22.新人戦予選 肆
それからほどなくして、一回戦は終わった。時間にして一時間とちょっとが立っている。四回戦までやると考えると、五時間はかかるはずだ。
いまは十一時だから、次の試合が落着すれば昼休憩に入るだろう。
「んー、おもしろかったのかな?」
「なんで疑問系なんだよ」
琴音は椅子から立ち上がると、伸びをしつつそう言った。
楽しそうに見ていたと思っていたけれど、そういうわけでじゃなかったのか。
「一条はおもしろくなさそうだったから、これはつまらない試合だったんだなって」
「あー、なんか悪いな。態度に出したつもりはなかったんだけど、ごめん」
「おまえの境遇は知ってるから。世界レベルの人からすれば、高校生の試合なんてくだらないだろ。想像に難くない」
事実なんだけど、申し訳ない。
そういえば、美咲のすがたをまだ見ていないが、どこにいるんだろう。おれは携帯を取り出し、美咲にメールを送ってみることにした。
「琴にゃんも携帯買ってもらえば」
「琴にゃんやめろ。携帯か、あんまり必要だと感じてない」
「友だちいないからだろ」
おれは笑いながらそう言った。
「うるさいな」
軽口をたたきあってるうちに、携帯電話の着信が鳴る。思っていたよりも返事が早い。
どうやらシード権があるからか、三回戦から参加するらしい。ということは、もう一校もシード権があるのかな。
「じゃあまだ鳴宮の試合はじまらないのかよ」
「そういうことです」
そんな話、どっかで聞き逃したか。まさかのシード権でご不在と。
*
それから二回戦の解説も済ませて、おれと琴音は昼休憩に出た。
体育館を出て、夏の暑さを取り戻す。
「中は扇風機が回ってて気づかなかったけど、やっぱり暑いな」
琴音は日差しを避けるように、右手で目の上をさえぎる。
美咲たちと飯を食べるつもりだったけれど、そうはいかないようだ。
「なにか食べたいもんあるか」
「別にないけど。一条が決めて」
こいつってなに食ってんだろいつも。コンビニのパンは食べているけれど、ジャンクフードはあまり食べているイメージがない。
お育ちがいいんだよな、琴音って。
「ラーメンとか食ったことあんの」
「馬鹿にしてんのか。あるに決まってんだろ」
ちょっと考えずにしゃべった。
「琴音ってなんか外食行っても定食とかたべてそう。牛丼は?」
「おい。喧嘩うってんのか」
牛丼も食ったことあんのかよ。
「一応こんな見た目だし、私はむしろ食べてばかりのイメージがついてると思ってた」
そんなわけ。
いや、周りからはそう見えてるのかも。
「おれのなかの琴音は不良ぶった良家の娘だが」
異世界から来ただけあって、おれは琴音の素性を知っている。父親は衆議院の議員で、母親は琴教室の先生をやっていて、元演奏家だ。由緒正しい武家の生まれとかそういうもんではないが、おれは家柄がいいと思っている。
「べつに、そんなことない」
彼女の嫌そうな顔を、ひさしぶりに見た。
謝ろうか悩んでいるうちに、気づけばタイミングを逃してしまった。すこし、悔やむ。
会場だった高校を出て、駅から通ってきた道を戻る。
二車線の道路は、歩道が薄緑色の舗装がされていてととのっているのに対して、車道はまんなかの白い線はかすれていてバランスが悪い。人通りはあまりなく、道の横についているのはどこもかしこも民家だ。
築何年なのか想像もつかないような、赤さびまみれの家には、不自然なぐらいきれいな自動販売機が二台もおいてあり、道路のことも合わせてここら一帯は最近になって整備されたんだと思う。
町内会の掲示板、緑色のスポンジにいくつものチラシが貼られている。このレトロな感じが、見ているとなんだか懐かしい気分になる。こういうのを趣深いっていうんだろうか。
「琴ちゃん。これのさ、緑色のところってなんて言うのか知ってる?」
「ん、掲示板クロスのこと?」
へえ、そんな名前なんだ。つうかよく知ってるな。
「聞いといてなんだけど、なんでそんなん知ってんの」
「どこだろう。本かな」
そういえば、琴音は超がつく読書家だった。e-sports部に入ってからも、本は読めているのか聞いてみよう。
「最近は本読んでんの」
「まあまあかな。家でもNot Aloneを触るようになってからは、前の半分ぐらいの量になったと思うけど」
おれはあまり読んでないな。子供のときはめちゃくちゃ読んでたのに、高校生ぐらいになってから激減した。ゲームと、インターネットに費やす時間が増えたからだ。そう考えると、本ってのは結局暇つぶしの道具だったんだよな。
なんで本ってのは、読んでるだけで偉い扱いされるんだろう。知識を詰めこめるかどうかなんて、本人次第なのに。
「なにかおもしろい本はあった?」
「この前、農業工学の基礎、みたいな本は読んだけど、おもしろかったよ」
変人すぎ。
「やっぱ、どこか人とズレてんのね」
「それは偏見だろ。読んだらおもしろいって」
玉のような汗を流しながら、おれたちは歩く。真っ白な軽トラが横切り、生ぬるい風が肌をなでる。どうせなら、涼しい風が吹けばいいのに。排ガスのあたたかさも、嫌な感じを増長させているな。
「一条って、なんか不思議な雰囲気してるよね」
「どんなん」
「人から好かれる、みたいな」
カリスマあふれる美男子だったのかおれは。
琴音ってどっか人とズレてるからなぁ……。つまり、人から好かれるタイプじゃないってことになる。
まあまあ、わかってたけどさ。
「琴音はおれのどこが好みで、友だち付き合いしてんの」
「えー、どこだろ」
橙色のボブカットをゆらし、少女は両手を後頭部にまわす。おれよりもすこしだけ前を歩く彼女のうなじが、扇状的だった。
「まず嘘つかないよね」
嘘はつかないんじゃなくてつけないだけ。ごまかすのも下手くそなだけ。
「説明うまいし、けっこう聞き上手だよね」
それは光栄なことだ。
「信頼がおけるよ、たぶん。いっしょにいて気楽だし」
それまで、あまりこちらを見ていなかった琴音が、こっちを向いた。顔や首じゃなくて、しっかりと目を見てくる。
「どうも。信頼されたことも、説明上手だって言われたことも、あんまりないけどね」
「見る目がないな、どいつもこいつも」
声に出した瞬間、彼女は自分がなんと言ったのか自覚したのか、赤面してぷいっと逆方向を向く。
それが、かわいいとか愛らしいとか恥ずかしいとか、色んな感情が渦巻いてるけれど、一番に思ったのは”嬉しい”だった。
本当に、すごくうれしかった。
「おれが琴音の過去を知っているから、いっしょにいて気楽だと思わせるような態度をしてるんじゃない」
「はっ、一条がそんな器用なもんか。おまえは、もっと単純で、いいやつだよ」
そう言った彼女は、まだ顔をそむけている。
「かわいいなお前」
「うるさい」
おれのどこがいいやつなんだか、全然わからない。
うぬぼれと完璧主義者、そして効率を求めるわりに、感覚派。それが自分で、人から好まれるような性格はしていない。
「どこがいいやつだと思ったんだ」
「さあ、そんなの直感だよ」
*
大通りに出ると、日光が強くなったように感じた。車の通りも多くなり、信号に足をよく止められるようになった。こちらの道路の舗装はコンクリートだけじゃなくて赤色で塗られている。歩道は例のごとくレンガ調で、どこか目新しさとおしゃれさが増したように思える。
「一条はなんか食べたいものないの」
「特にないなあ。あんまり遠出すると戻るの面倒だし、近場がいいんだけど」
老若男女に愛されそうな美容院の前には、たくさんのプランターがおかれていて、色とりどりの花が植えられていた。そのとなりには古ぼけた民家があり、家の前には木製のついたてにブラックボードになにかを書いたものがおかれていた。それをよく見てみると、どうやらメニュー表のようで、ここは民家をご飯屋さんにしているようだった。
「一条ってこういうところ入れる派?」
「まあ、誘われたらって感じ。一人じゃ絶対に無理だ」
私も。と琴音はそう言った。
「私と一条は、感性が似てると思う。考え方が似てる気がするよ」
考え方ねえ。
「おれさ、あんまり考え方って概念がよくわからないんだよな。ただ効率的っていうか、正しいと思うことだけを考えてるっていうか。それ以外に選択肢あんの? みたいな」
「その考え方もおなじだ。けどさ、周囲はそう思う人があまりいないのが、正しいと思うことが人によって違うって証明なんじゃない?」
こんな会話、前の世界で琴音としていたような記憶がある。
「たぶん琴音も経験あると思うけど、自論を展開していくと相手が納得しちゃうじゃん。ほら、結局合ってました、っていう」
「あるね。絶対そんなこと人に言えないけど」
琴音も人の視線は気になるのか。なら、なんで学校で悪いうわさが流れてるのにそれを解こうとはしないんだ。
ああ、他人が勝手に言ってることだからか。自分らしさをつらぬく感じが、いいな。
「なんか、そう思うとさ、考え方って概念がよくわかんねーんだよね」
「調子に乗ってるじゃん」
道中で見つけたファミレスに入り、人数を定員に伝える。
「一条ってさ、理屈屋だと自分で思ってる?」
「微妙」
思い出した。高校三年生の文化祭でこんな会話してたぞ。
この答え方もまったくおなじだ。
「おれは感覚から入って、理屈はあとで取ってつけてる」
「私もおなじ。なんか物理学っぽいよね」
その物理学っぽいっていう発言が琴音っぽい。
言いたいことは分からんでもないけど。
「ほら、思想がけっこう似てるだろ」
「うーーーん。賛同せず」
窓際の席に案内されて、水が差し出される。店員が立ち去ると、外の景色が大したもんでもないのに、なんとなしに見る。
「なんで?」
考え方って概念がよくわからんねーってのとつながる。
「おれらの思想ってたぶん普通なんだよ。さっきの感覚から入って理屈は後からって考え方、これたぶん普通なの」
「そうかな」
彼女は水をすすりながら、メニューをながめる。開いているページは、サラダの場所だ。
「じゃあ理屈から入るものってなにかあるか。スポーツだって効率の良い練習方法から学ぶんじゃなくて、まずは身体を動かすことからはじまるだろ」
伏せていた目を持ち上げて、おれを見る。
「たしかに。じゃあ理屈屋って言葉は?」
おれは頬杖をつきながらうなり、考える。
理屈屋って言葉も、いまいち意味がわからない。頭のいい人とか、正しいことを言う人とか、そういうニュアンスとは違う。
つうか理屈屋ってなに? 屋ってなんだよ。感覚派がまるで間違ってるみたいじゃないか? 理屈に合ってない感覚派が間違いと言ってるかのように聞こえてしまう。
いや、それは思い過ごしか。感覚派は言葉で説明できないけど、その物事をそう信じるタイプって感じか。
「肌身で感じている感覚は確かにあるのに、それを信じない人のこと。じゃね?」
「その表現、まるで感覚派こそが正しいって言ってるみたいだ」
そうか。
「そういやさ、理屈屋って言葉がマイナスに使われてんのなんでだろうな」
「ああ、あれ意味わかんないね。理屈ばかりだと聞いてて疲れる、なんてフレーズあるじゃん。あれ言ってる人たちはみんな馬鹿だと思ってんだけど」
「聞いてて疲れるの意味がわからねえよな。理屈屋は自分が正しいと思ってるのがよくないとか言うじゃん。じゃあてめえの正しいと思うこと話してみろやって感じなんだが」
あー。なんかいろいろ思い出してきたぞ!
前の世界のプロゲーマー時代と、日本一めざしてた時代でこんなやりとりが死ぬほどあった。
おれの考えを話しても、伝え方が悪いのかなんなのか知らんが全然納得しねえ。その割には、意見を聞いても一言も発さねえ。なんも考えてねえからな!
「悲しくなってきた」
「なんでだよ」
琴音が呆れ顔でツッコミを入れる。
「食べるもん決めた? 呼んでもいい?」
おれはメニューをもう一度ぱらぱらと確認すると、彼女の方を向いてうなずく。すると、彼女は店員を呼び出すボタンを押した。
「感情論の人が苦手だ」
「なにが苦手なの」
どう伝えようかな。
「物の好き嫌いとかと違ってさ、なにか目標というか成し遂げたいことがあるとするじゃん。期間もちゃんと設定されてて」
「うん」
「そこに感情が入り込む余地なんてないと思うんだよね。正解しか選ばなくちゃいけないんだから」
「はは。夢を追いつづけた男の境地か」
店員がやってくると、おれと琴音は注文をする。おれは鶏肉のソテーを、琴音はカルボナーラを注文する。外が暑かったせいもあって、おれは水をほぼ飲み干していたので、水のおかわりもいただくことにした。
「まあ、なんだろうな。怒ってるわけじゃないからもう乗り越えたんだろうけどさ」
少女の口調は、今日の朝、駅でのおだやかなそれといっしょだった。やわらかく口元に笑みをうかべ、彼女はつづける。
「会話ってのは理屈じゃなくてコミュニケーションだから。しゃべってるのはプログラミングされた機械じゃなくて、人間だし」
おれはぼんやりと琴音の首元を見る。
「ま。一条はこんなんわかってて、悲しいって言ったんだろ」
「昔に痛いほど学んだ」
「いいじゃん。ゲームでそれを学べるって、みんな知らないだろうな。私もおまえに出会うまでは、ゲームなんてただの娯楽だと思ってたし」
話が二転三転したな。
久々に、大真面目な雑談をした気がする。昔は、美咲とずーっとこんな会話を、パソコンを介したボイスチャットでしていたっけな。
「あ、来たぞ」
背筋をぴんと伸ばした店員が、トレーに二つの皿をのせて近づいてくる。いい匂いだ。




