証もないじゃん」
「はは、一条さんって……」
しゃべりに夢中でまったくエレナのことを意識してなかった。そんな彼女は、ありえないものでも見ているかのような面持ちだった。
「いったい、何者なんですか……」
「ただのe-sports部に通う、高校一年生の指揮官志望だよ」
昔はさておき、いまはね。
「いやー、相変わらず怖くなるな。一条の予測」
「こ、こんなのを二回戦とか、一回戦でも解説されてたんですか?」
「うん、だいたいのラウンドは」
琴音の発言に、エレナはわざとらしく天井を仰ぎ見る。そして、すぐにプロジェクターに視線を戻すと、ぼやくように言葉を吐いた。
「な、なんで中学生大会に出てなかったんですか?」
そりゃあ、まあ。この世界にいなかったからね。なんて、おれはそんなこと言えるはずもなく、適当にはぐらかす。
琴音がにやりとしているのを、おれは見逃さなかった。
作中で紹介する予定、というよりチラ見せしましたが、一樹本人の才能は指揮官としての素質ではなくて1on多数を勝ってしまえる才能です。彼よりも優秀な指揮官がいる表現をするのが、けっこう楽しみです。




